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2007年3月24日

代理出産で母子関係は認めず

 今日の新聞各紙は、タレントの向井亜紀さんと元プロレスラーの高田延彦さんがアメリカで代理出産によって得た子どもを、日本の民法上の実子として認めるかどうかの最高裁判決を第1面で伝えている。ご存じのように結果は、向井さんとその子(双子)の間に「母子関係の成立を認めることはできない」という判決である。つまり、日本の法律上の親子関係はないということだ。その最大の理由は、現行の民法の規定では「出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ない」から--換言すれば、向井さんではなく、実際に双子を産んだアメリカの女性をその子たちの母親と認定せざるを得ないからだ。生殖補助医療が法律の想定外の状況を生み出していて、そのために遺伝的には母子であっても、法的にはそれが認められないという事態が発生している。だから、判決文も「立法による速やかな対応が強く望まれる」と国会へ異例の注文を突きつけた。
 
 私はこの問題に関して、昨年10月3日同16日の本欄ですでに「代理出産には反対」という見解を書いている。その理由もその時書いているので、詳しくはそちらを参照してほしい。が、ごく簡単にまとめると、この方法は自分の幸福追求のために他人を手段として利用するから、倫理的に好ましくないのである。この「他人」とは、①生れてくる子、に加えて、②代理母となる人間、の最低2人はいる。上記の例では、生れたのは双子だから3人が利用されたことになる。さらに、夫以外の精子提供者がいれば、その数はもう1人増えるだろう。また、アメリカでの代理出産はすべての州で許されているわけではないし、多くの国では禁止されている。さらに言えば、向井さんはアメリカの斡旋業者を利用していて、そこでの依頼人の負担は平均1500万円だという。
 
『朝日新聞』(24日付)によると、日本人夫婦がアメリカで代理出産を依頼する場合は、子が誕生したあとアメリカで依頼人夫婦を親とする出生証明書を得てから帰国する例がほとんどという。この場合、代理出産であることを告げずに日本で実子としての届出をすれば、役所には知られずに実子登録が行われる。そういう子がすでに「少なくとも100人を超える」ほどいるという。向井さん夫婦の場合は、出生地のネバダ州で出生証明書をもらっていたが、事前に代理出産を公表していたため、東京・品川区での出生届が不受理となったのだ。ただ、同夫妻には、特別養子制度を利用する道があり、それが認められれば、子どもの戸籍には実の親子と同様に父母欄には氏名がきちんと記載されることになる。私は、その方法を採れば、同夫妻にも2人の子どもにも現段階で不都合なことはないと思うのだ。

 ところで、代理出産についての専門家の見解は、かなりまとまっていることを指摘しておこう。日本産科婦人科学会は、第三者に多大な危険と負担をかけ、生れてくる子の福祉にも反するとしてこれを禁止している。厚生労働省の部会は平成15年4月、法制化に当たっては罰則付きでこれを禁止する方針を決定ずみだ。また、日本弁護士連合会も今年1月、「生れてくる子供の福祉や“人間の尊厳”自体を侵害する危険性が高い」として代理出産を禁止する法律の整備を求めている。(24日付『産経』)だから、最高裁が注文した「立法による速やかな対応」までの距離は、それほど遠くないと思うのだ。日本学術会議での審議は、今年1月からすでに始まっており「約1年」で結論をまとめる予定という。この問題は生殖医療に止まらず、再生医療や遺伝子治療、ガン治療などとも、「ES細胞」や「クローニング」などの技術を通して互いに密接に関連している。私は、本件を1つの“突破口”にして、わが国の生命倫理の原則を確立することはできないものか、と思う。
 
谷口 雅宣

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コメント

谷口雅宣先生

私もこの向井亜紀さんの記事を読みました。生命倫理の問題の報道に接する度にいつも考えることは、たとえば代理母問題で言うと、「子を産めない体になってしまった境遇への恨み(に近いもの)」という感情を、多かれ少なかれ、ご当人は持っておられるんだろうな…、ということです。

人情的には同情を禁じ得ないのですが、やはりそこは、先生が『足元から平和を』第2章の4「神と人との“境界”をめぐって」でご指導いただいているように、実相と現象とをシッカリ区別しつつ、善一元の神観と「生命は生き通す」という久遠生命の自覚、それに善因善果・悪因悪果の正しい信仰を持って、今の人生を正しく生きていくことだナ…、ということを改めて思った次第です。

追記:いつもご指導いただき、本当にありがとうございます。クロスワードシリーズも、実はまだゆっくりと解く時間を見つけられずにいるのですが、今年の初めにお始め下さったとき、実は大変感動していました。「ここまで私たちに、御教えに親しく接しられるようにして下さるのだ」と思い、感激していたのです。あ、でもこれは「また再開して下さい」という催促では決してございません(笑)。どうぞ今後ともご指導のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。感謝合掌

投稿: 山中 | 2007年3月24日 23:28

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