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2007年3月23日

バイオエタノールの悩ましさ

 私は全く知らなかったが、読者は日本がバイオエタノールの“先進国”だったのをご存じだろうか。『朝日新聞』の編集委員、竹内敬二さんが20日の夕刊のコラムに書いているところによると、日本は戦時中の1945年ごろには石油が底をつき始めたため、サツマイモの大増産を行ってアルコールを生産し、それによって戦闘機を飛ばしていたそうだ。そして、終戦になると、その大量のサツマイモは食糧に回されたという。だから、わが国にはバイオエタノールの生産技術はあるし、材料もあるのである。そして、バイオエタノールに内在する問題も経験している。それは、すなわち「食糧と燃料の競合」の問題だ。

 このことは、本欄ではすでに何回も(最近では1月6日昨年11月6日)書いてきたから、読者は理論的には理解していただいているだろう。しかし、実際に我々の食卓に影響が及んぶようになるのは、これからである。まず、トウモロコシの値上がりだ。これは世界最大の生産国アメリカで、トウモロコシがエタノールの原料としてどんどん売れていることによる。アメリカの農民は、エタノール需要を見越して今年のトウモロコシの作付け面積を増やしている。だから値段は上がらないはずだが、実際には上がっている。これは、いわゆる“投機”と“供給不安”による。22日の『日本経済新聞』夕刊は「東京のトウモロコシが高い。前日のシカゴ相場が上昇した流れを受け、買いが広がった。エタノールなどの需要増加見通しも引き続き材料視されている」と書いている。
 
 これに連動して、ダイズの値段も上がるようだ。というのは、アメリカの農民は自分の土地にトウモロコシを植えれば、ダイズは植えられないからだ。すると、ダイズの供給が減って値段が上がる。トウモロコシとダイズの値段が上がれば、それを材料として作られる製品の値上がりにつながる。また、「肉類」も値上がりすることを覚悟しておいた方がいい。なぜなら現在、食肉用に育てられる家畜や養殖魚には、トウモロコシやダイズなどを使った穀物飼料が与えられているからだ。ということは、牛乳や乳製品にも値上げ圧力が働くことになる。こうして、食品全体の値上がりが始まる。これは、大方の日本人にとっては「仕方がない」ですむことだろう。しかし、1日1~2ドルの収入しかない世界中の何十億人の貧困層の人々にとっては、致命的な問題になるのである。
 
 そういう動きに警鐘を鳴らしたニュースレターが、3月21日付でアースポリシー研究所(レスター・ブラウン所長)から発行された。題は「アメリカ産穀物の自動車燃料への大量転換が世界の食費を押し上げている」(Massive Diversion of U.S. Grain to Fuel Cars is Raising World Food Prices)だ。食費の値上がりはすでに始まっている、というのだ。それによると、トウモロコシの値段は昨年2倍になり、小麦の先物は現在、10年来の高値で取引されている。そして、ダイズの先物も50%上がり、コメも値上がりしているという。

 エタノール生産によって最初に影響を受けるのは、トウモロコシを主食にする20余の国々だ。メキシコではすでにトルティーアの値段が6割も上がり、怒った国民が7万5千人の抗議デモを行って政府に価格統制を迫った。中国、インド、アメリカでも食品の値上がりが始まっているらしい。これらの国では直接トウモロコシを食べることは少ないが、その代わり、食肉、牛乳、鶏卵などの値上がりが起こっている。この1月、中国では1年前に比べてブタ肉が20%、卵は16%、牛肉が6%値上がりした。アメリカ農務省は、鶏肉の卸売り価格は前年より10%、タマゴ1ダースが21%、牛乳は14%値上がりするとの予測を出した。

 2006年にアメリカで収獲された穀物の16%は、エタノールの生産に使われたという。そして、アメリカ国内では現在、約80のエタノール蒸留所が建設中だから、完成後にはその生産能力は倍増し、2008収獲年度のアメリカ産穀物の3分の1近くは、エタノール生産に回される可能性があるという。そうなればアメリカの穀物輸出量は減り、穀物の国際価格は上昇せざるを得ない。こうなると、世界の8億人の自動車所有者と20億人の極貧層の人々との間で、穀物の取り合いが起こることになる。どちらが勝つかは容易に想像できるだろう。ニュースレターはさらに続けてこう言う--今年の2月、世界食糧プログラムの所長、ジェームズ・モリス氏(James T. Morris)は、世界では毎日、1万8千人の子どもが飢餓と栄養失調のため亡くなっていると報告した。この数は、過去4年のイラク戦争におけるアメリカ軍の1日平均戦死者数の6倍に該当するという。

 ところで、22日の『日経』によると、三井物産はこのほどブラジル国営石油会社のペトロブラスと共同で、自動車用バイオエタノールの生産と輸出に乗り出すことを決めたという。2011年までに年間350万klを生産する計画で、そこから日本向けエタノールを輸出するらしい。日本ではガソリンへのエタノールの混合率を10%にした場合、年間600万klが必要になるとされるが、その半分以上をまかなえる量になる。ブラジル産エタノールはサトウキビが原料だが、それを育てるために広大な畑が必要な点はトウモロコシと変わらない。我々はブラジルの土地を使って、自動車用燃料を生産するのだ。ブラジルの最下層の人々から食糧を奪わないのか? あるいは、森林伐採を促進することにならないのか? なかなか悩ましい問題である。
 
谷口 雅宣

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コメント

合掌。ありがとうございます。

世界では3秒に1人の割合で子供たちが亡くなっています。

先進諸国の欲のために環境が破壊され、戦争に巻き込まれ、難民となり飢餓の状態の国が数多くあります。

特にアフリカの国々の惨事は目を覆いたくなるようなものばかりです。

日本では信じられないようなことですが、誘拐された子供たちは子供兵士となり弾丸の盾となり、性の対象となり、残虐な行為を強いられました。

戦争ではシエラレオネを例にとると、手足を切断され、女はレイプされ子供たちはボールのように蹴飛ばされ殺されていきました。

いまだ、戦争の続いている国もあります。

そして国を追い出され難民となった人々の飢餓の状態も深刻です。

命より大切なものがあるでしょうか。

まず、命を救うことが第一になされるべき事ではないでしょうか。


私たちに責任がないとはだれも言えないことです。


先進諸国の人々の愛の心からの関心と寄付が集まれば、飢餓を救うことが可能です。

命があれば、そこから素晴らしい子供たちが育ち国を発展させていく力となります。

寄付だけでなくフェアトレードを普及させ世界の貧しい国々の人々が自立できる援助も必要です。

私たちには援助していける力があります。


私たちに今求められていることは環境問題を始め、様々な課題がありますが、まず、世界の国々の状態にもっと目を向け、関心を持ちできるところから手をさしのべていくことではないでしょうか。

投稿: ローズマリー | 2007年3月24日 20:52

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