鳥と人の共同飛行
24日の『朝日新聞』夕刊の第1面を見て、私はハッと息を呑んだ。そこには、実に不思議な縦長の写真が4段抜きの大きさで掲載されていた。画面上部には、空高く飛ぶハングライダーのような軽飛行機が画面右端に姿を消そうとしている後を、追いかけるように飛んでいく7羽のツル。画面下部には、草原か農地に建つ背の高い円筒形のサイロが1つ……。私は、スティーブン・スピルバーグの作品『E.T.』の1シーンを思い出した。E.T.を自転車に乗せて全速力で逃げる少年が、ある時点でフワッと宙に浮き上がり、どんどんと夜空を上っていく光景だ。そんな、飛ぶはずがないものが空を飛んでいるように見えた。最初は、合成写真だと思った。なぜなら、野鳥であるツルがハングライダーを追いかけるわけがないと思ったからだ。しかし、写真説明にはこうある--「超軽量飛行機に先導されてイリノリ州内を飛ぶアメリカシロヅル」。
空を飛んでいたのは自転車ではなく、ハングライダーの下部にプロペラとエンジンを吊り下げた超軽量飛行機だった。それが先導しているのは、数が減って絶滅の危険があるアメリカシロヅルの若鳥で、人間に「渡り」の仕方を教わっているのだった。鳥類は“刷り込み”と呼ばれる方法で親を覚え、その親の動作や行動をまねることで成鳥としての能力を獲得することは有名だ。渡りもこの方法で覚えるのだが、ある種の鳥は群れの数が減って親がいなくなったり、渡りのルートを覚えている野生の成鳥がいなくなると、それがうまくいかなくなるらしい。特にガン、カモ、ツルの類は、その傾向が強い。ただし、渡りを覚えるためには、1回だけ親について飛べばいいという。
このことを知ったカナダ人のビル・リシマン氏(Bill Lishman)は、1985年に超軽量飛行機を使ってガンに渡りを覚えさせられるかどうかの実験を始め、1988年に数羽の群れを飛行機について飛ばせることに成功した。数年後、アメリカシロヅルを研究している科学者がリシマン氏に連絡をとり、同じ方法で、このツルを冬に南方の越冬地へ渡らせることができないか、と相談を持ちかけた。野生のアメリカシロヅルは極端に数が減り、絶滅が危惧されていたから、その数を増やすには渡りを教えることが必須だったのだ。
リシマン氏は同意し、最初はまだ数が多いカナダガンを使って実験した。そして、仲間のジョー・ダフ氏(Joe Duff)とともに1993年、18羽のガンをカナダのオンタリオ州からアメリカのバージニア州までの650キロを飛んで渡らせることに成功した。翌年、これらのガンは、リシマン氏の家のあるオンタリオ州まで自力でもどってきた。これに自信を得た両氏は、その年にアメリカシロヅルに渡りを教えるための非営利法人「渡り計画」(OM、Operation Migration)を設立したという。
しかし、ツルの教育には難しい点があった。それは、ツルは人間への“刷り込み”が強く、人に育てられると渡りをしたがらないのだった。そこで、リシマン氏らが考えたのは、「人間がツルになる」こと、そして「飛行機を親と思わせる」ことだった。この方法は徹底していた。ツルを育てる場合、卵の状態の時から録音した超軽量機のエンジン音を聞かせた。手にはめて動かすツルの縫いぐるみを作り、卵からかえったヒナには、最初にそれを見せた。そして、ツルの世話をする人にはダボダボの白い服を着せ、人間の形が分からないようにし、常にツルの縫いぐるみを持たせたうえ、発声を禁じた。また、超軽量機に形と音を似せた車を作って、ツルが飛べるようになる前に、ついて歩かせる訓練もした。そしてついに、若いツルたちは超軽量機自体について歩くようになり、機体が飛べば、それについて飛ぶようになったという。
上記の『朝日』記事によると、昨年度の渡りは10月に行われ、18羽が北部のウィスコンシン州から南へ1900キロ離れたフロリダ州西部の保護区まで、2カ月をかけて移動した。ところが、2月2日にフロリダ州を襲った竜巻で、17羽が死んでしまったという。また、OMのウェッブサイトによると、その後の20日には、もう1羽の死体が発見された。これは竜巻ではなく、ヤマネコか落雷によるものと推測されている。まことに残念だ。
アメリカにはこんな努力をして、希少種になったツルを絶滅から守ろうとしている人たちがいることを、私は初めて知った。このサイトにある鳥と人間の共同飛行の写真は、一見の価値がある。その一方で、アメリカからは温暖化ガスが大量に排出され、気候変動を生み出している。誉むべきものも責むべきもの、ともに人間なのである。
谷口 雅宣
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