“電子取材”の可能性
インターネットの発展は、社会にどんな変化をもたらすかよく分からないところがある。情報が入手しやすくなったことは良いことだろうが、反面、情報の洪水を整理するのが困難になりつつある。遠方に足を運ばなくては得られなかった情報が、家庭やオフィスから簡単に入手できるのは嬉しいが、逆に、遠方に行く「過程」で得られる情報が抜け落ちていても、気がつかないことがある。そんな欠落が個人の生活範囲におさまっていればまだいいが、公共の場にも広がった場合、社会全体が判断ミスを起こす原因にもなりかねない。こんな疑問とも関係した出来事が最近、南カリフォルニアとインドとの間に起こっていることを知った。
インドは今、経済発展盛んなBRICs諸国の一画として注目されているが、この4国のうちインドが有利なのは「英語を話す」という点だ。コンピューター・ソフトの開発言語の多くは英語を母体としているから、インド人には比較的マスターしやすいとも聞く。だから、インターネットを経由して、アメリカなど英語圏の国のソフト開発などを行う“下請け”的仕事や、電話による受付や相談などのサービス産業が活発化し、インド経済は発展し続けていると聞く。ところが最近、南カリフォルニアのロサンゼルス郊外にあるパサデナ市の出来事を追うローカル新聞『Pasadena Now』()の記者として、インドに在住する2人のインド人が雇われ、ちょっとした話題になっている。16日の『ヘラルド・トリビューン』が伝えている。
誤解がないように明確にしておくと、この2人の記者は、インドからパサデナ市に来て取材活動をするのではなく、自国にいるままで地球の裏側のカリフォルニア州の町のニュースを書くのである。そんなことが、どうやってできるのか? 記事によると、1人の記者はインド経済の中心地であるムンバイに住んでいて、そこからパサデナ市議会の様子をモニターし、記事を書くのだそうだ。議会にカメラを置き、インターネット経由で映像と音声を送れば、これは可能である。この方法が有利な点は、人件費の差だけではなく、時差を利用できるからだ。カリフォルニアの早朝は、インドでは午後の早い時間に当たるそうだ。だから、議会が深夜を過ぎて翌日まで継続した場合でも、インドでは記者はまだフレッシュな頭で記事を書いて送信できるから、カリフォルニアの読者はその日の早朝に記事が読めるというわけだ。
これに対して、多くのジャーナリストは否定的な見解を示しているらしい。遠く異国に住む外国人が、自国のローカルな町のニュースを正確に報道できるわけがないというわけだ。日本に当てはめれば、高知県の東洋町議会での“町おこし”政策をめぐる記事を、ブラジルのサンパウロ市にいる日系人記者が書いたとしたら、そういう記事の載った新聞を東洋町民はどんな気持で読むか--そういう問題である。『Pasadena Now』紙の編集長、ジェームズ・マクファーソン氏(James Macpherson)は、地元で記者を育てる時間がないし、自分はパサデナ生まれでこの町の様子をよく知っているから、送られてきた記事を自分がチェックすれば、公平さや正確さは保てると言っているらしい。何となく言い分はわかる。
そこで興味をもった私は『Pasadena Now』のサイトを見てみたが、そこにリンクされているパサデナ市のサイトには、市議会の様子を記録した映像ファイルがきちんと保管されているのを知った。つまり、市議会の議事はリアルタイムに放映されているだけでなく、過去のファイルも世界中の人に公開されているのである。内容は多少編集されているかもしれないが、1つのファイルの放映時間は最短で1時間、最長では5時間16分もあるから、恐らくほとんど編集が加わっていない。アメリカとは何とオープンな社会かと驚いた。
政治や文化、考え方の違う外国人に自国の情報を集めてもらうのは、やはり考えものだ。しかし、補助的な取材や翻訳面では助かることも多いだろう。また、取材や情報収集の担い手を外国にまで求めなくても、自国内に適当な書き手を見つければ、その人がたとえ遠方にいても、インターネットによる“電子取材”は有効に活用できるかもしれない。情報手段としてのインターネットの可能性は、まだまだ広がると感じた。
谷口 雅宣
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
以前に車の事故を起こしてトールフリーの番号に電話したとき、オペレーターが何をどのように対処するのか教えてくれました。その時、オペレーターは「車はスティーブンス・クリーク(道の名前)の何々と何々の道路の間にある修理店が一番近いし、そこに持っていくと書類は今入力した情報がいっているので手続きがサインのみで大丈夫」と教えてくれました。あまりに地元に詳しそうに話すので、相手に「この電話はカリフォルニアどこかのオフィスですか?」と聞いたら、ミネソタだと答えが返ってきました。コンピューターで必要な情報はすべて出てくるので、距離や時間帯が違ってもあまり問題はないということを知らされた時でした。テレビの通販などで申し込むと、インドに電話がかかる場合もあります。時差を利用するというのは素晴らしいのですが、インド人の英語が理解できず、買い物をあきらめたこともあります。
投稿: mario | 2007年5月19日 01:49
Mario-san,
なかなか興味ある実話を聞かせていただき、ありがとうございます。日本ではまだ「海外代行業務」はそれほど発達していないようですが、言語の違いは喜むべきか、悲しむべきか……よくわかりません。
投稿: 谷口 | 2007年5月19日 12:36
谷口雅宣先生
私は以前、英検1級の試験を受けた際、試験問題の中にエッセー(与えられた題について200語前後で自分の意見を述べるもの)があることを知り、その対策として英文添削の講座(http://www.i-osmosis.jp/) を受講したことがあります。その講座は「英検1級対策」と銘打ったものですが、驚いたことに講師は全てインド人でした。
そして、添削してもらったものに対する質問や、日々の出来事をその講師とオンライン上でやりとりできるようなシステムが採られていました。そこで私の場合、ムンバイに住んでいる女性講師が担当となり、色々教えて頂きました。さらに首尾よく、その講師が「お仕事は?」と聞いてくれたので、ハリキッテ生長の家の説明をしたことがあります。
その成果があってか、1級の1次試験は合格いたしましたが、2次は2回連続不合格で、残念ながら期限切れになりそうです。しかし、これからはスピーキングの力をつけて、日本に戻ってから再度挑戦したいと思います。
阿部 哲也 拝
投稿: 阿部 哲也 | 2007年5月19日 17:32
谷口雅宣先生
私もインターネットの恩恵に与っていて、2年ほど前、ある月刊誌の旅情報を、ネットで入手して書いていました。取材先は役場や観光協会、観光施設など数箇所、写真もネットで送ってもらいました。最終原稿はそれぞれの取材先に確認してもらいましたが、北海道から屋久島や沖縄まで、居ながらにして最新情報が入手でき、便利でした。
また、ネットサーフィンでよく環境問題の情報も入手でき、最近では6月22日の夏至の日に、環境問題を考えようと訴える元ヨシモトの芸人「てんつくマン」さんのHPが面白いです。彼は、「マイ箸」運動をHPでhttp://www.tentsuku.com/
呼びかけています。
投稿: 久保田裕己 | 2007年5月19日 17:57
阿部さん、
インドはすでに影響力大なんですネ!
もうハワイから書き込みですか?
投稿: 谷口 | 2007年5月21日 22:37
谷口雅宣先生
>> もうハワイから書き込みですか? <<
現在、ビザの発給を待っておりまして、手に入り次第渡航いたします。
海外に赴任いたしましても先生のブログを通して、タイムリーに学ぶことができますこと、本当に有り難いことと感謝申し上げます。
阿部 哲也 拝
投稿: 阿部 哲也 | 2007年5月22日 13:07