オウムのアレックス、死す
12日の本欄で、最近の脳科学の発見について触れたが、そういう科学的研究によってもよく理解できないことは、自然界には多くあるようだ。鳥は、状況に応じて複雑な鳴き声を発することはよく知られているが、そういう鳴き声が人間の言語のように複雑なメッセージを伝えているかどうかについては、科学者の間ではまだ論争がある。たいていは「言語」ではなく「ものまね」か「単純な要求」程度の意味しかないと考えられてきたようだ。ところが、アメリカの心理学者、ペッパーバーグ博士(Irene M. Pepperberg)が育てたアレックスというオウムは、100を超える英語を覚えて話すことで有名になり、テレビ番組などに出ていたという。そのアレックスの死亡記事が12日付の『ヘラルド・トリビューン』紙に載った。
同紙の記事によると、このオウムは先週まで、飼い主のペッパーバーグ博士と一緒に合成語や、発音が難しい単語の練習を続けていたそうだ。そして6日の夜、自分のカゴにもどる際に博士の方を見て、「You be good, see you tomorrow. I love you.」(いい子でね、また明日。愛してるよ)と言ったそうだ。その翌朝、博士はアレックスがカゴの中で死んでいるのを見つけたという。この鳥は31歳だった。記事の見出しは「A thinking parrot's loving good-bye」(考える鳥の愛を込めた別れ)である。まぁ、本当に「愛」まで込められていたかどうかは定かでないが、人間の言語を操る鳥がいることを科学はまだ説明できていない。
アレックスが話した英語が人間の言語と本質的に同じであるかについては、否定論もある。オウム類は基本的な表現手段として人間の音声を真似ることはできても、そのことは、人間がすでに幼児期に得る論理性や、物事を一般化する能力をオウムがもっていることを示すわけではない、と考える科学者もいる。しかし、この記事によると、アレックスは紙製の青い三角形を見ると、紙の色、その形、そして(三角形に触れたあとで)それが何でできているかを言葉で話すことができたという。この種の実験を実際に観察した心理学者の渡辺茂氏は、『ヒト型脳とハト型脳』という本の中で、その様子を次のように描いている:
「このオウムは英語の質問に英語で答えることができる。このオウムに黄色い紙の五角形と灰色の木の五角形、緑の木の三角形と青い木の三角形など、色や形、材質のどれかが同じである2つの物を見せる。そして“何が同じか?”“何が違うか?”と質問する。この問題は見本合わせよりはるかに難しい。なぜなら、オウムは見せられた物を色、形、材質といった様々な性質に分解してから、何が“同じ”で何が“違うか”を判断しなくてはならない。三角形という形が同じだった場合の正しい答えは“三角形”ではなく“形”である。つまり、どの属性が同じだったのかを答えなくてはならない。オウムがよく知っている物を用いたテストで、正答率は約77%だった。さらに、はじめて見る物のテストでの正答率反応率は85%だった」。(p.21)
アレックスという鳥は、何かの突然変異で人間の言語を獲得した特殊中の特殊のケースなのだろうか。それとも鳥類は一般に、言語を操る能力を備えているが、アレックスのような特殊の訓練を受けないのでしゃべらないのだろうか。もし鳥類が言語能力を潜在的にもっているとしたら、類人猿やサルはどうか。イルカやゾウなどの高等哺乳動物はどうか……など、疑問が次々に湧いてくる。そんな時、「ヤマメにニジマスを産ませる」実験に東京海洋大学の研究グループが成功したというニュースが飛び込んできた。今日の新聞各紙が報道している。ニジマスの精原細胞(精子の元細胞)をヤマメの稚魚に移植すると、ニジマスの精子と卵子をもつ雌雄のヤマメができるそうだが、その雌雄からニジマスを誕生させたのだという。こんなアクロバットまがいの研究をする理由は、この技術を利用して「5年後にはマグロを産むサバをつくりたい」からだという。管理しやすい小さな魚から、大きな魚を得るためらしい。
私はこのような科学者の動機には倫理性が欠けていると思うし、人間至上主義が透けて見える。魚類で得た技術が一気に哺乳類に応用されることはないだろうが、人間のために動物を利用することに何も問題がないのであれば、現在の技術をもってすれば、サルや類人猿、あるいはブタを代理母として、人間の子を産ませることもできるに違いない。精子や卵子を物質と同等に考えれば、それらの遺伝子を操作して、人間の“親”が望む形質のデザイナー・ベビーを動物に産ませる。そうすれば“優秀人間”の増産ができ、不妊治療の負担が軽減され、少子化対策にもなるだろう--こんな怖ろしい考えに結びつかないように、科学研究における倫理規定を早急に整えることが必要である。
谷口 雅宣
【参考文献】
○渡辺茂著『ヒト型脳とハト型脳』(文春新書、2001年)
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コメント
これは大変な事ですねえ、、絶句、少子化の本当の原因、対策を眩まされてしまいます、正に神に試されているとしか言いようがありません、迷わず真っ直ぐに進んで貰いたいと思います。
投稿: 尾窪勝磨 | 2007年9月15日 14:26