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2007年5月29日

環境運動家の危機感 (2)

 地球環境問題への取り組みでは先駆者的存在である米アースポリシー研究所のレスター・ブラウン所長(Lester R. Brown)が来日中で、新聞にインタビューが載っている。氏は昨年もこの時期に来日していて、私は一橋大学で行われた氏の講演会を聴きにいったことを5月22日の本欄に書いた。当時は、氏のインタビューを新聞紙上であまり見なかったが、今年は5月28日に『産経新聞』が、翌29日には『朝日新聞』がそれを掲載した。両紙とも、バイオエタノールの普及が世界の貧困問題を悪化させるという氏の主張を紹介している。そのことを訴えるために来日しているのだろうか?
 
『産経』の記事は、「人類は穀物を燃料に使うか、食糧に使うかを争う時代に入った」というショッキングな表現で始まる。『朝日』では、もう少し詳しくこの問題を解説する--「食糧とエネルギーの境界線がなくなり、石油価格が穀物価格を左右するようになった。8億人の車所有者と20億人の貧困層が同じ食糧を巡って争う構図だ。このまま食糧価格が上がれば政治不安が起き、世界の経済発展にも影響が出るだろう」。そういう危機感が氏を動かしていることが伺える。

 バイオエタノールの生産には、穀物などの作物ではなく、木くずや廃木材、稲ワラなどの食用以外のものを利用すべきことは本欄でも何回か触れた。日本ではその方面の研究が進んでいるが、何しろまだコストが高い。そこで日本石油連盟では最近、フランス産の小麦から作ったバイオ燃料を日本で流通させることにしたのだろう。また、バイオ燃料が生産しやすい植物を遺伝子組み換えでつくる計画も走り出しているようだ。18日の『産経』によると、ミシガン州立大学は、繊維質を糖に分解する酵素をつくる遺伝子を、トウモロコシに組み込む研究を進めており、イギリス系の国際石油資本「BP」はデュポンと協力して、カリフォルニア大学バークリー校に植物繊維系バイオ燃料開発研究所を設立することを計画しているという。日本でも今月、バイオ燃料の生産を目的とした遺伝子組み換え技術を開発する検討会が設置されたそうだが、設置主体がどこかはなぜか書いてない。

 現在の石油やガソリン価格の高止まりは、こういうバイオエタノール増産計画と関係していると聞いたら、読者は不思議に思うだろうか? 普通に考えると、原油からつくるガソリンに加えて、植物からつくるエタノールが市場に新たに供給されるのだから、ガソリン価格は下がってもいいはずである。需要が一定とすれば、供給量の増加は価格を下げるというのが市場の一般原則だからだ。ところが、ブッシュ大統領がこの1月の一般教書演説で、バイオエタノールの大幅な増産計画をブチ上げたことが、ガソリン価格が下がらない原因になっているというのだ。25日付の『ヘラルド・トリビューン』紙がそう伝えている。
 
 この演説のことは1月24日の本欄で触れているが、ブッシュ大統領はこの演説で、バイオエタノールなど再生可能燃料や代替燃料の使用を増やしたり、自動車の燃費基準を厳しくすることで、今後10年間でガソリン消費量を20%減らすという方針を発表したのだ。これにもとづき、米議会もエタノールの使用をこの期間に5倍近くに増やす法案を審議中という。となると、今後10年で需要が減るはずのガソリンを精製する工場を今、増設したり新設することの意味が薄れる。だから、石油会社の側では現有の精製能力の限界近くまでガソリンの増産はするものの、それ以上の投資には慎重にならざるを得ないわけだ。同紙の記事によると、アメリカの石油会社は昨年来、ガソリンの精製を日産20万バレル増やして現在、日産885万バレルのガソリンが国内で生産されている。が、ガソリン消費は日量2100万バレル近くだというから、結局海外からの輸入が必要である。

 こうしてガソリン価格が上がれば、穀物がエタノールの生産にさらに回され、トウモロコシはもちろん、他の食品の値上がりにも繋がっていく。この悪循環を断つために、ブラウン氏はエタノール工場の新設を一時中止するよう提言している。
 
谷口 雅宣
 

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コメント

副総裁先生

先生は以前よりエタノールは食料問題を起こすと提言されておられましたが、こんなに早く問題になるとは驚きです。

10年ほど前に「だれが中国を養うのか?」という本を読んだことがあって、探したら本棚から出てきました。

なんと、その著者がレスター・R・ブラウン博士でした。

工業化を進める中国は、必ず食料輸入大国となり2030年には現在(1995年当時)の世界の食料輸出総量分を必要とするだろうとの事でしたが、現在はどうなっているのでしょうか。

エネルギーと食料がこのように摩擦を起こすとは考えても見ませんでしたが、必ず解決策があると信じております。

投稿: 佐藤克男 | 2007年5月30日 18:50

谷口雅宣先生
合掌ありがとうございます。
食料から作られるバイオエタノールが巷で話題が多いため、木材によるバイオエタノールが隅に追いやられているのかと思っていましたら、経済の世界では、別の動きがあると感じたことがありますので、ご報告させていただきます。先日(5/22)ビッグサイトの環境展へ行き、展示されていたものは、パビリオン5箇所位、うち3割が、木材を粉砕、チップ化し、燃料(木材または、バイオ燃料)のもとにする戦車のような、自走式機械設備でした。金額は1台4500万円。新商品として出ていたので、「これはなぜ売るのか、環境(保全という意味)展というより、破壊ではないか。また、バイオ燃料は、輸入したほうが、安いのではないか?」と尋ねると、次のように反論された。「いいえ、今日本の各地の工場は、Co2削減を指導され、工場を動かす重油を極力減らし、カーボンニュートラルという意味で、燃料としての、廃木材使用量を増やしている。だから廃木材は、今、取り合いである。そのための設備として、この機械を販売している。」会場の雰囲気は、非常に商売が盛んな雰囲気でした。Co2削減が別の形で世の中を動かしている感じでした。

投稿: 長部彰弘 | 2007年6月 2日 20:58

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