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2007年6月17日

自然と共に伸びるために

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山境内にある谷口家奥津城前で、谷口雅春大聖師22年祭が厳かに執り行われた。大村湾上空は朝からどんよりと曇り、山には霧がたちこめていた。あまつさえ年祭の開始前には一時、まとまった量の雨が降ったが、直前に雨は上がり、年祭の最中には雲間から陽が射すなど、穏やかな天候のもとに御祭が行われたことは誠にありがたかった。以下は、御祭の最後に私が述べた挨拶の概略である--
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 本日は谷口雅春大聖師の22年祭に大勢お集まりくださいまして、誠にありがとうございます。皆さんもよくご存じのように、谷口大聖師はこの総本山の自然を大変愛された方でありました。私たちも総本山へやってきますと、練成会の献労などを通じて、この地の自然に深く接することで大聖師の御心に近づくことを感じます。そういう意味で、自然豊かなこの地で練成会のできる我々はとても幸せだと思います。

 自然と人間との関係を調和あるものにすることは、この21世紀最大の課題であることは、皆さんもご存じの通りです。つまり、地球環境問題の解決は大きな課題です。生長の家もこの課題を自ら解決していくのでなければ、発祥以来掲げてきた「人類光明化」の目的には近づくことができません。そういう意識で、生長の家はただ今、「自然と共に伸びる運動」を目指して歩み始めています。「人類光明化」や「国際平和」は、自然との共存なくしては実現しないことは、今や世界中の科学者が認めるところとなっています。人間が自分たちの都合を優先させて自然を破壊する行為は、却って人類への被害を大きくし、経済的にも多大な犠牲を払うことに気がついてきています。

 今年の2月に発表された国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書が、そのことを明確に示しました。この報告書は、113カ国から約300人もの代表者が出て合意されたもので、報告書の「まとめ」の部分だけでも約600人もの科学者が執筆に加わっています。その内容をまとめると、「人類が今後、省資源の循環型社会を実現したとしても、21世紀末には地球の平均気温は約1.8℃、海面は18~38センチ上昇する。また、化石燃料に依存した高度経済成長を続けていれば、平均気温は約4℃、海面は26~59センチ上昇する」というものです。
 
 人類がこのまま化石燃料に依存した生活を続けていくとどうなるかを、ある新聞記事は次のように書いていました:

「今後20年以内に何百万人もの人々が水不足に陥ると同時に、他の何千万人もが毎年、洪水のために住居を失う。マラリアなどの熱帯性の伝染病が拡大する。ホッキョクグマは動物園以外にはほとんどいなくなり、ハリアリなどの熱帯性の害虫が生息地を広げる。世界の食糧生産は温暖化にともなって一時的に増えるが、2080年までには何億人もが飢餓に陥る可能性がある。科学者の間できわめて確かだと思われるのは、温暖化の進行によって生物の性質と生息地が変化すること、海水の酸化がさらに進行すること、湿地や湿原が失われること、サンゴの白化、アレルギーを起こす花粉の飛散拡大など。そして、これらの影響により最も深刻な被害を受けるのは貧困層の人々である」。(2007年3月12日『ヘラルド朝日』)

 こういう時代が来ないためには、今から、すべての人間が、自分のできるところから、自然にできるだけ負担を与えない生活を自ら実践する必要があるのです。団体参拝練成会に参加しておられる皆さんの多くは、すでにそのことを知り、ご自分の生活の中で「自然と共に伸びる」生き方を工夫してくださっていることと思います。日本人は伝統的に、自然との一体感を大切にして生きてきました。宗教的にも自然の中に神仏を見る生き方が、神道や日本仏教の大きな特徴でした。日本の「実相顕現」とは、だからそのような日本古来の感性を、地球温暖化時代の現代に、もっと顕著に顕わしていくことでもあります。

 人間と自然との一体感は、ここ総本山へ来れば如実に感じることができますが、しかし毎日の生活の場でも、その感性をしっかりと保持し、表現していかねばなりません。セメントやコンクリートで囲まれた都会で生活している人には、それは難しいかもしれませんが、谷口雅春先生は、私たちが心の中でそういう「自然との一体感」を維持するために、とても有難い言葉を私たちに教えてくださっています。『生命の実相』の幸福篇は、1年365日に対応して真理の言葉が集められていますが、実は今日の「6月17日」の項には、まさに自然と人間との一体を念ずる言葉が記されているのであります。雅春先生は、ここでは「自然」という言葉の代わりに「宇宙」という言葉を使われていますが、自然が宇宙の一部であることは、言うまでもありません。
 
「宇宙全体は1つの生命で生かされている。宇宙全体が生き物なのである。その生命流れ入って『吾』となっているのである。宇宙全体が、『吾』の内に流れ込んでいるともいうことができる。
 そして自分の受け持っている環境では各自が船長であり、舵手である。各自が舵をとった方向に宇宙の生命力全体が動き出すのである。そしてその舵は次の『言葉の力』である。--
『自分は宇宙力全体にバックされている。自分は宇宙力全体と1つである』
 常にこのことを『言葉の力』にて心に描け。これが常住の神想観である。そう念ずるとき、そこに仏が現前しているのである。自分はすでに成仏しているのである」(p.169)
 
 この短い祈りの言葉を神想観の中で常に唱えることで、私たちは「自然」あるいは「宇宙」との一体感を深めることができます。この言葉よりもっと長い言葉を唱えたい人は、『真理の吟唱』などの中に、この言葉を具体的なイメージの形で展開した「祈りの言葉」もあります。今日は、私が最近出させていただいた『日々の祈り』の中にある「雨の恵みに感謝する祈り」を1例として紹介しましょう。

 (祈りの言葉の一部を朗読)
 
 生長の家には、この祈りのほかにも、自然と人間との一体感を深める祈りがいくつもありますから、どうぞそれらを毎日の神想観や聖経読誦の中に取り入れていただき、自然との一体感を重んじる日本人の感性を実生活に顕現していくだけでなく、事業や教育の面でもその感性を自信をもって表現していく。そういう活動を、これから大いに展開していっていただきたい。そのことが21世紀の「人類光明化」の道であり、「国際平和の実現」であり、また同時に「日本国実相顕現」の運動でもあるわけです。
 
 谷口雅春大聖師の22年祭に当たって今後の私たちの運動を展望し、ご挨拶の言葉といたします。ありがとうございました。

谷口 雅宣

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コメント

谷口雅宣先生

 昨日、昨年に引き続き、22年祭に参列させて頂きました。日本の実相顕現とその使命が今日の地球環境問題の解決への我々の具体的取組と一つであるというお言葉は生長の家信徒として日本人としてこの上ない悦びで御座います。

堀 浩二拝

追伸

 昨日は昨年に引き続き、先生がご到着になる5分前に雨が止み、お祭りの最中は太陽が照ってきて、暑い程でした。30分前にはかなりの激しい雨でしたのに。ちょっと私には信じられない位でした。龍神様も祝福して下さっているのだと思いました。

 

投稿: 堀 浩二 | 2007年6月18日 15:16

 合掌 ありがとうございます
素晴らしいご指導に心より感謝申し上げます。数週間後に開催予定の環境問題学習会にご参加下さいます皆様にもお伝えさせて頂きます。ありがとうございます。再拝

投稿: 宮本京子 | 2007年6月18日 18:17

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