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2007年2月10日

「テロとの戦争」をやめよう

 アメリカが「テロに対する戦争(the war on terrorism)」という呼称を廃止するかもしれない--と私は期待している。なぜなら、アメリカに最も近い同盟国、イギリスでは、この呼称の使用が最近禁じられたらしいからだ。2月9日の『ヘラルド・トリビューン』紙にハーバード大学のジョセフ・S・ナイ教授(Joseph S. Nye, Jr.)が論説を寄せて、そのことを論じている。ナイ教授は、外交・国際関係の分野では一流の学者だ。
 
 私は2005年6月1日の本欄で、「“テロに対する戦争”という言葉は、問題の立て方が間違っている」と書いた。なぜなら、「テロ(terror)」とは「恐怖」という意味であり、恐怖は、第一に恐怖する人の心の中にあるのだから、それと戦うのに実際の兵器はさほど役に立たないからだ。その時に書いた文章から引用する:
 
「恐怖は“外”にあるのではなく“内”にある。“外”をいくら叩いても“内”にあるものは壊れない。或る“敵”を外に見出しそれを倒しても、次なる“敵”が内部の(恐怖の)投影としてまた外に現れる。否、“テロとの戦争”という言葉を使う限り、自ら“敵”を外側に作り出さざるを得ないのだ。戦争には、具体的な“敵”が必要だからだ」

 実際には自分を傷つけようと意図している“敵”が存在しなくても、本人が恐怖心をもって周囲を見ていれば、あらゆる人々の視線や行動が自分への“敵意”を表しているように見える。この心理状態が昂じると、「被害妄想」という病名がつく。また、この妄想にもとづいて周囲に敵意を撒き散らせば、周囲の人々がそれに応じて敵意を示すことにもなる。こうして“妄想上の敵”は“本物の敵”になるのである。

 この矛盾を、少なくともイギリスは気づきはじめているようだ。ナイ教授によると、イギリス外務省は昨年遅く、ブレア内閣の閣僚と外交官らにこの用語の使用をやめるよう指示したという。このことを評して、ロンドン発行の『オブザーバー』紙は「イギリス政治の考え方が1つの岐路にさしかかっている」とし、イスラム過激派によるテロ事件が一向に終息しないことに対し、「英米の考え方に差が広がりつつある」と分析している。

 イギリスでは、2005年7月にロンドンでの交通機関を対象にしたテロ事件があり、それ以降も自爆テロ事件、あるいはその未遂事件が起こっている。最近も、イギリス政府は重大なテロ計画を16も発見し、追跡調査をしていると発表した。ある世論調査によると、上記のロンドンでのテロ事件について、イギリス在住のイスラーム信者のうち10万人が「攻撃は正当」と答えたという。だから、イギリスでの“テロとの戦争”では、イギリス政府は“負け”の側にあると言える。その理由の1つが、“言葉の力”の悪用にあると結論したのだ。
 
 ナイ教授によると、イギリスの情報機関であるMI5がテロリストを取り調べたところ、彼らの心の軌跡には共通したパターンがあることに気がついたという。それぞれのテロリストは、過激思想や、様々な社会的・政治的不満をもっていることは確かだが、そういう若者に宗教的使命感にも似た精神の高揚や、より大きな目的意識をもたせて行動に至らせるものは、「戦争」という言葉や、「戦い」をめぐる物語なのだという。アルカイーダは、そういう単純だが強力なメッセージをメディアやインターネットを通じて伝達する能力に優れているらしい。テロ行動に出た人々の間には「イスラーム社会は今、西側諸国から一斉攻撃を受けている。だから、イスラーム信者は世界中で、イスラーム共同体を敵の攻撃から護るのが信仰者個人としての義務だ」という考え方が浸透しているというのだ。そんな中で、西側諸国が「戦争」や「戦い」という言葉を使えば、彼らの信念をより強固にし、テロ活動への参加者を増やすことになる--そう考えるに至ったらしい。
 
 “言葉の力”の大きさを示した一例である。ブッシュ大統領もこのことに早く気づき、イギリスに倣ってこの種の“火のついた言葉”を消す側に回ってほしいのである。キリスト教を信仰する大統領なのだから、「敵に譲歩する」などと思わなくていい。『ヨハネによる福音書』の冒頭にある次の聖句を「思い出した」と言えばいいのである:
 
「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、1つとしてこれによらないものはなかった」

谷口 雅宣

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