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2007年4月17日

デジタルからアナログへ (2)

 4月12日の本欄で、私は免疫系の働きなどを例に挙げながら、デジタルなものの感じ方や考え方は“理性的”“科学的”というよりは“本能的”だとの示唆をした。この点は、もう少し説明を加える必要があると思う。通常、コンピューターやCDプレーヤーなどの「デジタル機器」は先端技術との関係で捉えられるから、真空管や弦楽器のような「アナログ装置」よりも進歩していて科学的だと考えられがちだが、私はその逆だと言っているのである。デジタルな情報処理の仕方は、原始的であり、人間的というよりはむしろ動物的なのである。その理由を説明しよう。
 
 イギリスの科学誌『New Scientist』が3月17日号で、このことを心理学の研究を紹介しながら指摘している。そこでは、「我々の心は人間の世界をほとんど自動的にいくつかのはっきりしたグループに分けて捉えるように作られているようだ」というミシガン大学の心理学者、ローレンス・ハーシフェルド博士(Lawrence Hirschfeld)の言葉が引用されている。また、英ブリストル大学の心理学者、ヘンリ・タジフェル博士(Henri Tajfel)も、もし人間の集団を「赤と青」、「北と南」などの2つに分ければ、自分が所属する集団へのバイアスがほぼ自動的にかかる、と指摘している。昨年、政治学の専門誌『Journal of Conflict Resolution』(vol 50, p. 926)に発表された研究では、このようなものの見方は、同一グループ内の協力を高めるだけでなく、グループを横断した全体の協力関係をも促進するという結果が出たという。
 
 ハーシフェルド博士らの研究では、肌の色を重視して人をグループに分ける傾向は、すでに3歳の子供の時から始まっているという。これは1993年に行われた研究で、警察官の服装をした太った黒人の子の絵を見せたあと、6人の大人の写真を見せて、その子が大人になった時の姿はどれかを聞くという研究である。この6人の大人は、最初の絵にあった子がもつ3つの属性--警官の服装をしていること、太っていること、黒人であること--のうち2つをそなえているという。記事には写真の詳細は描かれていないが、具体的な姿を想像すると、警官の服装をした太った白人の大人、スーツ姿の太った黒人の大人、警官の服を着たやせた黒人の大人……というような組み合わせだろう。結果は、写真の大人が警官の制服を着ていなくても、また太っていなくても、ほとんどの子が選んだのは「黒人の大人」の写真だったという。これは、我々大人が考えれば当たり前の結果だが、3歳の子がそう考えたということが重要らしい。つまり、すでに3歳のときから、我々は「肌の色が、人間の種類を決める最大の属性である」と感じていることが示されたというのである。

 また、2000年に行われた脳の画像診断による研究では、自分は人種差別をしないと公言する大人でも、脳内には自動的に、無意識に相手の肌の色が記録されることが分かっているという。これは、マサチューセッツ州のアムハースト大学(Amherst College)のアラン・ハート博士(Allan Hart)らが行った研究で、人間が原始的な感情を覚えたときに反応する大脳扁桃核(amygdala)の血流を調べると、白人と黒人が互いの顔を見たときには、本人が感情的に何も変化しないと答えたとしても、実際には血流量が増えるという。さらに、同じ年にニューヨーク大学のエリザベス・フェルプス博士(Elizabeth Phelps)らが行った研究では、人種差別を示す心理テストで高得点だった人ほど、大脳扁桃核の血流量が増えるという結果が出ているらしい。この他の様々な研究結果を総合して、同誌の記事は、我々が外観にもとづいて人間を差別する傾向は、むしろ“自然”であり“本能的”であることを示している。
 
 それでは我々は、“自然な”反応である人種差別を大いに歓迎すべきだろうか? 私がそう思わないことは、言うまでもない。この場合の“自然な”という意味は「本能的」とか「原始的」とか「動物的」という意味である。また、人間の脳の構造から言えば、大脳扁桃核を含む大脳辺縁系は「旧哺乳動物の脳」とも呼ばれていて、人間以外の哺乳動物に共通している。人間の脳は、大脳新皮質という大きな脳がこの「旧哺乳動物の脳」を覆い包んでいる点に於いて、「人間らしい」構造なのである。大脳新皮質は、理性の働きや、芸術的創造活動と深く関係していて、ここが動物的衝動を制御し、複雑な社会生活を可能ならしめている。だから、人間として“自然な”ことは、外観にもとづいて人間を差別する感情を制御して、より高度な視点から社会生活を調和あらしめていくことにほかならない。
 
 このように考えていくと、デジタルな判断の仕方が人間としては不十分であることが、より深く理解できるのではないだろうか。
 
谷口 雅宣

【参考文献】
○立花隆著『脳を究める--脳研究最前線』(1996年、朝日新聞社)

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コメント

谷口 雅宣 先生 

 インターネットは便利なもので、こうして雅宣先生と対話できるのことを大変ありがたく思っております。パソコンというデジタル機器が、インターネットと言うアナログ的相互社会を築き上げているおかげでしょう。デジタルを、いかに旨く人間的、アナログ的に使いこなすかと言うことでしょう。

 また、デジタル アナログ、という横文字は、概念的に分かりづらいところもあります。「分割と統合」「個と全」「一面的、多面的」と言い換えたらよいのでしょうか。私などはデジタル時計と昔ながらの針のある時計を思ってしまいます。

 ところで、このブログは内容が大変多岐に渡り、総合的かつ壮大です。「小閑雑感」というデジタル的?な優しいタイトルでなく、アナログ的?な総大なタイトルにしてもよろしいのでは・・・・・と、ふと思いました。

投稿: 北田順一 | 2007年4月19日 17:22

北田さん、

>> ところで、このブログは内容が大変多岐に渡り、総合的かつ壮大です。「小閑雑感」というデジタル的?な優しいタイトルでなく、アナログ的?な総大なタイトルにしてもよろしいのでは・・・・・と、ふと思いました。<<

 「壮大なタイトル」ですね……。でも、そうするとネコや花の話が書けなくなってしまうし……。「小閑」でなく「大閑」でいいのであれば、月に1回ぐらいの掲載になるかもしれませんネ。(笑)

投稿: 谷口 | 2007年4月20日 17:03

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