« 原子力利用は縮小しよう | トップページ | “炭素ゼロ”の旅行 »

2007年4月24日

谷口輝子先生に学ぶこと

 今日は午前10時から、長崎県西海町の生長の家総本山にある谷口家奥都城において「谷口輝子聖姉十九年祭」が行われ、私は妻とともに墓前に玉串を捧げ、参列者の方々と聖経の一斉読誦をしたあと、概略次のような挨拶をした。

----------------------------------------------
 皆さま本日は、谷口輝子先生の19年祭にお参りくださいまして、誠に有難うございます。谷口輝子先生は、生長の家創始者・谷口雅春先生の奥さまとして、また初代の生長の家白鳩会総裁として、深い愛と知恵をもって私たちの運動を導いてくださいました。我々の運動の“お母さま”と呼んでもさしつかえないと思いますが、輝子先生は単に優しい「お母さん」ではなく、間違ったこと、曲がったことには断乎として「ノー」という意志を明確にされる方でしたから、ときに“厳父”ならぬ“厳母”のような態度を示されるところが、また素晴らしいかったと思います。谷口雅春先生の追善供養祭のときに、輝子先生が「涙がこぼれる方はどうぞこの長崎の総本山のお庭に涙を捨てていって下さいませ」「お泣きになるような暇があったら人類光明化運動を一所懸命なさっていただきとう存じます」(『生長の火をかざして』世界聖典普及協会刊)と挨拶されたことは有名です。
 
「知恵」と「愛」とは神の御徳の中の重要な2つでありますが、そのバランスを保つことは簡単なようでいて、とても難しいことです。知恵ばかりが優れていて愛が伴わない場合、正しいか正しくないかで相手を裁いてしまい、そういう心で指導しても却って相手の反発をかうことがよくあります。また、愛が豊かにあっても知恵が伴わない場合、いわゆる“溺愛”する状態になってしまい、相手の誤りを正せずに、自分が相手とともに誤りを犯すような結果になることもあります。子供の教育でも、部下の指導でも、また夫婦関係、親子関係でも、相手の心境をよく見て、知恵と愛との双方をバランスよく発動することが重要であることは、皆さんも経験からよくご存じのことと思います。

 輝子先生の御著書に『こころの安らぎ』(1982年、日本教文社刊)というのがあります。そこに戦後まもない頃、輝子先生が東京の自宅で経験された話が書いてあります。今日はその話をご紹介して、輝子先生が知恵と愛をどのようにバランスさせて現実の問題を解決されたかを学びたいと思うのであります。
 
 (同書、pp. 72-75 を朗読)
 
 このエピソードがあった時代は、今日の日本の状態とはかなり違っていますが、人を指導するという面では、重要な点で共通していると思うのであります。それは先生の最後の文章にあるように、「叱ることも讃めることも、相手に対して愛をもって行う」ということです。正しいと思うことをゴリ押しするのでは叱るだけになってしまう。それでは足りなくて、その背後に愛があることを相手に示すことが必要です。特に昨今は、核家族化と都市化が進んでいる所では、親子の関係が近すぎて過保護になってしまったり、その逆に自由を履き違えた放任主義、不干渉主義になったりしがちです。また、隣近所との関係が薄くなり、家庭が孤立しがちです。さらに、社会が子を“次代の担い手”として見る視点に欠けているために、社会教育が軽視されていることが指摘されています。

 私の職場である生長の家本部は、東京の真ん中の「原宿」と呼ばれるファッション街にあり、周囲はかなり観光地化しています。そこへ修学旅行の高校生などが制服姿で歩く姿をよく見かけます。また、首都圏各地から見物に来る学生や若者も多いのですが、そういう青年の多くがあまり社会教育を受けていないようなのですね。社会の一員としての公衆道徳を教えられていないので、人が多く通る通路の階段に腰掛けてクレープやアイスクリームを頬ばっていたりします。人が通れるような隙間がない場合もある。私も一度「ここは通路だから、人が通れるようにしなさい」と注意したことがありますが、そう言われると気がついて「すみません」と言って移動するのです。だから、彼らとしても、わざと人が嫌がることをやっているのではなく、単に教えられないから気がつかないのです。

 教育の問題は今、盛んに議論されていますが、私は谷口輝子先生が示された愛と知恵をバランスさせた指導の中に、時代を超えた教育の原理があると思うのです。その基本には、すべての人間を「神の子」として見る生長の家の信仰があります。相手も自分と同じ神の子だと感じられれば、そこに温かい愛の感情が生れます。「自他一体」の感情です。これが基本となり信頼関係が成立します。そうすれば相手を単に批判するのでなく、相手の身になって批判すべきは批判し、援助すべきは援助するための愛の言葉が出てきます。愛に溺れず、知恵ある行動が生れます。
 
 だから今日、生長の家の信仰を多くの人々に伝えることは、以前にも増して重要になっています。ぜひ多くの人々に「人間・神の子」「自他一体」の信仰を伝える活動を展開して、輝子先生の御心に応えたいと思うしだいであります。本日は、お参りくださり、誠にありがとうございました。
 
谷口 雅宣

|

« 原子力利用は縮小しよう | トップページ | “炭素ゼロ”の旅行 »

コメント

合掌 ありがとうございます。
 教化部でとりおこなわれました、輝子先生の19年祭に行かせていただきました。生長の家を知らなかったら、私はたぶん鼻持ちならぬ女性になっていたでしょう。これからも、心明るく光明化運動に励みます。
                              再拝

投稿: yasuko | 2007年4月26日 09:54

 合掌。ありがとうございます。今回、輝子先生に学ぶこと、を読ませていただいて感動しました。知恵と愛のバランスのある指導、、に納得させていただきました。私は、今、東京都の適応指導教室に勤務しています。不登校の小、中学生の勉強、運動などを指導する仕事です。生命の教育を実践しつつ、担当している生徒〔主に中学生〕の先祖供養も教化部でさせていただきました。愛の心で、教育も自然をまもる行いも実践していきます。素晴らしい教えに出会えた幸福に感謝しつつ、、人類光明化運動にこれからも邁進させていただきます。明日は青年会の全国大会、マイ箸を持参して参加させていただきます。感謝。再拝。

投稿: 小林 佳子 | 2007年5月 2日 18:26

小林さん、

 大変なお仕事と思いますが、生徒の“内なる神”を信じてがんばってください。

投稿: 谷口 | 2007年5月 6日 00:13

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 原子力利用は縮小しよう | トップページ | “炭素ゼロ”の旅行 »