新しい再生医療が日本から?
本欄でときどき取り上げてきたES細胞の研究に代わるような、画期的な再生医療の技術が日本から生まれるかもしれない。「画期的」である理由は、ES細胞が卵子や受精卵などの“新しい生命”を破壊する点で倫理性が問われているのに対し、この技術は皮膚の細胞を利用するためその問題がなく、さらに患者本人のものを使うため拒絶反応の心配もないからだ。6月7日付の『日本経済新聞』などが京都大学と科学技術振興機構の成果として伝えている。
この研究は、京大の山中伸弥教授らによるもので、7日付のイギリスの科学誌『Nature』の電子版に発表された。山中教授の同種の研究は、昨年7月17日の本欄でも紹介したが、4種類の遺伝子を使ってマウスの胎児の皮膚細胞からES細胞に近い多分化能をもつ幹細胞をつくるもの。前回の研究では遺伝子の種類がES細胞と3割程度異なっていたのに対し、今回の方法によれば約9割が一致するという。ただし、マウスを使った研究だから、人間に応用できるかどうかは今後の課題だ。
8日付の『ヘラルド・トリビューン』紙には、この成果に対するアメリカの研究者の讃辞が並んでいる。幹細胞研究では先端をいくスタンフォード大学のアーヴィン・ワイスマン教授(Irving Weissman)は、「生命科学と再生医療の進展にとって、この研究は考えられるうちで最大のものだ」と言い、ハーバード医学校のデビッド・スキャデン教授(David Scadden)は、細胞が簡単な方法で未分化状態にもどせるということは「誠にすばらしく、ほとんどの研究者が10年先の話だと考えていた」と手放しで誉めている。また、幹細胞研究に関してアメリカのカトリック教会のスポークスマンを務めるリチャード・ドゥーアフリンガー氏(Richard Doerflinger)は、この研究は「どの段階においても人間の生命を傷つけたり、破壊したりせずにES細胞に近い能力のものをつくるのだから、深刻な道徳問題はない」としており、ダートマス大学の倫理学者、ロナルド・グリーン氏(Ronald Green)も、「これによってつくられるのは、保護されるべき初期の人間の生命だと言うのは非常に困難だ。人間に適用できれば、この議論を終らせる1つの方法になるだろう」と言う。
上記の『ヘラルド』紙によると、山中教授らの昨年の研究以来、マサチューセッツ州のホワイトヘッド研究所とカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)など他の2つの研究チームによって“再現”のための実験が行われたという。その結果、いずれの場合でも、山中教授が示した4つの遺伝子を挿入することで、マウスの皮膚細胞がES細胞と酷似した状態にもどることが分ったという。ただし問題もある。その1つは、この4遺伝子のうち2つは、細胞をガン化する能力があることだ。実際、山中教授が研究に使ったマウスの20%は、ガンを発症して死んだという。
一般の新聞や雑誌ではあまり語られないことだが、ES細胞を含む幹細胞をめぐる問題の1つに、「ガン化」の可能性がある。このことは、昨年12月16日の本欄でやや詳しく触れたが、ガンが発症する原因はガン細胞の元になる「ガン幹細胞」だという考え方が、専門家の間では知られている。そして、ES細胞などの幹細胞とガン幹細胞との違いは、まだよく分かっていないのである。山中教授らの研究は、倫理問題のある受精卵や生殖細胞の利用を避け、入手が容易な「皮膚」を材料として“万能細胞”を得ようとする点で、倫理性と合理性に優れている。このように、医師や研究者が倫理性を重んじながら科学の可能性を広げる努力を続けていることを知ると、信仰者として大いに勇気づけられるのである。
谷口 雅宣
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コメント
副総裁 谷口雅宣先生:
合掌 ありがとうございます。
過日は暖かいご返答を、こころより感謝申し上げます。
実に「もったいない」お言葉、と恐縮いたしました。
そして今回は生命倫理に関しての画期的な
明るい情報を拝読して、大変心強く思いました。
実は、以前「遺伝子音楽」というものに出会いました。
1986年に遺伝子学者の大野乾(オオノ ススム)氏が
遺伝子構成物質(A、T、C、G)の塩基配列を
音符に記譜して作成した音楽です。
2001年、ヒトゲノムの公開後、研究が進み
一般的に入手可能な作成ソフトもあるそうです。
動植物、タンパク質、アミノ酸などの遺伝子音楽を
聴いてみますと、生命の秩序性と神秘に触れたように
感じられます。しかし、遺伝子を材料(?)として扱うような
一種の危機感を覚えたのも事実です。
現在の自分に価値判断は出来かねますが、
科学技術の急進歩の時こそ、生命倫理の必要性を想います。
また、最近、環境ジャーナリストの枝廣淳子氏が、環境問題とは
「もったいない」(=「山川草木国土悉皆成仏という思想」)のことだ
と言及されていたのを印象深く銘記しております。
(『光の泉』2007,6月号,p14)
そこで、非常に微力ながら実行可能な活動の一歩として、
植林活動団体へ使用済み切手を送ることにいたしました。
(切手200gで1本の苗木がアフリカに植林出来るとのことです。)
これは副総裁先生の絵封筒の切手を拝見していたのが
きっかけとなったものです。
諸問題を多角度・多方面から明快にご教示戴き、有難うございます。
今後ともご指導のほどをよろしくお願い申し上げます。
再拝
●参考HP:*Gene Music and Sangen Studio; http://www.toshima.ne.jp/~edogiku/
*Genetic Music: Music from DNA and protein sequences ; http://whozoo.org/mac/Music/
*タンザニア ポレポレクラブ(植林活動)、http://polepoleclub.ld.infoseek.co.jp/
投稿: 川部 美文 | 2007年6月12日 22:16