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2007年8月 5日

生長の家の国際教修会が終る

 8月4日から5日にかけてニューヨク市郊外のエディス・メイシー会議場(Edith Macy Conference Center)で行われた2007年度の「世界平和のための生長の家教修会」が終った。本欄の読者には1週間ほどご無沙汰したが、諸準備があり多忙だったという理由でご容赦願いたい。国際教修会は昨年1月21~22日にブラジルのサンパウロ市で行われて以来、1年7カ月半ぶりだが、アメリカ、ブラジルを初め9カ国から180人以上の生長の家の幹部らが一堂に会して2日間にわたって研鑽できたことは、誠に意義あることだった。16カ国から2,800人以上が集まった前回の国際教修会と比べると、もちろん規模は小さい。が、これは会場がブラジルからアメリカへ移動したことで、教勢が盛んなブラジルからの参加者が減ったことが主な理由である。ご存じの通り、現在のアメリカは“テロに対する戦争”の最中で、海外からの入国審査を相当厳しくしている。このことと、アメリカとブラジルの間の経済格差が参加者数の減少として表れている。
 
 しかし、そんな参加者数の減少は、今回の国際教修会の特徴ではない。今回の特徴は、何といってもテーマを「イスラーム」に絞って研鑽を行ったことだ。生長の家の国際教修会で別の宗教のことを研鑽したと聞くと、読者の一部から「何をバカなことを!」とお叱りを受けるかもしれない。が、「万教帰一」を旗印に宗教共存と世界平和の実現を目指している運動体が、キリスト教に次いで世界第2の信者数をもつイスラームについて、ほとんど何も知らないという現状に甘んじていては、「本当はやる気がない」と思われても仕方がないだろう。さらに9・11以降、世界各地でイスラーム原理主義の暴発が続き、それを抑えようとする“テロとの戦争”が拡大している中で、「自分はイスラームと関係ない」と言うことは「世界と関係ない」と言うのとほとんど同義である。そんな姿勢では、「人類光明化運動」も「国際平和信仰運動」も絵に描いた餅に過ぎない。そんな反省から、今回はしっかりと“目を外に向ける”ための研修が行われたのである。

 ところが、問題が1つあった。それは、生長の家創始者である谷口雅春先生も、現生長の家総裁、谷口清超先生も、イスラームについてあまり多くを語っておられないことだ。その理由は主として、御教え発祥の地である日本そのものが今日にいたるまで、経済関係はともかく、文化的、思想的にイスラームとの関係が深くなかったことによる。それでも最近は、日本の大都市などでイスラームの信仰者が歩いている姿を見かけるようになった。が、そういう人に、あてもなく声を掛けてイスラームの講義をしてもらうわけにもいかない。しっかりとした宗教的、思想的、文化的な知識と教養をもったイスラーム国出身者に、イスラームの教義をはじめ、現代のイスラーム原理主義の諸問題を分りやすく解説してもらうことができたら、それは最良の条件である。となると、日本の大学か大学院レベルの専門家に講師をお願いすることになるが、今年の国際教修会はアメリカで行うことが1年前から決まっていた。そんな中で、ひょんなことから“最良の条件”に該当する講師が見つかったのである。
 
 その人は、エジプト人でUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の法学校の教授をしているイスラーム法学者、カリード・アブ・エルファドル博士(Khaled Abou El Fadl)である。エルファドル博士については、7月1011日の本欄で触れただけでなく、昨年8月中旬に書いた「イスラームはどうなっている?」というシリーズでも、その見解を紹介してきた。同博士は、UCLAの教授になる前はイェール大学、テキサス大学でも教鞭を取り、ペンシルバニア大学で法学博士、プリンストン大学でPh.D.を取得するなど、アメリカ最高レベルの大学で認められているだけでなく、母国のエジプトとクウェートでもイスラーム法学者として最高位の資格を取得している人だ。そんな人から、生長の家の教修会でイスラームについての講義を受ければ、第一級の知識と洞察を得られるかもしれない--その夢が実現したのが今回の国際教修会なのである。
 
 そんな教修会で何が起こり、どんな成果があったかは、次回以降で書くことにする。

 谷口 雅宣

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コメント

谷口雅宣先生
万教帰一の観点から、イスラムの教えと教修会での出来事、ご報告が楽しみです。

投稿: 久保田裕己 | 2007年8月 6日 23:38

「迷いは無明(無知)から」谷口雅宣副総裁様、、、、「神を畏れよ!神は偉大なり!」自分が何を言っているのか?が分からないのです、お許し下さい!神は寛容で慈悲深い方、不信仰で不義なる者は業火の住人にして永遠に暗黒の中で苦しむ事になります、神は全知全能全ての善意、悪意の人の心の中まで御見通しで熟知され試みておられます」、時代は移り変わり、真理は永遠なれど世界の現状を有りの儘に見れば教修会の方向性は宇宙を貫く心、個々人の平安安穏から究極の世界平和を実現する為には避けて通れない勇気ある道、神、仏、諸天、諸菩薩、雅春大聖師からの御加護を受ける事は間違い無いと確信致し、これからの生長の家に期待しています。

投稿: 尾窪勝磨 | 2007年8月 7日 09:22

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