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2007年3月 1日

日時計主義をさらに進めて

 はや3月となった。3月1日は生長の家の立教記念日なので、今日は午前10時から東京・原宿の生長の家本部会館ホールで「立教78年生長の家春季記念日祝賀式」が挙行された。私は例年のように挨拶を行い、また褒賞者への表彰状の授与などを行った。以下は、そのときの挨拶の概略である:

 本日は、このおめでたい立教記念日を皆様とともに、健康で迎えることができましたことを、神様と皆様に心から感謝いたします。ありがとうございます。
 
 すでに多くの方がご存じのように、今日の3月1日が生長の家の立教記念日であるのは、「生長の家」という名称の月刊雑誌が昭和5(1930)年の3月1日の日付で最初に発行されたからであります。私は、この立教記念日での挨拶にはいつも、この記念すべき『生長の家』誌創刊号から引用して、皆さまにお話をすることにしているのですが、今日もそうしたいと思いまして、ここへ持ってまいりました。
 
 この創刊号の最初の文章は「生長の家の精神とその事業」という題で、ここには「自分はいま生長の火をかざして人類の前に起(た)つ。起たざるを得なくなったのである」という有名な言葉が掲げられています。これは皆さんもよくご存じで、暗唱している人もいると思います。ところで今日は、この文章ではなく、そのあとの2番目の文章をご紹介します。それには「『生長の家』の使命及び読み方」という題がついています。この題にある「生長の家」は、二重鉤括弧で囲まれていますから、第一の意味では雑誌の生長の家のことです。もちろん今日では、生長の家の運動全体のことを指すと広く解釈できるのですが、立教当時は、まだ「運動」などと呼べるような人数はおらず、谷口雅春先生と輝子先生のお2人だけで運動が始まったのですから、「生長の家という名の雑誌」のことを意味していたのです。ですから、ここで言う「生長の家の使命」とは「生長の家という雑誌の発行目的」ということになります。
 
 そういう前提で、この文章を読んでみると、なかなか示唆的で、重要なことが書かれていることに気がつきます。少し読んでみます:
 
 『生長の家』を月々発行して言葉によって此の世を清め、人生を住みよくし、世界の家庭々々を明るくし、個人々々を幸福にすることは生長の家の主要な事業の一つである。それは諸君が『心の法則』を深く研究して行かれるに従って次第に明瞭になってくるであろうように、此の世界は言葉によって支えられているからである。(原文は旧漢字、旧仮名遣い)

 このあと、雅春先生は東西の教典から「言葉の大切さ」を説いた箇所を引用されていますが、その部分は省略します。そして、続いてこう書いておられます:
 
 斯くの如く、東西の経典は筆をそろえて、言葉に生命(いのち)あり、言葉は必ず体を招き、言葉は我らに宿って肉体となることを説いているのである。古え吾々日本人が互いにみこと(みは美称、ことは言)と呼び、互いを神として敬し合ったのはこのためであった。吾らは此の点に於て古代日本に還るべきであることを提言する。吾らは何であるよりも先ず言葉(みこと)である。これは実に否定出来ない。言葉によって吾らは清くもなれば醜くもなり、幸福にもなれば不幸にもなるのである。諸君は毎朝歯ブラシで歯をみがかないであろうか。諸君は、そして歯よりも大切な心があることを自覚しないであろうか。諸君は毎朝歯をみがくのに何故心をみがかないのであるか。又諸君は心を何をもってみがくであろうか。諸君が若し朝起きると一と声『馬鹿野郎』と家族を叱咤するならばその日いちにち不愉快なことを自覚せねばならないであろう。諸君が若し、自己の人生を幸福にし、家庭を明るくし、環境を良化し、運命を改善しようと思われるならば、毎日すくなくとも二三回はそのために作られたる善き、明るき言葉に接しなければならない。それは諸君にとって食事をとるよりも尚絶対に必要なことである。諸君よ、『生長の家』を読め、心を幸福にし、肉体を健康にし、運命を良化せよ。此の目的のために雑誌『生長の家』は生れたのである。(同上、pp.10-11)
 
 このようにハッキリと、『生長の家』の発行目的が書かれています。それは、読者の「心を幸福にし、肉体を健康にし、運命を良化する」ためである--そう書かれています。このことを今日は、皆さんと共に確認したいのであります。つまり、生長の家が出版物を発行する目的は、コトバの力を駆使して、読者を幸福にし、肉体を健康にし、運命を良化させるためであるということです。『生長の家』誌創刊号には、この目的のための生活法として、先ほど紹介した文章に続いて「日時計主義」が提唱されています。このことも、立教記念日では何度もお話しているので、皆さんにとっては旧聞に属するでしょう。

 それから77年が経過しました。今日では、『生長の家』誌は、3種類の機関誌と4種類の普及誌に分化発展してきていますが、その発行目的は変わらないと思うのであります。また、逆に人々の「心を幸福にし、肉体を健康にし、運命を良化する」ためには、月刊誌以外にもあらゆる手段を使うことが、運動の発展であり、使命であるということになります。そういう意味で、創刊号で提唱された日時計主義を実践するためにこのほど、『日時計日記』という日記帳が出版されたことは、すでに皆さんもご存じと思います。このような日記帳が、これまで何十年もの間出版されなかったことは本当は不思議なのですが、昨今の手帳や日記帳ブームもあって、昨年秋に発刊され、大変好評を得ています。これまで4回刷って、3万7千部を発行しています。
 
 また、今日では、科学技術・通信技術の飛躍的な発展により、出版というものが紙を媒体にしたものから、電子信号を媒体としたものへと大きく変化しつつあります。そして、それに伴って、情報の流れが小刻みになり、双方向的になり、また情報量も飛躍的に増加しています。今日では、その溢れかえった大量の情報の中から、「正しい情報を的確に選択する」ことが課題になっています。宗教の世界でも同じことで、正しい教えが、必要とされている人に、必要とされている時と場所に、速く伝わることが重要で、そのために生長の家でもインターネット・サイトをいくつも立ち上げて、紙の媒体による出版活動と連動した電子媒体による運動も開始しています。
 
 例えば、先ほど紹介した『日時計日記』にあわせた形で、ウェッブ版の『日時計日記』が今年から始まっています。これは毎日、日記帳をつけるような感覚で、誰もがインターネット上の『日時計日記』に「よいこと」を書き込める場所です。これによって個人的な日記が、公開日記帳のような性格をもちはじめます。そして、そこに「よいこと」が書き込まれれば、それを読む人すべてに、世界中の人々に「よいこと」が伝わる--こういう新しい効果が生まれています。ふるってご参加ください。
 
 また私も今回、この立教記念日に合わせて『日々の祈り』という本を出させていただきました。『日時計日記』は紙に印刷した書籍が先に出て、それからインターネット版へと発展したのですが、この『日々の祈り』は、私がブログ上で発表した「祈りの言葉」が先に出て、その数が集まったところで書籍として出版されました。全部で49の祈りの言葉を収録していますから、ぜひ皆さまもこれを活用されて、日時計主義の生活を実践していただきたいと思うのであります。この新刊書の中から「観を転換して人生に光明を見る祈り」(同書、p.146)というのを朗読しましょう。
 
 (祈りの言葉は上記のリンクへ)
 
 この本には、このように日時計主義の実践を信仰面から支えていくための祈りの言葉が、人生の様々な場面で使えるように編纂されています。ぜひご利用していただき、個人の信仰深化はもとより、多くの人々に信仰の喜びを伝えていく運動を今後も力強く展開していただきたいと思います。このおめでたい記念日に際して、所感を述べさせていただきました。ありがとうございます。
 
 谷口 雅宣

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