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2007年6月13日

映画『善き人のためのソナタ』

 水曜日は私にとって“週末”なので、『善き人のためのソナタ』という映画を見に恵比寿へ行った。当初、そのタイトルから韓流の恋愛モノのような映画を想像していたが、ネットで内容を調べると大変真面目な社会派の映画で、アカデミー賞外国語映画賞に推薦されたなどとあり、妻と私の趣味に合った。冷戦時代の末期、東ドイツの一党独裁体制を維持するために存在した国家監視システムと、それに抵抗する芸術家グループの葛藤、ベルリンの壁崩壊の影響などを描いている。それを実現するために、相対立する国家保安員と劇作家の心の動きを克明に追うという難しい手法を使っている点で、なかなか見ごたえがある。

 東ドイツの国家秘密警察のことを「シュタージ」と呼ぶそうだが、これはナチス・ドイツのゲシュタポにも比較される政治・思想警察・国民監視機関である。この映画のパンフレットによると、シュタージの行状については東西ドイツ統一後も長い間、映画化することはタブーとされ、今回やっと17年後に映像によって再現されたのだという。ドイツでは昨年3月の公開以来、1年以上のロングランとなり、観客の動員記録を伸ばしている。扱っている主題はノンフィクションだが、登場人物は実在でない。監督のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク氏は、西ドイツのケルン生まれで34歳の若さだ。映画制作に当たっては、元シュタージ職員を含む多くの関係者から聴き取り調査をするなど、4年がかりで綿密な調査を行ったうえで撮影に入ったという。
 
 ストーリーの細部を書くのは避けるが、大筋を言えば、“反体制派”の疑いをかけられた人気劇作家を24時間の監視体制下に置いた国家保安員のヴィースラー大尉が、その劇作家の電話も会話もセックスの様子も盗聴しながら、しだいに被監視者の信条や心情に近づき、上司への報告を偽るなどして、イデオロギーの支配から解放されていく話だ。映画の終りに向って“ベルリンの壁崩壊”が起こるが、元国家保安員の主人公は、統一後の生活は恵まれないながら、自信と信念をもって生きる様子が描かれる。
 
 この主人公を演じたウルリッヒ・ミューエ氏(54)自身が、東ドイツのグリンマ生れである。彼は自分の役柄について、パンフレットのインタビューの中で次のように語っている:
 
「ヴィースラーのような人物は実際に存在していたのです。シュタージにとって彼らは非常に危険な存在で、80年代に入るまで背信したシュタージ職員は死刑に処せられていました。彼は英雄でもあり、同時に矛盾を抱えた人物です。しかしこうした密やかな勇気は想像以上に東ドイツに蔓延していたのではないでしょうか。でなければ1989年、たった数カ月でDDR(東ドイツ)が崩壊することはなかったでしょう」

 どんな環境にあり、自身がどんな生き方をしていても、人間には正邪の判断ができる“核心”のようなものがある。たとえ時間はかかっても、大勢の人間のその良心のうねりが人類を正しい方向へ導いていくだろう--そういうメッセージを、私はこの映画から読み取った。朝鮮半島の“壁崩壊”を考えるうえでも、本欄の読者にお勧めしたい作品である。
 
谷口 雅宣

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