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2007年3月31日

日本の環境技術に期待 (2)

 前日の本欄で触れたアメリカ農務省の今年のトウモロコシ作付面積の予想が、今日発表された。『日本経済新聞』の31日付夕刊によると、2007年の予想作付面積は、前年より15%増えて、63年ぶりの広さとなる「9045万4000エーカー」(約36万6千平方km)となった。これは日本の国土面積(約37万8千平方km)にほぼ匹敵し、ドイツ全体の面積(約35万7千平方km)を上回る。昨年に比べて213万エーカー(約4万9千平方km)増加したことになり、増加分だけでも東京都の22倍の広さだ。上記の記事には、この発表を受けて30日のシカゴ穀物市場でトウモロコシの値段はストップ安になったと書いてあるが、今後はトウモロコシへの転作でアメリカでの生産量が減るダイズ、米、綿花などの価格上昇が予想される。
 
 トウモロコシは食用のほか、最近では植物性プラスチックの原料として利用されるようになり、生長の家でも講習会や教区大会での弁当箱などとしてなじみが出てきた。この場合は、植物のもつ「生分解性」(土の中で腐る性質)を生かした使い方であるが、それとは違い、長期に硬度を保つ植物性プラスチックも開発され、自動車部品などで利用されている。この分野で面白いのは、ノートを綴じるのに使われるリング状のワイヤに植物性プラスチックを使った例だ。3月27日の『朝日新聞』夕刊にはそのワイヤの開発苦労話が載っている。開発したのは三菱樹脂で、文具メーカーのアピカが昨年7月に発売した「オフィシャルエコリングノート」にこれが採用されている。
 
 この記事によると、今は文房具の環境志向も進んでいて、ノートの場合、再生紙100%の製品では新味がないため、それに加えて、リングに植物性ワイヤを使用し、印刷にはダイズのインクを使うという“完全植物性”のノートが登場したわけだ。従来のノート用ワイヤは金属製で、使っているとリングの端が衣服に引っかかったり、ノートの左ページを記入する際に右手の平がリングに当たるのが気になるなどの問題があった。植物性プラスチックの採用でこれらの問題がすべて解消するわけではないが、従来型よりも柔軟な性質と感触、そして環境性能とでユーザーを増やそうという戦略だろう。この場合の「環境性能」とは、ノートを使用後に廃棄する際、従来型ではワイヤとリングを分別する必要があるが、植物性リングではその必要がないという点だろうか。
 
 実は私は、社会人になって以来、リング式のノートを使ったことがないから、今回の新製品をすぐ使おうとは思わない。しかし、使っているスケッチブックにはリング式のものが多いから、これに植物性プラスチックが採用されることになれば、使用を考えることになるだろう。その際に重要なのは、リングの強度がどの程度の年数維持されるかという点だ。この「強度」と「生分解性」をうまく調整することは、なかなか難しいかもしれない。

谷口 雅宣

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2007年3月30日

日本の環境技術に期待

 わが国の環境技術の優秀さは誰も認めるところだが、最近もそれを証明する様々な成果が発表されている。本欄ではバイオエタノールの問題を継続的に取り上げているが、今日深刻化しつつあるのは「食料と燃料の競合」の問題だ。例えばアメリカでは、ブッシュ大統領が26日、“ビッグスリー”の首脳をホワイトハウスに呼んで、今後10年でガソリン消費量を20%減らすという大統領の目標に理解を求めたという。(27日『日経』夕刊)メーカー首脳もそれに協力するとして、2012年までにアメリカで生産する自動車の半数をエタノールを含む代替燃料で走る車にする考えを示したそうだ。こういうトップレベルでの環境志向の表明は、日本ではあまり見られない。しかし、この種の動きは、トウモロコシを原料とするアメリカのバイオエタノールの生産動向や、穀物の値段、さらにはそれを生み出す土地の値段にまで波及する。
 
 3月初めにアメリカ農務省が発表したトウモロコシの作付予想面積は、昨年の春に比べて11%増の「8700万エーカー」という過去最大規模だったそうだ。(同上紙)これから計算すると、2007~2008穀物年度(07年9月~08年8月)のトウモロコシ生産量は前年比16%増の122億ブッシェルになるという。このうちエタノール生産に使われる量は32億ブッシェルと予想されるから、食料分は90ブッシェルだ。ところが、前年の生産量は約105億ブッシェルだ。これでは食料分が前年より少なくなるから在庫が減り、値段は上がるだろう。だから実際には、値上がりを見込んだ生産者は農務省の予想を上回る作付けをする可能性が大きく、穀物商社などは最大で「9000万エーカー」の作付けを見込んでいるという。前にも書いたが、トウモロコシの作付けが増えれば当然、ダイズの作付けは減り、ダイズ製品の値上がりへと続く。
 
 今日(30日)の『日経』は、こういう動きと連動した穀物価格の上昇によって、日本国内でも加工用食用油や家畜のエサなどのトウモロコシやダイズ製品の値上がりが拡がっていることを伝えている。製油大手と大口需要家との間の取引では、今年1~3月の価格は昨年10~12月期より7%上がり、4~6月期にも値上げが予想されている。このうちマーガリンやマヨネーズ・メーカー向けの値上げは、昨年7~9月期から3期連続という。家畜用の配合飼料については、値上げの影響を和らげるために畜産農家向けの補填用基金が設けられているが、この適用期間は1年と決まっているため、来年4~6月期からは食肉用の家畜の卸売価格が「10%」程度値上がりする可能性があるという。
 
 甘味料の値上げも始まっている。29日の『日経』は、糖化製品(甘味料)メーカーは1月出荷分の値上げに続いて、4月出荷分の異性化糖などを再値上げすることを決めて、飲料メーカーや製菓メーカーとの交渉を始めたと伝えている。理由は、「トウモロコシが高値で推移しており、コスト高を転嫁する」ためだという。「異性化糖」とは、ブドウ糖に酵素を作用させて果糖に変化させたもので、デンプンから作ることができ、砂糖より安く甘味が強い。清涼飲料水や菓子類に使われている人工甘味料だ。こうして、食物・穀物を原料とするバイオエタノールの生産は、食品全体の値上がりへとつながっていくのである。
 
 だから、こういう動きの中で「食品と競合しない」方法でバイオ燃料を生産する技術が開発されれば、地球全体にとってよい結果をもたらすに違いない。それを日本企業がすでに実現しつつあると知って、私はうれしくなった。28日付の『日経』には、岡山県と三井造船が、ワラや籾殻からバイオエタノールを生産する実証試験を4月から始めることを報じており、今日の同紙には地球環境産業技術研究機構(RITE)と本田技術研究所が木くずや雑草の繊維の全成分を短時間でエタノールに変える技術を開発したとある。この2件の新技術に関しては、本欄は2006年の5月13日6月26日9月15日にも書いているが、今回はその技術が拡大したということだろう。
 
 岡山県と三井造船の実証実験は、同県の北部地域で稲ワラや籾殻、トウモロコシの茎や葉、ソルガムなどのうち生産に最適の作物を調べて、生産効率や採算性を検証するのが目的という。三井造船は、すでに一昨年の6月から、エタノール製造のための実験工場を稼動させていて、岡山県北部の真庭地区から採れるヒノキの木屑を原料として使っていた。今回は、エタノールの原料の範囲を広げて実証実験を行うことになる。籾殻を原料にしたエタノールの生産は、東大生産技術研究所などのグループも手がけている。また、ホンダとRITEは、すでに稲ワラなどからバイオエタノールを製造する基礎技術を開発しているから、今回は木屑や雑草などの植物繊維一般にその技術を広げたことになる。

 ただし、ホンダとRITEの技術には、1つだけ気になる点がある。それは、植物繊維の分解に使うバクテリア「コリネ菌」に遺伝子組み換えが行われていることだ。これにより、これまで選択的だったこの菌による糖の分解をすべての糖に及ぼすことができるため、エタノールの生産効率が従来の2~3倍に向上するという。生産の方法としては、「雑草や木くずなどを集め、そこに含まれる繊維セルロースを酸や酵素で分解して糖をつくり、反応タンクでコリネ菌を混ぜればエタノールができる」と記事には書いてある。遺伝子組み換え菌が自然界に放たれた際の、影響評価を事前に充分に行ってほしいものである。

谷口 雅宣

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2007年3月28日

環境省は“本筋”を通すべし (3)

 2月26日翌27日の本欄で、環境省が策定を進めている環境影響評価(環境アセスメント)の新指針案について書いた。26日の『日本経済新聞』が、環境省はアセスメントの対象に「発電所」を含めない方針と報じたのに対し、翌日の『朝日新聞』は、アセスメントの対象に発電所は入ると書いていた。いずれの報道が正しいか確認するため、環境省の総合環境政策局環境影響評価課に電話で聞いたところ「2月26日の日本経済新聞の記事はこちらの意にそぐわない内容です。(新指針案からは)発電所を外してはいません」という答えだった。私は、これで一応は一件落着し、あとは「実際の指針案の公表を待つほかはない」と思ってそう書いた。ところが、今朝のNHKニュースは以下のように、『日経』の記事の通り「発電所」の特別扱いが決まったと報じたのである。

「大規模な開発事業の計画段階から環境への影響を検討する新たな環境アセスメント制度について、環境省は、27日夜、発電所を対象から外すことを正式に決めました。電力業界からの反対に押し切られたことに、制度が骨抜きになるのではないかという厳しい批判が出ています」
 
 私はこのニュースを聞いて嘆息したのである。その理由は、すでに上記2月26日の本欄にも書いたが、「企業による環境破壊を未然に防ぐ任務のある環境省が、企業活動に過度に同情的であっては“環境省”の名に値しない」からである。もう一つ、私がガッカリしたのは、日本の省庁が政策決定の際に作る「○○検討会」とか「○○研究会」などの本当の性格を見たような気がしたからである。この種の検討会や研究会は、「専門家」や「学識経験者」などという、いかにも中立的で、省庁の立場にこだわらない専門家をメンバーに含んでいるようであっても、そこでの議論がまとまらない場合、結局は省庁の“上から”の方針で政策決定が行われる--そういう“筋書き”の存在が透けて見えたように感じたのだ。上に触れた『日経』と『朝日』の報道の違いは、前者が“筋書き”を知っている人から取材したのに対し、後者はそれを知らない人、あるいは知っていても“公式見解”しかしゃべらない人から取材したのだろう。
 
 NHKのニュースによると、昨夜開かれた検討会では、「環境省が電力業界からの反対を受けて発電所を対象から外す方針を示したため、委員の多くが“導入の直前になって発電所だけを除外するのは納得できない”と反対し、会議は一時紛糾」したという。委員の多くが反対したのに環境省の意向にしたがって結論を出したというのでは、委員会など初めから設けなければよかったのだ。そして「結局、環境省側が発電所を対象外にしたまま座長に一任するとして会議を終えました」とある。こんなズルイやり方があるだろうか? この決定の責任が誰にあるのか、まったく明確でない。ちなみに、環境省のウェッブサイトによると、「座長」とは浅野直人・福岡大学法学部教授である。

 環境省が結論のまとめを急いだのは、「戦略的環境アセスメント(Strategic Environmental Assessment)」という新指針がこの4月から適用されるからだろう。SEAが対象にする大規模開発事業は「13」の分類があるようだが、その細部は不明である。しかし、考えられるものとしては、次のようなものがある--①道路の新設・改築、②ダムや放水路の新築・改築、③鉄道の新築・改良、④飛行場の設置・変更、⑤発電所や送電線の設置・変更、⑥工場の設置・変更、⑦廃棄物最終処分場の設置・変更、⑧埋立・干拓、⑨埠頭の新設、⑩住宅団地の新設、⑪自動車駐車場の設置または変更、⑫卸売市場・流通団地の造成、⑬土地区画整理事業。このうちの⑤だけを“特別扱い”する理由が、一体どこにあるのだろうか。国内の政治的力関係で環境行政が曲げられていくのでは、地球環境問題の解決はとてもおぼつかないと思う。
 
谷口 雅宣

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2007年3月26日

オンライン絵画展

 今年の2月1日6日8日の本欄では、私が絵を描く際の心境や目的について書いた。また、その実践例として「わが町--原宿・青山」というスケッチ画のシリーズを掲載している。そこに掲げた絵はすべてモノクロのスケッチだ。それを見て拍子抜けした読者もいるに違いない。私がこれらの絵に色をつけていない理由は、簡単だ。時間的余裕がないからである。また、色を抜いてしまっても、絵の構図や濃淡の表現で、私が感じた風景のエッセンスは伝えられると思ったからだ。もちろん、それが成功しているものもあれば、そうでないものもある。さらに言えば、私が「成功している」と思った絵でも、それを見て「つまらない」とか「よく分からない」と感じる人もいるに違いない。それはそれでいいと思う。絵や写真はそういう性質のものだからだ。
 
 私はまた、風景スケッチだけをしているわけではない。すでにご存じの読者も多いと思うが、別のサイトには私の別の系統の絵を掲載してもらっている。そのサイトとは、生長の家の関係サイトで、「TK」というハンドルネームの人が運営している「絵てがみ教室 ~アトリエ TK」というブログである。ここで「MT」というイニシャルを使って絵を出しているのが、私である。ここにある私の絵は、日常で出会う当たり前の“小物”--例えば、茶碗、ポット、歯磨きチューブ、時計--を描いたもので、やはりモノトーンだ。その理由は、時間がないというよりは、モノトーンの方が、形や陰影の美しさや面白さがよく伝わると思ったからである。
 
 絵が好きな人で、このサイトへまだ行ったことがない読者は、どうぞ御来訪を。私のもの以外は皆、色つきで美しい作品ぞろいだ。そして、出品者の個性がよく出ているから、「絵」と一口で言っても、その多様性に驚かされる。また、運営者のTK氏の絵とエッセー(画文)もなかなかいい。「絵を描く」ということは、ものを見ることである。そして、「ものを見る」ことは必ず心の動きを伴う。この「心の動き」には、宗教で大切にする「心の持ち方」も含まれる。描く絵には、作者のその時の心の持ち方が正直に表れてしまうから、自分の絵を見ることで「自分の心を知る」ことができる。そういう意味で、絵画や芸術は自己反省の手段、さらには自己向上の手段にもなりえると思う。

 さて話は急に変わるが、ロンドンに絵画などの美術品を展示するサーチ・ギャラリー(The Saatchi Gallery)という画廊があるらしい。チャールズ・サーチという広告界の富豪、美術品収集家の経営になるもので、20年前からあるが、現在、建物は改装中らしい。この画廊は主として現代の芸術家、それも比較的無名の作家を扱い、そういう若い作家たちは、ここで見出されることで一躍有名になることが多いという。ギャラリーには年間60万人以上の見学者があり、その中には千以上の学校から訪れる学生・生徒が含まれるという。このギャラリーが昨年、ウェッブサイトを立ち上げて、絵画や彫刻などの芸術家や学生に自分の作品を自由に登録させることを始めた。インターネットの世界だから、イギリス国内はもちろん、それ以外の世界の国々の“芸術家”やその“卵”が、これによって自分の作品を広く展示することが(少なくとも電子的には)可能となった。

 そのニュースが口コミで広がり、さらに昨年12月には『ニューヨーク・タイムズ』などのメディアが取り上げたことで、一種のブームが生れている。誰でも登録できるというので、中にはワケの分からない芸術もあるようだが、最近はメンバー同士が展示作品を10段階で評価する「ショーダウン(勝負、対決)」という催しなどをして、話題をまいている。私もいくつか色つきの作品を登録しているので、興味のある読者は、トップページの「English」からリンクをたどってご来訪あれ。もちろん、読者自身の絵を登録することもできるから、“世界の舞台”へ挑戦も可能である。
 
谷口 雅宣

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2007年3月25日

地震はどこでも起こりうる

 石川県の能登半島を中心に大きな地震が起こった。「震度6強」という強い揺れで、被害も一部では大きいらしい。余震も続いている中で被害の全貌はまだ分かっていないが、現時点で死者が1人という点で、2004年の新潟県中越地震よりは小規模であると考えられる。被害に遭われた方々の無事と健康を祈るとともに、今後の復旧活動が順調に進むことを念願している。生長の家では、震源地近くには能登道場があるが、今日(25日)時点での松田正道・教化部長の本部への報告では、「能登道場の灯籠が倒れたが、壁に若干ヒビが入った程度で、信徒のケガや家屋の倒壊等は現在のところ報告されていません」とのことで、ひとまず胸をなで下ろしている。
 
 私は中越地震の“現場”を経験したことがあるので、テレビや新聞で報道される現地からの報告に接するたびに、3年前の記憶が蘇ってくる。地震は、何の前触れもなく突然襲ってきて日常生活を寸断する。そして、しばらくの間、将来の予測ができない不安定な状態に人を追いやるものである。しかし、神戸や長岡の人々が見事に立ち直ったように、人間は大勢の協力と支援を通して必ず「不安定」を克服し、「安定」をとりもどすものである。被災者の方々は、ここで気を落とさず、ぜひ踏んばって支援の到着を待っていただきたい。

 今回の震源に近い地域には「輪島市」があるが、ここは私がまだ小学生だった頃に訪れたことがある。もう40年以上前のことだから記憶はほとんど残っていないが、そこから能登半島を東に横断した海岸の町「小木」のことは、何度も行ったのでよく覚えている。「九十九湾(つくもわん)」と呼ばれる風光明媚の土地で、泊まった先の旅館の海岸から泳いで行ける距離に「蓬莱島」という名の小島があり、その周囲をシュノーケルを着けて泳ぎ回り、ウニなどを採ったものだ。
 
 聖経『天使の言葉』の最後に「かく天使(てんのつかい)語り給えば--」で始まる1節がある:

 虚空に蓬莱島の如き理想郷実現し
 島の頂には水晶にて造れる宮殿ありて
 その甍(いらか)も柱も悉く水晶なり。

 私はここを読むたびに、今でも九十九湾の蓬莱島のイメージを思い出す。そういう地上の“理想郷”も地震に襲われることがあるのである。新聞の記事によると、このあたりは「震度6弱」だったという。関係者の皆さんの無事を祈念している。

 地震翌日の『産経新聞』の「主張」で知ったことだが、能登半島は日本で最も地震が起きにくい地域の1つと見なされていたらしい。政府が作成した「地震動予測地図」の最新版では、今後30年以内にここで震度6以上の地震が起こる確率は「0.1%未満」と推定されていたという。一昨年3月に起こった福岡県西方沖地震も“安全地帯”とされていた場所で起こったそうだ。ということは、日本では「地震はどこでも起こりうる」のである。だから、大地震が起こらずに1日が終ることを毎晩感謝すべきなのだ。それとともに、人間以外の“巨大な力”が我々の毎日を支えていることを思い起こして、人間本位の生き方がもたらした様々な弊害について反省したいものである。

谷口 雅宣

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2007年3月24日

代理出産で母子関係は認めず

 今日の新聞各紙は、タレントの向井亜紀さんと元プロレスラーの高田延彦さんがアメリカで代理出産によって得た子どもを、日本の民法上の実子として認めるかどうかの最高裁判決を第1面で伝えている。ご存じのように結果は、向井さんとその子(双子)の間に「母子関係の成立を認めることはできない」という判決である。つまり、日本の法律上の親子関係はないということだ。その最大の理由は、現行の民法の規定では「出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ない」から--換言すれば、向井さんではなく、実際に双子を産んだアメリカの女性をその子たちの母親と認定せざるを得ないからだ。生殖補助医療が法律の想定外の状況を生み出していて、そのために遺伝的には母子であっても、法的にはそれが認められないという事態が発生している。だから、判決文も「立法による速やかな対応が強く望まれる」と国会へ異例の注文を突きつけた。
 
 私はこの問題に関して、昨年10月3日同16日の本欄ですでに「代理出産には反対」という見解を書いている。その理由もその時書いているので、詳しくはそちらを参照してほしい。が、ごく簡単にまとめると、この方法は自分の幸福追求のために他人を手段として利用するから、倫理的に好ましくないのである。この「他人」とは、①生れてくる子、に加えて、②代理母となる人間、の最低2人はいる。上記の例では、生れたのは双子だから3人が利用されたことになる。さらに、夫以外の精子提供者がいれば、その数はもう1人増えるだろう。また、アメリカでの代理出産はすべての州で許されているわけではないし、多くの国では禁止されている。さらに言えば、向井さんはアメリカの斡旋業者を利用していて、そこでの依頼人の負担は平均1500万円だという。
 
『朝日新聞』(24日付)によると、日本人夫婦がアメリカで代理出産を依頼する場合は、子が誕生したあとアメリカで依頼人夫婦を親とする出生証明書を得てから帰国する例がほとんどという。この場合、代理出産であることを告げずに日本で実子としての届出をすれば、役所には知られずに実子登録が行われる。そういう子がすでに「少なくとも100人を超える」ほどいるという。向井さん夫婦の場合は、出生地のネバダ州で出生証明書をもらっていたが、事前に代理出産を公表していたため、東京・品川区での出生届が不受理となったのだ。ただ、同夫妻には、特別養子制度を利用する道があり、それが認められれば、子どもの戸籍には実の親子と同様に父母欄には氏名がきちんと記載されることになる。私は、その方法を採れば、同夫妻にも2人の子どもにも現段階で不都合なことはないと思うのだ。

 ところで、代理出産についての専門家の見解は、かなりまとまっていることを指摘しておこう。日本産科婦人科学会は、第三者に多大な危険と負担をかけ、生れてくる子の福祉にも反するとしてこれを禁止している。厚生労働省の部会は平成15年4月、法制化に当たっては罰則付きでこれを禁止する方針を決定ずみだ。また、日本弁護士連合会も今年1月、「生れてくる子供の福祉や“人間の尊厳”自体を侵害する危険性が高い」として代理出産を禁止する法律の整備を求めている。(24日付『産経』)だから、最高裁が注文した「立法による速やかな対応」までの距離は、それほど遠くないと思うのだ。日本学術会議での審議は、今年1月からすでに始まっており「約1年」で結論をまとめる予定という。この問題は生殖医療に止まらず、再生医療や遺伝子治療、ガン治療などとも、「ES細胞」や「クローニング」などの技術を通して互いに密接に関連している。私は、本件を1つの“突破口”にして、わが国の生命倫理の原則を確立することはできないものか、と思う。
 
谷口 雅宣

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2007年3月23日

バイオエタノールの悩ましさ

 私は全く知らなかったが、読者は日本がバイオエタノールの“先進国”だったのをご存じだろうか。『朝日新聞』の編集委員、竹内敬二さんが20日の夕刊のコラムに書いているところによると、日本は戦時中の1945年ごろには石油が底をつき始めたため、サツマイモの大増産を行ってアルコールを生産し、それによって戦闘機を飛ばしていたそうだ。そして、終戦になると、その大量のサツマイモは食糧に回されたという。だから、わが国にはバイオエタノールの生産技術はあるし、材料もあるのである。そして、バイオエタノールに内在する問題も経験している。それは、すなわち「食糧と燃料の競合」の問題だ。

 このことは、本欄ではすでに何回も(最近では1月6日昨年11月6日)書いてきたから、読者は理論的には理解していただいているだろう。しかし、実際に我々の食卓に影響が及んぶようになるのは、これからである。まず、トウモロコシの値上がりだ。これは世界最大の生産国アメリカで、トウモロコシがエタノールの原料としてどんどん売れていることによる。アメリカの農民は、エタノール需要を見越して今年のトウモロコシの作付け面積を増やしている。だから値段は上がらないはずだが、実際には上がっている。これは、いわゆる“投機”と“供給不安”による。22日の『日本経済新聞』夕刊は「東京のトウモロコシが高い。前日のシカゴ相場が上昇した流れを受け、買いが広がった。エタノールなどの需要増加見通しも引き続き材料視されている」と書いている。
 
 これに連動して、ダイズの値段も上がるようだ。というのは、アメリカの農民は自分の土地にトウモロコシを植えれば、ダイズは植えられないからだ。すると、ダイズの供給が減って値段が上がる。トウモロコシとダイズの値段が上がれば、それを材料として作られる製品の値上がりにつながる。また、「肉類」も値上がりすることを覚悟しておいた方がいい。なぜなら現在、食肉用に育てられる家畜や養殖魚には、トウモロコシやダイズなどを使った穀物飼料が与えられているからだ。ということは、牛乳や乳製品にも値上げ圧力が働くことになる。こうして、食品全体の値上がりが始まる。これは、大方の日本人にとっては「仕方がない」ですむことだろう。しかし、1日1~2ドルの収入しかない世界中の何十億人の貧困層の人々にとっては、致命的な問題になるのである。
 
 そういう動きに警鐘を鳴らしたニュースレターが、3月21日付でアースポリシー研究所(レスター・ブラウン所長)から発行された。題は「アメリカ産穀物の自動車燃料への大量転換が世界の食費を押し上げている」(Massive Diversion of U.S. Grain to Fuel Cars is Raising World Food Prices)だ。食費の値上がりはすでに始まっている、というのだ。それによると、トウモロコシの値段は昨年2倍になり、小麦の先物は現在、10年来の高値で取引されている。そして、ダイズの先物も50%上がり、コメも値上がりしているという。

 エタノール生産によって最初に影響を受けるのは、トウモロコシを主食にする20余の国々だ。メキシコではすでにトルティーアの値段が6割も上がり、怒った国民が7万5千人の抗議デモを行って政府に価格統制を迫った。中国、インド、アメリカでも食品の値上がりが始まっているらしい。これらの国では直接トウモロコシを食べることは少ないが、その代わり、食肉、牛乳、鶏卵などの値上がりが起こっている。この1月、中国では1年前に比べてブタ肉が20%、卵は16%、牛肉が6%値上がりした。アメリカ農務省は、鶏肉の卸売り価格は前年より10%、タマゴ1ダースが21%、牛乳は14%値上がりするとの予測を出した。

 2006年にアメリカで収獲された穀物の16%は、エタノールの生産に使われたという。そして、アメリカ国内では現在、約80のエタノール蒸留所が建設中だから、完成後にはその生産能力は倍増し、2008収獲年度のアメリカ産穀物の3分の1近くは、エタノール生産に回される可能性があるという。そうなればアメリカの穀物輸出量は減り、穀物の国際価格は上昇せざるを得ない。こうなると、世界の8億人の自動車所有者と20億人の極貧層の人々との間で、穀物の取り合いが起こることになる。どちらが勝つかは容易に想像できるだろう。ニュースレターはさらに続けてこう言う--今年の2月、世界食糧プログラムの所長、ジェームズ・モリス氏(James T. Morris)は、世界では毎日、1万8千人の子どもが飢餓と栄養失調のため亡くなっていると報告した。この数は、過去4年のイラク戦争におけるアメリカ軍の1日平均戦死者数の6倍に該当するという。

 ところで、22日の『日経』によると、三井物産はこのほどブラジル国営石油会社のペトロブラスと共同で、自動車用バイオエタノールの生産と輸出に乗り出すことを決めたという。2011年までに年間350万klを生産する計画で、そこから日本向けエタノールを輸出するらしい。日本ではガソリンへのエタノールの混合率を10%にした場合、年間600万klが必要になるとされるが、その半分以上をまかなえる量になる。ブラジル産エタノールはサトウキビが原料だが、それを育てるために広大な畑が必要な点はトウモロコシと変わらない。我々はブラジルの土地を使って、自動車用燃料を生産するのだ。ブラジルの最下層の人々から食糧を奪わないのか? あるいは、森林伐採を促進することにならないのか? なかなか悩ましい問題である。
 
谷口 雅宣

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2007年3月21日

“終り”は“始まり”である

 春分の日の今日は、午前10時から東京・原宿の生長の家本部会館で「布教功労物故者追悼春季慰霊祭」が行われ、私は斎主として務めさせていただいた。以下は、祭祀ののちに私が述べた挨拶の概略である。
 
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 本日は春のお彼岸のお祭に大勢お集まりくださり、誠にありがとうございます。

 先ほど祝詞の中でも申し上げましたが、本日は生長の家の人類光明化運動に挺身・致心・献資の誠を捧げてくだり、霊界へ逝かれた私たちの運動の先輩の方々に対して、生前の功績を讃えお礼を申し上げると共に、今後の霊界でのご活躍と幸福とを祈念するお祭でした。招霊に際して読み上げられる数々のお名前の中には、私が個人的に知っていたり、お世話になった方もいらっしゃり、「あぁ、あの方もあの人も、肉体のお姿はもう見られないのだなぁ」との感慨をもちました。皆さま方もそれぞれに、きっと同じような感慨をもたれたことと思います。
 
「人間の生命は不死である」というのが生長の家の重要な教えの1つであります。この場合の不死というのは、肉体のことではなく、通常“魂”とか“霊魂”と呼んでいる肉体を動かしている見えない“力”のようなもを指しています。「帰幽の神示」には、「汝の肉体は汝の念弦の弾奏する曲譜である」とあります。また、「生命はその念弦の弾ずる曲譜にしたがって肉体を現すのである」とあります。ここでは、私たちの人生は、それぞれ独特のメロディーとリズムをもった音楽に喩えられているのです。先ほども聖歌隊の皆さんに『久遠いのちの歌』を合唱していただきましたが、あのように長い曲もあれば、もっと短い曲もある。例えば、『光』とか『声』という聖歌は、五七五七七の短歌から作られた曲ですから、演奏時間はとても短いです。

 しかし、そういう演奏時間の長短によって音楽の価値が決まるわけではない。それと同じように、人は長生きしたか短命だったかで、その人生の価値は必ずしも決まらないと言えます。「帰幽の神示」では、そのことを「地上の生活は汝の初歩の1曲である。速やかにこれを終るものは、初歩の教本を速やかに終えたものである」と表現しています。しかし、だからと言って、長寿の人は教本を終えるのが遅いノロマだという意味ではありません。

 音楽には「重奏」という形式があります。先ほど聴いた合唱では、ソプラノ、アルト、テノール、バス……というように、いろいろの高さの音が重なることで、荘重なハーモニーが生れます。これは、私たちが独身で送っていた人生に恋人ができ、やがて結婚して子どもが生まれ、家族が増え、あるいは社会の中で多くの人々と共に生きることと似ています。その中でハーモニーが生じれば、その曲に参加しているすべての人々が生かされ、美が生れます。しかし、独奏とか独唱というのも立派な音楽です。それによってしか表現できない曲想もあります。だから、すべての人の人生には価値があると言える。ただし、音楽と同じように、人生で重要なのはハーモニーですね。「音」が外れてしまっては、独奏でも、重奏でも、オーケストラの演奏でも、それは失敗といえるでしょう。だから、人生でも「調和」というのがとても大切になります。
 
 私はいつも、この春の初めの季節に慰霊祭がもてることは、とてもよい廻り合わせだと感じます。この時季には植物の新芽が出、花が咲きます。ちょうど昨日、東京地方は日本で一番先にソメイヨシノが開いたと発表されました。しかし、東北の青森当たりでは、サクラの開花は4月20日ごろだと言っていました。つまり、この時季は、何もない冬の寒い記憶がしっかり残っていながら、新たな生命の誕生と成長の期待を同時にもつことができるのです。これは、私たちがご先祖や知人の慰霊をしながら、人間の「死」あるいは「不死」について考えるのに最良の時季ではないでしょうか。なぜなら、人間はこの自然界の生命と同じように、一見“死”と見えるような消滅の時期を経過したあとに、新たに“生”を迎えるからです。人間は生れ変わるからです。別の言い方をすれば、“終り”とは新たな“始まり”であるということです。

 この3月の初めに『日々の祈り』という本を出させていただきましたが、その中から「“終り”は“始まり”であることを知る祈り」の一部を紹介します。この祈りでは、神の子である人間は神の無限性を包蔵していることを確認したあとで、次のように続きます--
 
 (「“終り”は“始まり”であることを知る祈り」--『日々の祈り』pp.178-179--を朗読)
 
 このように私たちは、一見有限の中にいながら無限を表現している生命である--これが「人間の生命は不死である」という意味です。今日、祭祀させていただいた御霊は、有限な肉体を使った表現を終えられて、次なる表現活動に向われているわけです。私たちとは違う世界へ行かれたとしても、同じ神の子として、同じ表現者として、またいずれ袖が触れ合うこともあるのです。そんな時、「しっかりやってるねぇ!」と互いに肩を叩き合えるように、私たちも益々、この御教えを生き、そして他の人々にもどんどんお伝えして、神の子の本性を表現する人類光明化・国際平和信仰運動を力強く推進してまいりましょう。
 
 今日の慰霊祭に際して、所感を申し上げました。ご静聴、ありがとうございました。
 
谷口 雅宣

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2007年3月20日

マイ箸運動に、企業が参加

Chopsticks_1  昨年10月5日の本欄で「モバイル箸」というのを手に入れたことを書いたが、その後、外食や旅行などで大いに利用している。「モバイル箸」というのはメーカーが作った呼称で、私はこれを「ポケット箸」とか「分解式箸」と呼ぶべきだと思う。今日は妻が、この箸用に布製の袋(=写真)を作ってくれた。大きさを普通の箸(写真下)と比べてほしい。箸の真ん中からネジで外して2つに分解できるようになっているから、ワイシャツの胸ポケットにも楽々と収まり、持ち運びの便はすこぶる良い。あまり良すぎて、レストランに置き忘れたこともあった。世の中では「マイ箸」と呼ぶ人もいるが、その場合は、別に分解できなくても「自分専用」であればいいようだ。私たちは当初、人目を気にして使っていたが、最近では意外にも“尊敬の眼差し”を感じる場合も少なくなく、しだいに堂々と使うようになった。

 この「マイ箸」を、コンビニエンス・ストアーが扱う決定をしたという。大いに歓迎したい。17日付の『日本経済新聞』によると、コンビニチェーンのミニストップは全国に約1800店あるチェーン店で箸と箸袋をセットにした「どこでもマイ箸セット」を480円で売り出したという。これに対し大手のローソンは、4月からマイ箸の携帯を促す運動を開始するとか。20日の『産経新聞』によると、このキャンペーンは、会員カードの利用者が一定のポイントをためた際にマイ箸を提供する方式で、将来的には店頭販売も考えるという。いずれのチェーンも、箸の素材にこだわっているようだ。ミニストップは三重県産の尾鷲のヒノキ材に布製の袋を付ける一方、ローソンは高級野球バットの原料であるアオダモを使う。後者の場合、バットに不適格として廃棄されていた材を利用するというから、よく考えてある。ローソンでは、年間5億膳の割り箸が消費されるそうだが、このポイント制への組み入れで20%削減を狙うという。
 
 昨年6月19日の本欄に書いたが、割り箸は国内で年間約250億膳が消費されていて、そのほとんどが中国からの輸入だった。ところが、一昨年12月に中国産の割り箸が3割値上げされ、昨年はさらに2割の値上げとなった。日本での大口需要は、コンビニチェーン、持ち帰り弁当チェーン、牛丼チェーンなどだから、今回のコンビニ2社の動きは、割り箸の有料化、ないしは廃止の動きにつながるかもしれない。ミニストップは、すでに昨秋から国産割り箸を1膳5円で販売しているし、一部のファミリーレストラン・チェーンでは樹脂製の箸への切り替えを進めているという。これは国産材の利用の増大だから、日本の林業の活性化にもつながると私は期待している。

「使い捨て」や「無料」の文化は、「すべてのものに神が宿る」とする神道の精神に反するし、とりわけ今日の地球温暖化時代にはふさわしくない。私の家は東京のファッション街のど真ん中にあるが時々、立派な紙箱や手の切れそうな包装紙が門前の路地に棄てられている。服や帽子や靴などを買った人が、かさばる梱包材を外して商品だけを持ち帰るのだ。こんなとき、どうしたらいいのかホトホト困るのである。そのままゴミ箱へ棄てるのは簡単だが、「もったいない」という思いが湧き出てきて、何かに再利用するために収容したくなる。が、それも結局、年末の整理の際に廃棄されるに違いない。だから私は、割り箸の有料化に加えて、レジ袋の有料化や過剰包装の廃止がさらに進むことを願っている。

谷口 雅宣

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2007年3月19日

太陽光発電の導入盛ん (2)

 18日に行われた香川県での生長の家講習会で、1つうれしい発表をすることができた。それは、生長の家が一丸となって推進している太陽光発電装置導入の運動で、今年度(平成18年度)の導入実績の数字がまとまり、その結果、これまで過去最高だった平成17年度を上回る589kWが達成されたことだった。前回の東京での講習会では、前年との差がまだ49kWあったので、私自身講話の中で「3月末までの運動でこれを超えられるかどうか分かりません」と言ったのを記憶しているが、その矢先の記録達成には少し驚いた。関係者の皆さんのご努力、ご支援に心から感謝申し上げます。

 この急速な増加の理由は、教化部や道場などの「法人」分での予想外の“追加導入”があったためである。年度当初、今年の法人の導入分は、教化部では茨城(10kW)、神奈川(77kW)、静岡(10kW)、岡山(20kW)、香川(20kW)、佐賀(15kW)、群馬(19kW)の7カ所、道場では静岡県の伊豆長岡道場(12kW)、愛知県の豊橋道場(10kW)、同じく三河道場(10kW)の3カ所で、合計10カ所が予定されていた。しかしその後、運動がさらに盛り上がりを見せ、栃木県と山梨県の教化部への導入(計21kW)が決まり、さらに兵庫・龍宮道場(10kW)、そして生長の家本部の職員寮である東京・府中市の瑞光寮にも20kWの装置設置が決まり、それぞれが今月末までに発電を開始することになったのである。その結果、法人分の導入は過去最高の254kWの容量を達成することができた。(グラフを参照)

Solarpwrs64  この法人分の発電容量に加え、個人分でも順調に導入が進み、今年度は昨日までに77人の相・白の会員さん宅などに設置された装置の発電容量は335.41kWに達した。前年度の個人分の導入実績は114人が計436kWだったから、それには及ばなかったものの、平成15年(71人、265kW)、同16年(81人、320kW)を上回る過去2番目の実績である。注目していただきたいのは、平成14年以降、一貫して個人分が法人分を上回っていることである。この運動が個人レベルにまで確実に浸透していることを示しており、勇気づけられる。平成15年に4.6kWの装置を導入した和歌山県上富田町の白鳩会員Aさんは、本部への報告書に「農家で稲作りが多く、乾燥機、倉庫等で電力を多く使うので、自然の太陽光発電に少しでも助けてほしいことと、地球環境のために考えて設置しました」と書いている。また、今年1月半ばに東京・世田谷区の自宅に3kWのシステムを設置した白鳩会員Sさんは、「以前に練成会で、太陽光パネルを設置した人のお話を聞き、同居している母にも危なくなく、地球にもやさしい環境づくりに協力したい気持になりました」と導入の動機を書いている。

 さて、本欄では昨年の10月30日付で今回と同じ題の文章を掲載した。単行本では、それを後に若干補足した文章が『小閑雑感 Part 5』の最後の方(p. 282)に載っている。それを読むと、昨年3月末時点での生長の家関連の太陽光発電装置の発電容量の合計は「2,020kW」である。今回の合計ではそれが「2,959.45kW」にまで上がっている。約3,000kWだ。これだけの太陽光発電装置が、どれだけの効果をもたらすかを数字で表すと--石油に換算すると、1日当たり1,975リットルが節約され、1年間では721klだ。これだけの石油が消費されなくなると、それに応じて二酸化炭素の排出量が1日当たり5.36トン削減される。これは年間では1,956トンの排出削減となり、スギの木にすると約14万本が吸収する二酸化炭素の量だ。つまり、それだけのスギの木を伐採しなかったのと同等の効果を及ぼすわけだ。木の本数でなく、森林面積に換算すると約548ヘクタールの森林がこれで護られたことになる。この広さは、東京ディズニーランドの約11倍、東京ドームのグラウンド面積の約422倍である。

 どうだろう。過去7年間の我々の活動が、地球環境保全に少しは役立っているとの実感を持っていただけただろうか? もちろん、これだけで環境保全が足りるわけではない。あと5年に迫った京都議定書の目標達成に必要な二酸化炭素の削減量と比べると、我々の削減量は「8万2千分の1」である。つまり、単純に考えれば、我々と同等の活動をしている団体が日本国内に8万2千なければ、目標達成には至らないのだ。さらに前進あるのみである。
 
谷口 雅宣

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2007年3月17日

空の環境保全をどうする?

 丸亀市など香川県下4会場で行われる生長の家講習会のために、四国・高松へ飛んだ。前回の本欄で、ムダの多い消費生活の“甘い夢”から醒めて、地球温暖化の現実をしっかり見るべきだと書いたこともあり、航空機を使った旅が地球環境にどれほど悪影響を及ぼすのか気になっていた。だから、家にあった科学誌『New Scientist』の2月24日号の表紙に「GREEN SKIES THINKING」と書かれているのを見て、急いでその雑誌を鞄に入れ、車に乗った。特集記事の題が大書されていたのだ。その意味は「空の環境保全を考えて」というほどのことだろうか。その言葉の下に、副題が「Eight radical ways to a cleaner flying future」とある。「未来のクリーンな飛行のための8つの抜本的対策」ということか。機上で読むにはおあつらえ向きだった。

 この記事によると現在、世界の空を飛んでいる飛行機のジェット・エンジンは、1960年代と比べて40%ほども燃費がよく、煤や硫黄分などの汚染物質をほとんど出さないものに変わっているという。そして、さらに排気ガスに含まれる二酸化炭素(CO2)の量を半減し、窒素酸化物を80%減らす努力が続けられているらしい。とは言っても、中進諸国の経済発展などで航空業界の拡大は目覚しく、今後もその勢いは増すと予想されている。現在、世界中で毎日8万5千便もの商業飛行が行われており、2050年にはこの便数は倍増するという。

 このようにして毎年、世界で消費されるジェット燃料は、1億3千万トンにもなる。大西洋をジェット機で1回渡ると約6万リットルのジェット燃料が消費されるが、この量は、平均的ドライバーが消費するガソリンに換算すると、実に50年分以上になるという。この間、140トンのCO2と、750kgの窒素酸化物が大気中に排出されるだけでなく、1万メートル上空を飛行する際には、空中に排出された窒素酸化物は温室効果ガスの1つであるオゾンに変換されるという。さらに、排気ガス中の水蒸気は飛行機雲を形成するが、これが元になって絹雲が生じやすくなる。この雲は、地球上の熱を逃がさない効果--つまり、温室効果があるらしい。

 こうしてジェット機による飛行は、地球温暖化の主要な原因の1つになっている。この悪影響を減らすために考えられる方法は、①課税などで業界の拡大速度を抑制する、②植物性燃料に切り替える、③排出量を植林などで相殺する、④飛行中や空港での燃料のムダ遣いを減らす、⑤航空機のデザインを変更する、などがある。それぞれにメリットとデメリットがあるようだが、④の中にはすぐにでも実行可能と思われるものがある。

 それは、飛行機がゲートを離れて滑走路に向うまでの“タクシーイング”の間、エンジンを回転させて進むのをやめることだ。これによって、渋滞時などには大量の燃料がムダに消費される。この区間はジェットエンジンを動かす必要はないのだから、牽引車を使うなどの方法に変更することは可能と思う。また、⑤については、同誌には驚くべきことが書いてあった。それは、現在の航空機のデザインは、基本的には1950年代のものと同一だというのだ。では、よい改善策がないのかというとそうではなく、航空機業界が寡占状態であるため、コストがかかるデザイン上の変更を避ける傾向があるらしい。つまり、“もうけ優先”の航空機業界の体質にも原因があるのだ。その証拠に、“もうけ”以上に重要な基準がある軍用機の分野では、ステルス戦闘機やB-2爆撃機に見られるように、主翼と尾翼の区別がない三角形のデザインの機体がある。このデザインの方が燃費もよく、騒音も少ないことがよく分かっているらしい。

 そう言えば最近、自動車メーカーのホンダが小型ジェット機を売り出して、アメリカで人気を博しているという記事を読んだ。これまでにない斬新なデザインのおかげで、同クラスの他社機より燃費が格段にいいという。日本の技術や独創性が世界に役立つ分野は、ここにもあると知って嬉しくなった。いま燃費がセールスポイントになるのは自動車と同じで、石油の値段が高騰しているからだ。考えてみれば、炭素税や航空税の実施や値上げは、航空燃料の値上げと似た効果--つまり、消費者が支払う航空運賃が上がるか、航空会社の利幅を減らすことになる。いずれの場合も、燃費のいいエンジンや機体を開発しなければ利益が減る恐れがあるから、メーカー側の技術開発が促進される。そういう意味で、私は上記の対策の中の①も、十分現実味のある選択肢だと考える。
 
谷口 雅宣

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2007年3月16日

IPCC4の予測の詳細は?

 2月初め、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第1作業部会」の第4次評価報告書(IPCC4)の「まとめ」の部分が発表され、本欄では2月4日にそのことを書いた。この報告書は、世界の気象学者の6年間の研究をもとに3年をかけて書かれ、今回の発表までには1000人以上の科学者が関係しているという。2月20日の本欄で述べたように、この“詳細版”は「1章だけで150ページあり、11章からなる相当大部のもの」で、4月初めにベルギーのブリュッセルで発表される。その内容の一部をメディアが報道しだした。内容が予想外に深刻だからだろう。
 
 12日付の『ヘラルド・トリビューン』紙は、「気象学者らは深刻な未来を詳述」(Climate scientists detail a grim future)という見出しのAP通信の記事を掲載し、次のような未来を描いている--
 
 今後20年以内に何百万人もの人々が水不足に陥ると同時に、他の何千万人もが毎年、洪水のために住居を失う。マラリアなどの熱帯性の伝染病が拡大する。ホッキョクグマは動物園以外にはほとんどいなくなり、ハリアリなどの熱帯性の害虫が生息地を広げる。世界の食糧生産は温暖化にともなって一時的に増えるが、2080年までには何億人もが飢餓に陥る可能性がある。科学者の間できわめて確かだと思われるのは、温暖化の進行によって生物の性質と生息地が変化すること、海水の酸化がさらに進行すること、湿地や湿原が失われること、サンゴ礁の白化、アレルギーを起こす花粉の飛散拡大など。そして、これらの影響により最も深刻な被害を受けるのは貧困層の人々だという。

 これらの被害を具体的に表すと--

○現在は水不足になっていない何億人ものアフリカ人と何千万人ものラテン・アメリカの人々が、20年以内に水不足に陥る。アジアでは、2050年までに10億人が水不足に陥り、2080年までには、世界の11億から32億人もが水不足に悩む。
 
○2030年までには、温暖化に関係する病気--栄養失調、下痢などによる死亡率が増大する。マラリアやデング熱、あるいは汚染された貝などによる食中毒が増加する。ヨーロッパの小規模な氷河は消滅し、大きな氷河も2050年までには劇的に縮小する。そして2100年までには、ヨーロッパの植物種の半数は存続が危うくなるか、絶滅する。

○これらの変化が総合的に働いて、2080年までには2億~6億人が十分な食糧を得られなくなる。2080年までには、海面上昇がさらに進んで、年間に1億人が洪水の被害にあう。アメリカの都市でのスモッグが悪化し、2050年代の半ばには、大気中のオゾンに関係する病気による死者は、1990年代のレベルから4.5%増える。

 世界中の気象学者がこういう問題に真剣に取り組み、それに呼応してヨーロッパの政治家も次世代の被害者の数を減らそうと対策を練っているのに、日本の政治家は何を考えているのだろうか。今日(16日)の『産経新聞』には、都知事選に出馬する4人の主要候補者が、公開討論会をやった様子を伝えているが、“五輪招致”を推進しようという現職の石原慎太郎氏の言は--
 
「人間や社会も国家も夢がないと生きてゆけない。夢のあることをやろう。招致で交通渋滞解消などインフラ整備の引き金にもなる」「日本の価値観を示すのは世界平和に必要。日本人が大きな夢を持てば新しいエネルギーが出てくる。それで日本の存在感が発揚される」

 ピント外れの視点だと思う。「五輪の夢に陶酔することが日本の生きていく道だ」というのでは困る。政治家の役割は、国民に夢を見させることではない。地球環境の深刻さは、“国威発揚”や“日本の価値観”などより一回り大きな課題であることを忘れてはいけない。「夢を見せる」ことは現状に目をつぶることであり、次世代への責任回避につながる。むしろ「現状の生き方では将来はない」という事実を告げ、甘い「夢から醒ます」ことによって、国民は初めて真剣に人類的課題に取り組むことができるのではないか。
 
谷口 雅宣
 

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2007年3月14日

イギリスの“本気”に見習おう

 今朝放映されたBBCのテレビニュースは、イギリス政府が地球温暖化防止のためにCO2の排出を6割減らすための法案を発表したことを大きく取り上げていた。私は一瞬、耳を疑ったのだが、この6割とは「現在のレベル」を基準としているのではなく「1990年のレベルから60%」という意味なのである。ただし、期限は「2050年までに」と40年以上先が目標だ。今日(14日)の『日本経済新聞』によると、EUは9日の首脳会議で2020年までの目標を「20%削減」と決定したばかりだが、今回の目標ではイギリスは同期間に「26~32%の削減」を決定したことになる。この法案は今後、内容の細部を詰めて秋の英議会に提出されるという。

 昨年秋の『スターン報告書』以降、イギリスの“環境志向”には驚くべきものがある。映画『不都合な真実』でアカデミー賞を取ったアル・ゴア氏(Al Gore)は現在、イギリス政府のアドバイザーになっているというが、それだけが理由ではあるまい。イラク戦争で不評を買った汚名挽回策として“環境”を旗印にすることを決めたのか、あるいは本当に地球環境の現状に危機感を覚えているのか、部外者の私には判断がつかない。多分、両方の理由からだろう。イギリスは現在、労働党政権だから「リベラル=環境志向」と考えるのも単純すぎるようだ。なぜなら、この国では“経済界寄り”と思われる野党の保守党でさえ、環境問題への取り組みに関しては労働党の“上”をいくような主張をしている側面もあるからだ。

 例えば、12日のBBCニュースは、与野党の温暖化防止策の違いを次のように比較している。
 
 労働党の提案:①2050年までにCO2の排出を60%削減
        ②炭素排出量の全国的な上限設定
        ③新築家屋を10年以内に“炭素ゼロ”化

 保守党の提案:①航空機の高頻度利用者への高率課税
        ②航空燃料への課税、または国内線利用時の付加価値税
        ③炭素排出量に応じた航空税
        ④年ごとのCO2排出量に上限目標を設定

 上記の対比で私が驚くのは、保守党の提案が「航空機の利用」に焦点を当てていることだ。航空機の利用は、上流階級や資産家の方が中流以下の人々より多いのは明らかだ。そういう人々の支持を受けてきた保守党が、ここでは支持基盤の不利になるような政策を提げているように見えるからだ。約40万人のイギリス人は海外に別荘やコンドミニアムをもっていて、休暇のたびに航空機を使ってその地との往復をするという。その場合、主として低価格路線を利用していたのが、これでは難しくなるだろう。イギリスでは“ブレア後”を目指した国政選挙が2009年に予想されていて、その前哨戦がもう始まっている。そこでの最大の争点は、気候変動への対応策のようだ。この点、与党も野党も環境対策についてほとんど何も言わない日本の事情とは、ずいぶん違う。

 ところで、現状より6割以上も炭素排出量を減らすことなど、本当にできるのだろうか? 今回の英政府の法案で示されているのは、上記のほか、家庭やオフィスの照明の省エネ化、家屋の断熱の強化、家電製品の待機電力使用の廃止、炭素の排出権取引の実施などで、あまり目新しいものではないようだが、それらを「法律によって義務づける」という意気込みは大いに称賛したい。日本のように「自主的にやればいい」という考え方では、炭素社会から水素社会への“文明の転換”は起こるはずがないと思う。

谷口 雅宣

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2007年3月13日

地球温暖化と臨海部の土地

 3月初め、有楽町の東京国際フォーラムで生長の家講習会があったとき、体験談を発表してくださったスチュワート・ベーカーさん(Stuart Baker)から最近、メールをもらった。というより、私のメールのアドレスが分からないというので、本欄にコメントする形で感想を寄せてくださったのである。その中に「私は貴方が、将来海面上昇のために東京の土地の値段が下がることを予告したときには、少し不安になりました」という件があった。また彼は、アル・ゴア氏の映画『不都合な真実』を見たときにも同じように心配した、とも書いてあった。私は、自分の講話の細部をよく覚えていなかったので、その時の録画を確認してみた。すると3月4日の午後の講話の中で、私は本当に“予言”のようなことを言っていたのである。

 私はその日、受講者からの質問に答えて半時間ほど話した後、2月4日の本欄でも書いたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次評価報告書の内容を紹介した。さらに、同月20日の本欄に書いたように、その報告書の内容は実は“保守的”であり、気象学者の中にはもっと急激な温暖化と海面上昇の危険を指摘する人もいることに触れた。そして、実際の海面上昇は「10年から20年先のことでしょうが……」と前置きをしてから、「今は東京でも臨海の埋立地がずいぶん人気があるようですが、そのうちに値段が下がってくると思いますよ、石原さんには申しわけないけれど……」と言ったのである。

 この「石原さん」とは、もちろん選挙が間近に迫っている石原慎太郎・東京都知事のことである。また「申しわけない」と言ったのは、同氏が臨海部の埋立地を中心とした2度目の“東京オリンピック構想”を選挙の旗印にするつもりらしいからである。そんな大規模な建設活動によって大気中の二酸化炭素をさらに増やし、立派な競技場や高層ビル群を造ったとしても、地球温暖化が進行すれば、海面上昇が起こることを誰も阻止することはできない。結局、同氏は現代版の“バベルの塔”の建設に走った政治家として名を残す……そこまではハッキリ言わなかったが、いいたい気持はあった。石原氏だけでなく、現在の日本の多くの政治家は、どうも見る方向、進むべき方向を誤っているような気がするのである。
 
 上記のアル・ゴア氏の映画には書籍版があり、日本でもベストセラーになっていることは7日の本欄に書いた。その本には、温暖化の進行で海面が5~6m上昇した際のニューヨーク市のマンハッタン地区のシミュレーションが、上空からのカラー写真として掲載されている。そして、そのページには「世界貿易センター・メモリアルは海の中だ」と書いてある。これを見ると、あと10年もすれば、海面上昇で世界の海辺の大都市は壊滅的打撃を受けるかのような印象を受ける。しかし、ゴア氏は「何年後」という話ではなく「グリーンランドの氷がすべて融ければ」という条件下で語っているのだ。それが現実にいつ来るかは、科学者の間でも見解はまちまちである。専門的な議論に興味のある方は、このサイト(ただし英語)を参照されたい。

 ところで、東京湾の臨海部の土地は、本当に危ないのか? これについては、短期的には大丈夫だろうが、長期的な保証はないと言うほかはない。では「短期」とは何年ぐらいか? 私は上記で「10~20年」などと語ったが、これにはあまり根拠がない。強いて言えば、科学者の間の“悲観的予測”がすべて当たった場合だろう。しかし、ニューヨーク市では、万一のことを考慮した都市計画の検討がすでに始まっているようだ。3月12日の『ヘラルド・トリビューン』紙が伝えている。
 
 それによると、コロンビア大学の気象システム研究センター(the Center for Climate Systems Research)の推計では、2030年までに海面は13cm上昇、2050年までには20cm上がるとし、数あるモデルのうち悲観的なものは、2030年から2080年までに40cmほどの海面上昇を予測するものもあるという。しかし、この程度の海面上昇ではニューヨーク市が壊滅的被害を受けることはないそうだ。それよりも現実的な問題は、温暖化にともなって起こる気象の悪化と、ジワジワと海面が上昇することによる風水害の増加だという。そして、人々の温暖化への意識がしだいに高まれば、海抜が低い地域の土地の値段が下がることだという。この最後の問題は、海面上昇の長期的傾向とは関わりなく、人々の心理によって起こるだろう。その原因は、ニューヨーク市がカトリーナ級の大型ハリケーンをまだ経験していないが、ハリケーンが来る可能性があるという点にあるらしい。

 上記の記事によると、ニューヨクのマイケル・ブルームバーグ市長(Michael Bloomberg)は昨秋、ニューヨーク市に長期都市持続計画室(the Office of Long-Term Planning and Sustainability)を開設し、これから25年先までの同市の住宅や交通機関等のインフラ整備を検討する中で、気候変動にも対応する戦略を構築しようとしている。同室では、環境保護局や建設局など市の他の部局と協力しながら、100以上の市民団体とも会合をもち、市を構成する各区の市民と話し合い、同室のウェッブサイトに寄せられた何千通もの電子メールを消化した。その結果は、この4月に何らかの計画、あるいは計画のための枠組みとして発表される予定だという。また、保険会社は皆、気候変動を考慮したプランを設定していて、オールステート保険(Allstate)などは、海岸沿いの8地区にある住宅所有者との保険契約を延長しない方針を決めているらしい。

 こういう話を聞くと、私の3月4日の“予言”も、いくばくかの信憑性をもってくるのではないだろうか……。

谷口 雅宣
 

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2007年3月11日

EU、温暖化対策で合意

 EU(欧州連合)は9日の首脳会議で、温暖化対策として再生可能(自然)エネルギーの利用を加盟国に義務づけ、2020年までにそれらの使用比率をEU全体で20%に引き上げることで合意した。また、EU圏内の自動車の1割を、バイオ燃料で走らせることになる。EUは2月の環境相理事会で、同年までに温室効果ガスの排出量を90年比で最低20%減らすという目標に合意しており、今後の温暖化対策で日本やアメリカより1歩抜きん出た。議長国ドイツのメルケル首相は、この分野で「EUは世界の先駆けになる」と誇らしげに語った。3月10日付の『朝日新聞』、10~11日付の『ヘラルド・トリビューン』などが伝えている。

 今回の首脳会議で難航したのは、EUの各国に対して自然エネルギーの利用割合を義務として20%に引き上げること。構成国の中には旧ソ連圏のポーランドのように石炭を主なエネルギー源としている国や、フランスのように原子力発電に多くを頼っている国がいて、それらの国が「自然エネルギー20%」の義務づけに反対した。結局、国ごとの目標については「各国の状況を考慮して決める」という妥協案がドイツから出たことで、合意が成立した。メルケル首相は、6月に行われる主要国首脳会議(G8)で日米やロシアに対しても同様の目標をもつよう呼びかけるとしている。この機会に、安倍首相にはぜひ「京都議定書議長国」の名に恥じないような、積極的取り組みを進めてもらいたい。

 交渉の過程では、フランスが原子力発電を評価するよう求めたが、オーストリアやデンマークはそれに反対した。フランスの言い分は、ヨーロッパがロシアの天然ガスや石油に頼ることは政治的に利用される危険があり、原子力による安定的供給はそのリスクを減らすことになるという点。これに対し反対派は、原子力施設は経費がさむこと、また将来の安全性が保証されないなどと指摘した。自然エネルギーの利用について、今後、域内の各国がどのような個別目標を立てるかが注目される。
 
 一方、アメリカのブッシュ大統領は、訪問中のブラジルのルラ大統領と覚書を交わし、両国が得意とするバイオ燃料の分野の技術開発で協力し、中米やカリブ海諸国への同燃料の普及支援を拡大することで一致したという。10日の『朝日新聞』夕刊によると、ブッシュ氏は「共通の利益をもたらす代替エネルギーの輝かしい可能性を認識している」と述べたという。京都議定書に参加していないアメリカでさえ、大統領自らが温暖化防止に積極性を示すようになったことは、特筆に値するだろう。
 
 ところで本欄では、日本の温暖化対策が進まないことについて苦言を呈してきたが、多摩大学学長の中谷巌氏が10日付の『産経新聞』の「正論」で、論旨明快に「日本は地球温暖化対策で指導力を発揮せよ」と述べている。わが国は“環境立国”を目指せと書いてきた私としては、諸手を上げて賛成する。中谷氏の提言の理由を箇条書きにすると:①日本は「自然との調和」を文化の基本とする、②平和国家として国家防衛から環境防衛を目指す立場にある、③京都議定書をまとめた実績がある、④高度な環境技術を有している、⑤政府開発援助(ODA)予算を「工業化支援」から「環境保全支援」へと振り向けられる、⑥排出権取引は有効である。

 上記の理由の第6番目については、「環境税」や「炭素税」に比べてまだ不安な面が払拭できない。しかし、「制度改革は何もしない」という現状よりは前進すると思うので、セカンド・ベストの方法としては容認できるかもしれない。上記の論説で、中谷氏は原子力発電のことに何も触れていないのが気になるが、この件はEU内部でも考え方の対立があることだから、今後時間をかけて合意形成を進めていくことは可能だろう。
 
 安倍首相は3月6日の参院予算委員会で、地球温暖化対策についての決意を質された際、「今すぐやらなければ後で大変なコストを払うことになる。京都議定書の目標の達成のために全力を尽くす。日本は優れた省エネ・環境技術を持っている。膨大なエネルギーを消費している中国、インドなどに技術面で支援することで温暖化対策への貢献ができる。米中印という(京都議定書の)枠組みに入っていない国を、ポスト京都の枠組みに参加してもらううえで日本はリーダーシップを発揮しなければならない」(7日『日経』)と答弁している。先にイギリス政府が出した『スターン報告書』の内容を受けているように思うが、「全力を尽くす」という意味が今ひとつ明確でない。上記の中谷氏の提言と比べると、③と④の認識はあっても、その他の4点は考えていないのだろうか。「ポスト京都」を言う前に、現状の日本が議定書の目標よりCO2排出量が14%も上回っている点についての見解と対策を聞きたいものだ。
 
谷口 雅宣

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2007年3月 9日

クロスワードを解く (8)

 だいぶ遅くなってしまったが、2月22日の本欄に掲載した「教義クロスワード No.8」の解答は、以下の通りである。

【縦の答え】
(イ)常住。(ロ)かばう。(ハ)体得。(ニ)一宇。(ホ)運。(ヘ)大生命。(ト)茎。

【横の答え】
(ハ)対談。(チ)一意。(ホ)うめく。(リ)羽化登仙。(ヌ)自縛。(ル)湧。(ヲ)神域。

 今回の出題の中には、あまり宗教的な内容のものがなかった。その中でも縦の(イ)と横の(ヌ)には触れておいていいかもしれない。
 
「常住」という言葉は仏教から来ていて、サンスクリットの「nitya」の漢訳という。(太陽出版『仏教日常辞典』)これは「生滅変化のない」という意味で「無常」の対語である。聖経『甘露の法雨』の「物質」の項には、神に創られたままの完全な人間は「常住健康永遠不滅なる生命なり」とある。また「実在」の項には、「実在を知り、実在に住(お)るものは、消滅を超越して常住円相なり」と書かれている。だから、生滅変化する無常なる現象の奥に、永遠に存在する完全なるものを形容した言葉の1つが、「常住」である。英訳の聖経では、これに「constant」(恒久の、不変の)という語を充てている。「無常」は「impermanent」(永続しない)と英訳されることが多いが、この対語が常住であれば「permanent」という訳語も使えるはずだが、使っていない。

 生滅変化する現象の“奥”に、常住不変の実在があるかどうかという問題は、哲学の古典的課題でもある。生長の家では、現象の奥に神の創造になる実在があると考えることは、改めて言うまでもない。このことについては、前回の「クロスワードを解く (7)」で「今ここ」とはどこかという説明でも触れた。また、昨年11月15日17日で扱った「神の国」の在りかとも深く関係している。これらは宗教的な説明だが、理論物理学の考えを借りて説明を試みた文章もある。興味のある方は、拙著『心でつくる世界』(1997年、生長の家刊)の290ページから305ページあたりを参照してほしい。
 
 さて、「自縛」のことを「“こうでなければならない”と心に掴むと、この状態になる」と説明した。辞書的な説明には「①自分で自分を縛ること」と、「②自分の言葉(主張した意見)のために、かえって言行の自由を失うこと」(『新潮国語辞典』)がある。私の説明は、この①②より広義の意味になっている。なぜなら、私たちは「自分の言葉」を発することなく、心で「こうでなければならない」と固く信じるだけでも、十分に自縄自縛することがあるし、個人だけでなく、国家や社会全体がそういう状態になる場合もある。生長の家では「自然法爾」を説くことで、そのような“心の凝り”をなくすことをお勧めしている。
 
 さて、冒頭で私は今回のパズルに「宗教的なものが少ない」と書いた。この理由は、密かに用意しておいた“アンチョコ”のデーターが枯渇してきたからだ。そこで、これを機会にクロスワード・シリーズは一応終りにしたいと思う。パズルを考えるのは、それを解くよりも多くの時間がかかる。そういう時間的余裕がなくなってきたので、残念ではあるが本企画は幕引きとしたい。
 
 そもそも宗教の教えを「パズル」にするなどという発想は、不真面目で不遜だと考えた読者もいるかもしれない。しかし私は、このパズルで「教え」そのものよりも、主として教義に関する「知識」を扱ったにすぎない。その種の知識を覚えたからといって、真理を体得できるとか、悟りが開けるわけではない。かといって、そういう知識が“救い”や“悟り”のために全く役に立たないわけでもない。それは、目的地に行く道程に立っている「標識」にも似たものである。標識の見方を知っている方が、知らないよりも早く、楽に、目的地に着くことができる場合が多い。しかし、標識を見て行き先がわかっても、自分の足でその方向へ実際に歩かなければ、永遠に目的地に着くことはできない。宗教上の真理は結局、実践の中から体得されるのである。

谷口 雅宣

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2007年3月 7日

環境意識は向上している (3)

 地球環境問題の深刻さへの理解が進んできたためだろうか、環境意識の高まりを示す動きがいろいろ出てきているのは、喜ばしいことだ。

 まず日本のことを言えば、アカデミー賞の受賞も手伝ったのだろう、2月7日の本欄で書いた映画『不都合な真実』の書籍版がよく売れているそうだ。320ページを超える大部の本で2800円という値段だが、1月の発売から2カ月で15刷となり、18万部を売り上げているそうだ。映画本は2千~3千部が相場と言われている中で異例の売れ行きという。(3月6日『日経』夕刊)

 日本企業の環境努力という面では、植物性プラスチックの利用が玩具の分野にまで広がってきた。6日の『日経』によると、玩具メーカーのタカラトミーは、東レと共同で植物を原料とする樹脂を多用した新しいプラスチックを開発し、これをを玩具の素材として採用する方針を決めたという。新素材は、トウモロコシを原料とするポリ乳酸樹脂を5割含有し、それに強度を与えるために添加剤などを配合し、従来の石油系樹脂のABSと同等の強度を実現したという。ABS樹脂に比べて、生産から廃棄までのCO2排出量は15%、石油資源の消費量も13%削減できるとしている。これを癒し系のマスコット玩具「のほほん族」に4月から採用を始め、2009年度には同シリーズの国内分全部を新素材に切り替える方針という。

 京都議定書によるクリーン開発メカニズム(CDM)を利用して温暖化ガスの排出削減をするためには、国連の認定を得なければならないが、松下電器産業はこのほど日本企業として初めて、それを得た。CDMは、日本企業が海外で排出削減をした分を日本の削減分として認めてもらう制度。同社は、マレーシアの同社のグループ工場10カ所で家電製品や部品を製造する際、空調や熱源の設備効率化によって省エネを行い、4月以降の10年間に毎年8100トンのCO2の排出削減を行う計画で、この分のCO2を、日本の削減量に算入することを国連が認めたことになる。(7日『日経』)
 
 日本近海の海底に、大量のメタンハイドレードの埋蔵が確認されたというニュースもある。これは、メタンガスと水が低温高圧下でシャーベット状に固まった資源だ。今回発見された分を国内で消費される天然ガスの消費量に換算すると、14年分に当たる1.1兆立方メートルになるというから、勇気づけられる。メタンガスは、石油に比べて温暖化ガスの排出量が少なくてすむ点は歓迎すべきだ。また、エネルギーの安全保障という面で重要な発見と言えるだろう。しかし、石油と同様に化石燃料であるから、燃やし続ければ温暖化が進行することに変わりはない。(6日『日経』)
 
 アメリカでの新しい動きとして注目されるのは、カリフォルニア州など西部の5州の知事が、温暖化ガスの排出削減のための共同プロジェクトを立ち上げることで合意したことだ。2月27日の『朝日新聞』夕刊が報じている。それによると、これら5州は、今後半年以内に排出量の削減目標を設定し、来年8月までに排出権取引市場の創設などを含む具体策をまとめるという。同国では、ニューヨークなどの東部7州がすでに2005年末に同種のプロジェクトで合意しており、これにマサチューセッツ州を加えた8州は、2009年から排出削減計画を開始する予定という。
 
 中国のことを挙げれば、この国はついに石油や天然ガスなどの国内価格の統制を緩和する決定をしたらしい。(6日『日経』)中国はこれまで、国内の石油製品の価格を国際価格より低く設定する価格統制をしてきた。これにより、天然ガスは国際水準の約半分、昨年の石油製品の価格は同じく約3割低く、これが昨年の国内のエネルギー総消費量を前年比で9.3%増やす要因となっていた。ただし、価格統制は全面解除とはならず、一部残されるという見方が有力である。

谷口 雅宣

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2007年3月 6日

中国の信仰リバイバル

 前回、中国の全人代で温家宝首相が使った「和諧世界」という言葉には、宗教性があるかもしれないとの憶測をした。これには理由がある。それは、中国で宗教がリバイバルしているからだ。最近のある大学による調査では、16歳以上の中国人の31.4%が宗教を信じているとの結果が出た。この数字を人口に当てはめると「約4億人」という数になる。中国政府の公式推定では、この数はかつて「1億人前後」ということになっていたが、上記の大学の調査の発表が許されたという事実と、それを政府の管轄下にある中国のニュース・メディアが報道したということを考え合わせると、中国政府もこの「4億」の数字に一定の信憑性を認めていると考えられる--3月5日付の『ヘラルド・トリビューン』でハワード・フレンチ記者(Howard W. French)がそう分析している。

 同記者は記事の中で、中国の正月に寺院を訪れる人々を眺めながら、興味ある観察をしている。それは、60代以上の人々は寺院の中でどのような作法や儀式をすればいいかをよく心得ているものの、会社員などの働き盛りの人々は--大勢が寺院を訪れてはいるのだが--、礼拝の作法や儀式の仕方が分からずに、ぎこちない動作をするというのである。これはつまり、年輩の中国人は共産党政権下の宗教禁止政策に従っていたものの、宗教心を捨てなかった一方で、禁制下に生まれ育ったより若い年齢層の中国人は、宗教についてほとんど無知だから、見よう見まねで信仰を始めている、ということだろう。

 中国では、仏教、道教、カトリック、プロテスタント、イスラームの5つの宗教が公式に認められている。これらは政府の統制下に入ることを条件に公的活動が保証されていて、寺院や教会建物などの諸施設も次第に増えてきつつあるという。そういう政府の政策転換の理由について、フレンチ記者は「政府が“和諧世界”と呼ぶものの建設のためには、限定的な信仰は有益な要素になる」と見るからだと書いている。ここで「限定的」と書かれているように、中国には日本のような“信教の自由”はない。中国政府は、上記の5大公認宗教の上級の指導者を自ら選び、公認されていない法輪功のような宗教はしばしば弾圧する。そして、教育機関での宗教教育は厳しく制限され、伝道活動は禁じられている。また、共産党員は宗教への参加は禁じられているという。
 
 そんな中で、前回書いたように、中国首相は「和諧世界」の実現を目指した“所信表明演説”を行ったのである。世界では対立しているように見える宗教同士が、中国政府の統制下では和諧し、調和した関係に整う。それを追求していこう--何かとてもナイーブな考えのように思う。あるいは、そんな考えなど初めからなくて、宗教を統治の道具に使うというのが、本当のねらいなのかもしれない。宗教に関する中国の今後の動きを、しっかり見つめていこう。
 
谷口 雅宣

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2007年3月 5日

「和諧世界」を実現する

 中国の全国人民代表大会(全人代)が始まり、温家宝首相が「政府活動報告」なるものを発表した。日本で総理大臣が行う施政方針演説に当たるものだ。その中で注目されるのは、前年の活動報告で掲げた省エネの数値目標(前年比4%減)と汚染物質削減の数値目標(同2%減)が、ともに達成できなかったことを認め、「目標数値は変えられない。必ず実現しなければならない」と述べたことだ。また、胡錦濤主席が2005年9月の国連演説で使った「和諧世界」という言葉を使い、この実現を国内のみならず、外交政策としても追求していく姿勢を明確にした。5日付の『朝日新聞』や『日本経済新聞』が夕刊で伝えている。

 この「和諧世界」という言葉は耳慣れないが、上記の記事によると、和諧とは「調和がとれ、友愛に満ちた状態」という。独裁政権の頂点にいる政治家のスローガンだから、額面通りに受け取るわけにはいかないが、「和解」とも通じる言葉のようだ。『新潮国語辞典』(新装改訂版)は、和諧を「やわらぎかなうこと。むつび合うこと。和解」と定義する。『大辞林』(1988年)もほぼ同様に「むつみあうこと。調和すること」としており、また離婚訴訟で協議離婚を成立させることにも、この言葉を使うとしている。だから、「和解」の語とかなり近い。
 
「諧」の字自身が「やわらぐ」とか「調和する」という意味をもっている。また、「かなう」「ととのう」ことも意味する。(『角川漢和中辞典』、1963年)そういう意味合いで、「諧和」とか「諧協」「諧調」という語もあり、どれもほとんど同じように「和らぎ整う」という意味になる。少し変わった熟語は「俳諧」や「諧謔」で、この場合の「諧」は「おどけ。たわむれ。冗談」を意味する。恐らく、他人との仲を和らげる目的でこれらが使われると考えたのだろう。

 白川静氏は、「諧」のもう少し深い意味を考察している。同氏の編んだ『字統』(普及版、1994年)によると、「諧」のつくりである「皆」は本来、神に祈って「神霊が相伴うてたちあらわれること」を意味したというのである。「祖霊の降るものが複数であるのを、皆という。偕とはその意であり、そのように多くの祖霊が来たり護ることを諧という」とし、「諧」とは祈りがかなうことも意味するとある。

 温家宝首相が、これらすべてのことを意識して「和諧」という言葉を使ったかどうか、定かでない。新聞の解説では、国防費の増大や1月に行われた人工衛星破壊実験を契機に海外で強まっている「中国脅威論」を弱めるために、この言葉を強調したとしている。しかし、私が注目したいのは、この言葉の背後にあるものの見方である。そこには、キリスト教的に言えば“予定調和”に似たもの--つまり、「世界は正しく運営されれば、すべてが調和した関係になるように予め設計されている」というような前提が感じられるのである。白川氏の解説にあるようなニュアンスを温首相が意図していたならば、そこには宗教的な動機もあるような気がする。
 
 中国政府が“官製の信仰”を推進していることは、ローマカトリック教会との関係に触れたとき(昨年5月7日6月10日など)に書いたが、この「和諧世界」の考え方を一種の“国教”として勧めようとしていると考えるのは穿ちすぎだろうか。

谷口 雅宣

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2007年3月 4日

環境に配慮した講習会 (2)

 春らしい陽気となった今日は、東京・有楽町駅前の東京国際フォーラムと明治神宮会館の2会場を使って、東京第一教区での生長の家講習会が行われた。一昨年の講習会も同じ2会場で開催されたが、そのときの受講者を700人近く上回る大勢の方々が受講してくださったことは、誠にありがたかった。今回の講習会で少し驚いたのは、午後の最初の時間に行われた聖歌隊による発表で、大勢の子どもの“合唱隊”が大人に混じって元気な歌声を披露してくれたことだ。「使命行進曲」が講習会で歌われたのも、珍しいことである。
 
 質疑応答の時間も、質問が30ぐらい出たため、充実したものとなった。「充実」という意味は、多角的で内容のある質問が多くあったということである。しかし、私の答える時間には制限があるので、質問者は恐らく不満を感じた人もいただろうと思う。その中で印象に残ったのは、地球環境がこれだけ危機的な状況になっているのだから、生長の家も祈っているだけでは十分でなく、もっと実質的な環境保全活動をすべきではないか、という意味の質問--というよりは意見具申があったことだ。これまでの講習会では、「宗教なのだから環境問題などより、ほかにすべきことがあるだろう」という種類の質問がたまにあったことを思い出せば、隔世の感がする。質問は誤解にもとづくものと思ったので、ISO14001の取得を初めとした生長の家のこれまでの実質的な環境保全活動について、説明させてもらった。
 
 また、最近の生長の家講習会では、受講者用の昼食の弁当を工夫して、ゴミを減らしたり、CO2など環境に有害な物質をできるだけ出さない努力をしているが、今回の講習会でも生分解性プラスチックの容器等が採用されていた。東京第一教区の三浦晃太郎・教化部長は、弁当について次のように述べている。
 
「弁当箱は、非木材紙である葦を原料に作られており、生分解性の容器です。この容器は、財団法人日本食品分析センターで分析されており、PCB、蛍光物質他、有害物質は検出されず、食品の容器としても問題ないと思われます。弁当を入れる手提げ袋は、生分解性プラスチックと米を原料としており、土中で2~3ヵ月でほとんど消滅すると言われています。佐世保市はこれと同じものをゴミ袋(厚さは手提げ袋より厚い)として採用しており、このゴミ袋の表面には“土中の微生物で消滅します!!”と明記されています。またこの袋は、野菜などをくるんで冷蔵庫に保管すると、従来のビニール袋より日持ちがよいとのことです。弁当の箸は、森林伐採にならない竹箸を採用しました」--なかなかの徹底ぶりである。

 ところで今日は、全国で気温が上がった。東京は18.6℃止まりだったようだが、大分県の日田で26.5℃を記録するなど、九州の一部で25℃を越す“夏日”となったほか、滋賀県と九州4県の計11カ所で、3月としては最高気温が過去最高を記録したそうだ。このほか、兵庫県豊岡市(24.6℃)、鳥取(23.3℃)、名古屋(22.5℃)、大阪(22.2℃)、福井(20.8℃)、長野県飯田(20.4℃)、前橋(20.0℃)などで20℃以上となった。気象庁によると、3月下旬から4月並みの暖かさという。

 妻と私は講習会終了後に帰宅し、夕食のために外出した。用心してコートを着て出たが、原宿を歩く人の中にはコートなしの人が多く、反袖のTシャツ姿の若者さえいた。青山通りまで歩き、通りを渡った先にあるイタリア料理店でゆっくり食事をした。この店へ入ったのは初めてだが、夜も全店禁煙という珍しく進んだ店で、タバコの煙が嫌いな私たちは大いに気に入った。味も上々で、客層は国際的だった。

Mtimg070304  食事を終え、コートを片手に抱えて家の門をくぐった私だったが、なぜかくぐり戸がうまく閉まらない。暗い中で目を凝らすと、戸の下の隙間に何か柔らかいものが挟まっている。戸を動かして調べてみると、ヒキガエルが腹を見せて転がった。気がつくと、家の庭には陽気に誘われて穴から出てきたヒキガエルが、あちこちで身構えている。庭は注意して歩いたのだが、玄関に着くまでにあと2匹、足で踏んでしまった。私たちは無事帰ったが、カエルたちには迷惑をかけたかもしれない。

谷口 雅宣

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2007年3月 2日

ミツバチはなぜ減少する?

 この冬は、日本列島は記録的暖かさだったようだ。昨年12月から今年2月までの平均気温は平年より1.52℃高く、記録をとり始めた明治32(1899)年以降では、過去最高の1949年に並んだという。3月1日の気象庁の発表を新聞各紙が伝えている。全国の平均では過去最高と「タイ」になったが、気象庁が全国にもつ153カ所の観測地点のうち、63カ所では史上最高を更新し、12カ所でタイ記録だった。東京の平均気温は、平年より1.9℃高い「8.6℃」だったという。暖冬の主因として、気象庁は①北極振動、②エルニーニョ現象、③地球温暖化、を挙げたという。
 
 春になれば、虫もかえって空を飛び始める。わが家の庭では紅梅、スイセン、ツバキ、ジンチョウゲ、それにもうユキヤナギまで咲き始めているから、出てきた虫たちも蜜や花粉に不足することはないだろう。日本がそんな季節になろうとしている一方で、アメリカでは、24の州でミツバチの数がどんどん減っているというのである。西海岸では30~60%、東海岸の一部とテキサス州では70%も激減しているというから、ただごとではない。しかも、理由がよく分からないらしい。2月28日の『ヘラルド・トリビューン』紙が伝えている。
 
 ミツバチの減少は、農業国・アメリカにとっては深刻な影響をもたらす。蜜が採れないというだけでなく、ハチによって授粉されてきた多くの作物の収獲減につながるからだ。例えば、カリフォルニアでは今、アーモンドの花が開く季節だそうだが、授粉役の数が不足して収獲が減ることが心配されている。このほかの果実や野菜にとっても、同じことが言えるだろう。ミツバチその他の昆虫の授粉に大きく依存している作物は、アーモンドのほかリンゴ、モモ、ブルーベリーなどがある。

 アメリカでは、養蜂家が作物の授粉に大きく貢献しているらしい。彼らは大型トラックに巣箱を満載して、アメリカ各地を回るという。そして、農家の依頼によって、場所を定めてハチを放つ。ところが出て行ったハチの多くが帰ってこないというのである。恐らく野原で死んだと思われる。考えられる理由は、帰れないほど遠方へ行ったか、あるいは帰る方向が分からなかったため、寒さで死んだのか……。巣に帰れない理由の説明には、このほかウイルスや細菌の感染、ハチの栄養不足、殺虫剤の影響、ストレスのかかりすぎ、ダニの寄生などが挙げられているそうだが、はっきりしたことは分かっていない。
 
 カリフォルニア州は世界最大のアーモンド産地というが、2月になると、ここへ全米にいるミツバチの半分以上が集結するという。トラックで運ばれてくるのだ。23万5千ヘクタールの果樹園が、距離にして480キロも同州のセントラル・バレーに広がっている。典型的なミツバチのコロニー(1羽の女王バチを中心とした集団)は、1万5千~3万匹のハチからなる。今年、この1コロニーを授粉のために借りる値段は135ドルで、2004年から55ドル(69%)も値上がりしたという。元気に授粉に飛び回ってほしいため、ハチたちには蛋白質補強剤やサトウキビやトウモロコシから採ったシロップを与えていて、この値段もばかにならない。トラック1台分が1万2千ドルし、それを何台も連ねて移動するらしい。

 日本養蜂はちみつ協会のウェッブサイトによると、世界の養蜂状況をミツバチのコロニー数(基準は各国一定でない)で比較すると、中国900万群強、旧ソ連地域900万群弱、アメリカ300万群強、メキシコ300万群弱、ブラジル200万群前後、アルゼンチン150万群前後という。わが国では20万群弱しか飼われていないそうだ。

 これらのミツバチは主に採蜜の目的で飼われているそうだが、近年は上記のような授粉の用途が増えてきている。殺虫剤の使用で他の昆虫が減っていたり、温室栽培の普及によるものだ。地球温暖化の影響で気候が不順になる中、バイオエタノール需要で作物の値段が高騰している。これに加えて、ミツバチの減少による不作が起こらないことを祈るばかりである。
 
谷口 雅宣

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2007年3月 1日

日時計主義をさらに進めて

 はや3月となった。3月1日は生長の家の立教記念日なので、今日は午前10時から東京・原宿の生長の家本部会館ホールで「立教78年生長の家春季記念日祝賀式」が挙行された。私は例年のように挨拶を行い、また褒賞者への表彰状の授与などを行った。以下は、そのときの挨拶の概略である:

 本日は、このおめでたい立教記念日を皆様とともに、健康で迎えることができましたことを、神様と皆様に心から感謝いたします。ありがとうございます。
 
 すでに多くの方がご存じのように、今日の3月1日が生長の家の立教記念日であるのは、「生長の家」という名称の月刊雑誌が昭和5(1930)年の3月1日の日付で最初に発行されたからであります。私は、この立教記念日での挨拶にはいつも、この記念すべき『生長の家』誌創刊号から引用して、皆さまにお話をすることにしているのですが、今日もそうしたいと思いまして、ここへ持ってまいりました。
 
 この創刊号の最初の文章は「生長の家の精神とその事業」という題で、ここには「自分はいま生長の火をかざして人類の前に起(た)つ。起たざるを得なくなったのである」という有名な言葉が掲げられています。これは皆さんもよくご存じで、暗唱している人もいると思います。ところで今日は、この文章ではなく、そのあとの2番目の文章をご紹介します。それには「『生長の家』の使命及び読み方」という題がついています。この題にある「生長の家」は、二重鉤括弧で囲まれていますから、第一の意味では雑誌の生長の家のことです。もちろん今日では、生長の家の運動全体のことを指すと広く解釈できるのですが、立教当時は、まだ「運動」などと呼べるような人数はおらず、谷口雅春先生と輝子先生のお2人だけで運動が始まったのですから、「生長の家という名の雑誌」のことを意味していたのです。ですから、ここで言う「生長の家の使命」とは「生長の家という雑誌の発行目的」ということになります。
 
 そういう前提で、この文章を読んでみると、なかなか示唆的で、重要なことが書かれていることに気がつきます。少し読んでみます:
 
 『生長の家』を月々発行して言葉によって此の世を清め、人生を住みよくし、世界の家庭々々を明るくし、個人々々を幸福にすることは生長の家の主要な事業の一つである。それは諸君が『心の法則』を深く研究して行かれるに従って次第に明瞭になってくるであろうように、此の世界は言葉によって支えられているからである。(原文は旧漢字、旧仮名遣い)

 このあと、雅春先生は東西の教典から「言葉の大切さ」を説いた箇所を引用されていますが、その部分は省略します。そして、続いてこう書いておられます:
 
 斯くの如く、東西の経典は筆をそろえて、言葉に生命(いのち)あり、言葉は必ず体を招き、言葉は我らに宿って肉体となることを説いているのである。古え吾々日本人が互いにみこと(みは美称、ことは言)と呼び、互いを神として敬し合ったのはこのためであった。吾らは此の点に於て古代日本に還るべきであることを提言する。吾らは何であるよりも先ず言葉(みこと)である。これは実に否定出来ない。言葉によって吾らは清くもなれば醜くもなり、幸福にもなれば不幸にもなるのである。諸君は毎朝歯ブラシで歯をみがかないであろうか。諸君は、そして歯よりも大切な心があることを自覚しないであろうか。諸君は毎朝歯をみがくのに何故心をみがかないのであるか。又諸君は心を何をもってみがくであろうか。諸君が若し朝起きると一と声『馬鹿野郎』と家族を叱咤するならばその日いちにち不愉快なことを自覚せねばならないであろう。諸君が若し、自己の人生を幸福にし、家庭を明るくし、環境を良化し、運命を改善しようと思われるならば、毎日すくなくとも二三回はそのために作られたる善き、明るき言葉に接しなければならない。それは諸君にとって食事をとるよりも尚絶対に必要なことである。諸君よ、『生長の家』を読め、心を幸福にし、肉体を健康にし、運命を良化せよ。此の目的のために雑誌『生長の家』は生れたのである。(同上、pp.10-11)
 
 このようにハッキリと、『生長の家』の発行目的が書かれています。それは、読者の「心を幸福にし、肉体を健康にし、運命を良化する」ためである--そう書かれています。このことを今日は、皆さんと共に確認したいのであります。つまり、生長の家が出版物を発行する目的は、コトバの力を駆使して、読者を幸福にし、肉体を健康にし、運命を良化させるためであるということです。『生長の家』誌創刊号には、この目的のための生活法として、先ほど紹介した文章に続いて「日時計主義」が提唱されています。このことも、立教記念日では何度もお話しているので、皆さんにとっては旧聞に属するでしょう。

 それから77年が経過しました。今日では、『生長の家』誌は、3種類の機関誌と4種類の普及誌に分化発展してきていますが、その発行目的は変わらないと思うのであります。また、逆に人々の「心を幸福にし、肉体を健康にし、運命を良化する」ためには、月刊誌以外にもあらゆる手段を使うことが、運動の発展であり、使命であるということになります。そういう意味で、創刊号で提唱された日時計主義を実践するためにこのほど、『日時計日記』という日記帳が出版されたことは、すでに皆さんもご存じと思います。このような日記帳が、これまで何十年もの間出版されなかったことは本当は不思議なのですが、昨今の手帳や日記帳ブームもあって、昨年秋に発刊され、大変好評を得ています。これまで4回刷って、3万7千部を発行しています。
 
 また、今日では、科学技術・通信技術の飛躍的な発展により、出版というものが紙を媒体にしたものから、電子信号を媒体としたものへと大きく変化しつつあります。そして、それに伴って、情報の流れが小刻みになり、双方向的になり、また情報量も飛躍的に増加しています。今日では、その溢れかえった大量の情報の中から、「正しい情報を的確に選択する」ことが課題になっています。宗教の世界でも同じことで、正しい教えが、必要とされている人に、必要とされている時と場所に、速く伝わることが重要で、そのために生長の家でもインターネット・サイトをいくつも立ち上げて、紙の媒体による出版活動と連動した電子媒体による運動も開始しています。
 
 例えば、先ほど紹介した『日時計日記』にあわせた形で、ウェッブ版の『日時計日記』が今年から始まっています。これは毎日、日記帳をつけるような感覚で、誰もがインターネット上の『日時計日記』に「よいこと」を書き込める場所です。これによって個人的な日記が、公開日記帳のような性格をもちはじめます。そして、そこに「よいこと」が書き込まれれば、それを読む人すべてに、世界中の人々に「よいこと」が伝わる--こういう新しい効果が生まれています。ふるってご参加ください。
 
 また私も今回、この立教記念日に合わせて『日々の祈り』という本を出させていただきました。『日時計日記』は紙に印刷した書籍が先に出て、それからインターネット版へと発展したのですが、この『日々の祈り』は、私がブログ上で発表した「祈りの言葉」が先に出て、その数が集まったところで書籍として出版されました。全部で49の祈りの言葉を収録していますから、ぜひ皆さまもこれを活用されて、日時計主義の生活を実践していただきたいと思うのであります。この新刊書の中から「観を転換して人生に光明を見る祈り」(同書、p.146)というのを朗読しましょう。
 
 (祈りの言葉は上記のリンクへ)
 
 この本には、このように日時計主義の実践を信仰面から支えていくための祈りの言葉が、人生の様々な場面で使えるように編纂されています。ぜひご利用していただき、個人の信仰深化はもとより、多くの人々に信仰の喜びを伝えていく運動を今後も力強く展開していただきたいと思います。このおめでたい記念日に際して、所感を述べさせていただきました。ありがとうございます。
 
 谷口 雅宣

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