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2007年3月20日

マイ箸運動に、企業が参加

Chopsticks_1  昨年10月5日の本欄で「モバイル箸」というのを手に入れたことを書いたが、その後、外食や旅行などで大いに利用している。「モバイル箸」というのはメーカーが作った呼称で、私はこれを「ポケット箸」とか「分解式箸」と呼ぶべきだと思う。今日は妻が、この箸用に布製の袋(=写真)を作ってくれた。大きさを普通の箸(写真下)と比べてほしい。箸の真ん中からネジで外して2つに分解できるようになっているから、ワイシャツの胸ポケットにも楽々と収まり、持ち運びの便はすこぶる良い。あまり良すぎて、レストランに置き忘れたこともあった。世の中では「マイ箸」と呼ぶ人もいるが、その場合は、別に分解できなくても「自分専用」であればいいようだ。私たちは当初、人目を気にして使っていたが、最近では意外にも“尊敬の眼差し”を感じる場合も少なくなく、しだいに堂々と使うようになった。

 この「マイ箸」を、コンビニエンス・ストアーが扱う決定をしたという。大いに歓迎したい。17日付の『日本経済新聞』によると、コンビニチェーンのミニストップは全国に約1800店あるチェーン店で箸と箸袋をセットにした「どこでもマイ箸セット」を480円で売り出したという。これに対し大手のローソンは、4月からマイ箸の携帯を促す運動を開始するとか。20日の『産経新聞』によると、このキャンペーンは、会員カードの利用者が一定のポイントをためた際にマイ箸を提供する方式で、将来的には店頭販売も考えるという。いずれのチェーンも、箸の素材にこだわっているようだ。ミニストップは三重県産の尾鷲のヒノキ材に布製の袋を付ける一方、ローソンは高級野球バットの原料であるアオダモを使う。後者の場合、バットに不適格として廃棄されていた材を利用するというから、よく考えてある。ローソンでは、年間5億膳の割り箸が消費されるそうだが、このポイント制への組み入れで20%削減を狙うという。
 
 昨年6月19日の本欄に書いたが、割り箸は国内で年間約250億膳が消費されていて、そのほとんどが中国からの輸入だった。ところが、一昨年12月に中国産の割り箸が3割値上げされ、昨年はさらに2割の値上げとなった。日本での大口需要は、コンビニチェーン、持ち帰り弁当チェーン、牛丼チェーンなどだから、今回のコンビニ2社の動きは、割り箸の有料化、ないしは廃止の動きにつながるかもしれない。ミニストップは、すでに昨秋から国産割り箸を1膳5円で販売しているし、一部のファミリーレストラン・チェーンでは樹脂製の箸への切り替えを進めているという。これは国産材の利用の増大だから、日本の林業の活性化にもつながると私は期待している。

「使い捨て」や「無料」の文化は、「すべてのものに神が宿る」とする神道の精神に反するし、とりわけ今日の地球温暖化時代にはふさわしくない。私の家は東京のファッション街のど真ん中にあるが時々、立派な紙箱や手の切れそうな包装紙が門前の路地に棄てられている。服や帽子や靴などを買った人が、かさばる梱包材を外して商品だけを持ち帰るのだ。こんなとき、どうしたらいいのかホトホト困るのである。そのままゴミ箱へ棄てるのは簡単だが、「もったいない」という思いが湧き出てきて、何かに再利用するために収容したくなる。が、それも結局、年末の整理の際に廃棄されるに違いない。だから私は、割り箸の有料化に加えて、レジ袋の有料化や過剰包装の廃止がさらに進むことを願っている。

谷口 雅宣

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コメント

ありがとうございます。今日、初めてこのWeb Site を拝見させていただきました。とても興味深い内容だったので、早速コメントを書かせていただきます。
私は、カナダに在住約11年の、日本人です。亡き祖母を筆頭に、親族一同、生長の家を、信仰させていただいております。
先日、ちょっとした心温まる出来事がありました。私は、バンクーバーにあります、大きな公設市場の中の一角にある、コーヒーショップで、働いています。先日、仕事中に、喉が渇いたので、カップにコーヒーを注ぎミルクと砂糖を入れようとした瞬間(仕事中、自由に飲めるので......)、一緒に働いていた同僚たちが、"マリッー”と大きな声で、どうしてこっちをつかわないの?と、私が使おうとしていた砂糖を指摘して言うのです。こっちというのは、ガラスビンに入った砂糖のことで、私は、たまたま目の前にあった、小さなパックに入った砂糖を二袋破いて、コーヒーに入れようとしていたからでした。私は、正直に、"だってこの砂糖が目の前にあったから”というと、同僚たちは、口を揃えてこういいました。紙パックに入った砂糖を使えばそれだけ、資源を無駄にしているのだと。そのときは、若いのに(スタッフたちは20歳前後)堅苦しいなと思うだけでしたが、その後、よく見ていると、いろいろなことが、わかってきました。彼らは、休憩に入ると、公設市場内のさまざまな店へ、ランチやスナックを買いに行くのですが、いつも、自分の洋食皿をもっていき、そのお皿に買った食べ物をいれてもらうのです。私は、大阪出身でもあり(笑)、自分で持参したお皿をもっていくのは、その店のお持ち帰りようのプラスチックの容器より、器を持参した方が、安くなるのでは、と思っていたのです。ところが値段は同じではありませんか。よく考えてみると、私が、働いているコーヒーショップも、多くの人がカップを持参していますが、値段は同じです。小さい頃からの教育とは、すごいなあとつくつ゛く感心しました。私達が、トイレにいったら水を流すのと同じような、本当に当たり前のこととして人々は、資源を大切にすることを実行しているのです。スプーンでも、たとえ目の前に使い捨てのスプーンが用意されてても、お客様はかならず、ステンレスのスプーンはありますか?ときいてきます。市場内では、簡単な布袋、日本円にして約2,3百円のものですが、販売されていて、多くの人は布袋に購入した食品などをいれ、何度も洗濯しては、また使うという習慣です。考えてみれば、私も買い物をするたびに、ナイロンの袋はいりますか?と聞かれていました。たいていの人は、自分の買い物袋を持参しているからなんですね。そしてもうひとつ、カナダでは、庶民のレストラン、もしくはどんな高級レストランでも、食べ残した料理は必ず、お持ち帰りにする習慣があります。カナダは、比較的乾燥している土地柄、可能なのかもしれませんが、とても無駄がなく、良いことだと思っています。例をあげれば、きりがありませんが、とにかく、小さな子供たちから大人まで、日常の生活のなかで、環境問題取り組んでいます。これは、決して周りから強制させているのではなく、ごく自然で当たり前のこととして、実行されているのです。同僚たちに注意されたときは、それくらいどうってことないじゃない、と言い返してた自分が、とてもはずかしく、なんだか心が暖かくなりました。

投稿: 中塚 真理 | 2007年3月22日 14:16

 合掌ありがとうございます。親子3代生長の家です。最近は栄える会で学ばせていただいています。
 さて、最近至る所で環境にいいものを扱っていますね。その中でラジオ局の東京FMがすばらしいのです。私も十数年聴いておりますが、そのころからいち早く、局を挙げて自ら環境問題に取り組んでいました。そんなTFMで「風呂敷」が取り上げられていました。Myバックもいいのですが、風呂敷はさらにすばらしく、包む対象の大きさや形状を選びません。また、かばんの底に敷いておけばいざというときにレジャーシートがわりにもなるようです。あとは見た目がですが、心配ご無用です。京都の風呂敷屋さんは色々なバリエーションを揃えているそうで、とてもオシャレなようです。これなら老若男女を問わずにお使いいただけるのではないでしょうか。   再拝

投稿: 青木 | 2007年3月22日 19:36

中塚さん、

 はるばるカナダから、ようこそ!

 バンクーバーの人々の環境意識について報告くださり、ありがとうございます。私は昨夕、渋谷駅地下街にあるスーパーマーケットへ行きましたが、plastic bags はまだまだ使われているようです。もちろん、我々(妻と行きました)は“マイバッグ”持参ですが……。

青木さん、

 風呂敷ですか……それもいいですね。それぞれTPOで使い分ければいいのだと思います。


投稿: 谷口 | 2007年3月23日 11:57

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