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2007年2月21日

好奇心の肥大化の先に

 人間の好奇心は、科学を発達させてきた大きな要因であり、哲学や宗教を支えてきた基礎的な力である。しかし、それが“欲”と結びつくと、人を危険な結果へと導くことがある。このことは多くの神話や文学にも取り上げられてきた。『創世記』の失楽園の物語には、ヘビにそそのかさえたイブの好奇心が描かれ、日本の国生みの神話にも、「見てはいけない」との妻の警告を守らないイザナギノミコトが描かれている。生物の遺伝子の研究も、最初は好奇心から始まったものだろうが、現在では家畜や作物の遺伝子を解明することで莫大な利益が生まれ、それが国家間の利害関係や人類の運命にも関わるほどになってきた。

 2006年現在、地球上で遺伝子組み換え作物(GM作物)が栽培されている面積は、1億200万ヘクタールほどだそうだ。前年比で13%増え、初めて1億ヘクタールを超えたという。21日付の『朝日新聞』が伝えている。GM作物に関する情報をまとめている国際アグリバイオ事業団(ISAAA)の調査によるもので、栽培国は22カ国、食料や飼料として輸入が認められているのは、日本を含めて51カ国。栽培面積はすでに日本国土の2.7倍に達しているという。栽培面積の国別順位は、①アメリカ(5460万ha)、②アルゼンチン(1800万ha)、③ブラジル(1150万ha)、④カナダ(610万ha)、⑤インド(380万ha)。6位は中国で、日本は栽培国に含まれていないが、実際は小規模な実験栽培が行われている。インドは、害虫抵抗性のワタの作付けが前年の3倍近くとなったため、中国を抜いて5位に入ったという。
 
 ところで、同じ21日付の『日本経済新聞』には、慶応大学先端生命科学研究所が、バクテリアの遺伝子にデータを保存する技術を開発したことが報じられている。枯草菌(こうそうきん)のDNA配列の複数箇所に、フロッピーディスク1枚分のデータを収納することが可能になったというのである。枯草菌は、空気中や枯れ草・土壌中など自然界に広く分布する細菌で、味噌・醤油のもろみにも多数存在する(『大辞林』)という。納豆菌もこの一種だ。しかし、いったい何のために細菌にデータを収納するのだろ? 記事には、「CD-ROMなど既存の記録媒体より格段に小さく何100年も長持ちする“生物メモリー”が将来登場するかもしれない」と書いてある。
 
 科学者が「特定の生物に自分の痕跡を残しておきたい」という気持は理解できなくもない。実際、新しい彗星や新種の生物に、発見者の名前を冠したりする話は聞いている。しかし、名前を冠したからといって、その彗星や生物を発見者が「所有」するわけではない。私が言うのは、「拾ってきた捨てネコに名前をつけて飼う」というような、特定の個体の話ではなく、「イリオモテヤマネコ」という新種のネコを発見した人が、その種に属するすべての個体を所有することなどない、という話である。しかし「生物のDNAに個人や法人独自のデータを収納する」という考え方には、この「種としての所有」の概念が含まれていないか、と私は危惧するのである。

 上記の記事には、枯草菌は約30分で世代交代するから、そのたびにDNAの配列がわずかずつ変化する点を改善するため、DNAの複数箇所に同じ情報を組み入れて、データの修復を可能にした、と書いてある。だから、これは「数限りない世代を通して同一データを所有する」ための研究である。ということは、遺伝子の一部を改変した生物種全体を所有したり、利用することにつながらないだろうか? 現に、上述した莫大な量の遺伝子組み換え作物は、それを開発した製薬会社や種苗会社の所有ということになっており、栽培のためには莫大な金額のライセンス料が支払われているはずだ。開発企業としては、そういう収入がなければ開発費を回収できないからだ。

 バクテリアをデータ保存の媒体に使うことと、遺伝子組み換え作物の利用とは必ずしも同じではないかもしれない。しかし、科学技術の発達に際して常に出てくる問題が、ここにも存在する。それは、新しい便利さは新しい不便さを生むということだ。人間が他の生物のDNAを利用することは、そのことを生物界全体に広げることにならないだろうか。

谷口 雅宣

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