« 神武東征の神話考 | トップページ | 愛の交換日 »

2007年2月13日

神武東征の神話考 (2)

 五瀬命の負傷後、東征軍に何が起こったかは11日の本欄で触れた。太陽神の子孫である自分の軍隊が太陽に向って(東に)進むのはいけないというので、紀伊半島を迂回し、熊野から大和入りを目指した。しかし、5月になって茅渟(ちぬ)の山城水門(やまきのみなと=泉南市樽井)から紀国の竃山(かまやま=和歌山市和田)へ着いたとき、五瀬命はその時の傷がもとで死亡してしまった。6月になって、狭野(新宮市佐野)から熊野の神邑(みわのむら=新宮市新宮)にいたると嵐に遭遇し、一行の乗った船が危うくなった。そこで神武天皇の2人の兄・稲飯命(いないのみこと)と三毛入野命(みけいりののみこと)が荒波を鎮めるために次々と海へ飛び込んだ。こうして神武天皇は3人の兄すべてを失い、ようやく熊野の荒坂津(あらさかのつ)にたどりついたのである。
 
 東征軍の試練はまだ続く。一行は今度は、その土地の神の祟りに遭って皆、体力を奪われ戦意喪失してしまう。そこへ現れたのが高倉下(たかくらじ)という人物で、天照大神から下賜された韴霊(ふつのみたま)という剣をもって助けに来る。そのおかげで一行は精気を取りもどし、再び大和を目指して進軍を開始するのである。一行がしばらく険しい地形の道を進んでいくと、やがて道に迷ってしまう。すると神武天皇の夢枕に天照大神が現れ、ヤタガラスという烏に道案内をさせるというので、一行は飛来したそのカラスに従って進んでいく。大和を目前にした8月2日、神武天皇はその土地(奈良県宇陀郡)の首長である兄猾(えうかし)と弟猾(おとうかし)を呼び出すが、弟だけが現れて、兄は神武殺害を企んでいると告げる。その情報にしたがって兄は討伐され、東征軍は吉野へ入る。
 
 吉野の山中では、しかし山賊たちが手ぐすね引いて一行を待っていた。八十梟師(やそたける)と兄磯城(えしき)で、弟磯城(おとしき)は恭順の意を示した。神武天皇は11月、大軍を率いてこれらの賊を討伐し、12月にいよいよ長髄彦と2度目の合戦のために対峙するのである。何度も戦ったが、敵は強く破ることができない。すると氷雨の中、金色のトビが飛んできて神武天皇の弓の上にとまる。そして、体を光り輝かせたので、長髄彦の軍勢は目を眩まされ戦意を失う。東征軍は勢いを増して敵を攻める。その時、長髄彦は使いを寄こし、「自分は天神(あまつかみ)の御子である饒速日命(にぎはやひのみこと)を君として仕えてきたが、あなたも天神の御子という。いったい天神は2人いるのか?」と自分の正統性を主張する。ところが、大和を治めていた饒速日命は、長髄彦が事情を理解できないと見て殺害し、神武天皇に帰順してくる。こうして大和は平定されるのである。
 
 上に掲げたのは“大筋”であるから、細かい出来事は省略してある。しかし、一連の物語の流れは、これで分かると思う。何か不思議な点はないだろうか? 普通考える“英雄物語”としては、何か不自然なところはないだろうか? ここに出てくる英雄は、いわゆる“スーパーマン”ではない。何度も苦戦し、家族さえを失い、不如意の行軍を余儀なくされるが、その要所要所で必ず“援助者”や“援護者”が出てくるのである--九州を出る際に水先案内を買って出る者、魔法の剣を持ってくる者、霊力のあるカラス、兄の奸計を暴露する弟、金色のトビ、そして最後は、敵であったはずの支配者の帰順……。実は、こういう筋書きは、神武東征だけにあるユニークなものではなく、世界の英雄物語に広く共通するのだ、とキャンベルは言う。

「ひとたび境界を越えると、英雄は妙に流動的で輪郭もさだかでない、夢のような風景に足を踏みいれ、そこでえんえんと続く試練に耐えて進まなければならなくなる。この局面は神話冒険の1つの見せ場をなしていて、苦難にみちた摩訶不思議なテストや試練を主題とする文学をこれまで大量に産みだしてきている。英雄はこの領域に立ち入るまえに出会った超自然的な庇護者の忠告や護符や密使たちにより、蔭ながら護られている。あるいはここにいたって、その超人的な境界通過の道すがら、いたるところで正体不明の慈悲の力が自分の後楯になってくれているのにはじめて本人が気づく場合も少なくない」(p.115)

 神武東征の物語には、神話の英雄の行動の3段階目--「帰還および社会との再統合」が一部欠けている。が、国家を統一したのであれば、その本人がいる場所はどこでも自分の国なのだから、わざわざ帰還する必要はない。また、自分が日本国全体の君主になるのであれば、それがすなわち「社会との再統合」を果たすことだと見ることもできる。このようにして、日本の建国神話の背後にも世界の神話共通の“英雄物語”のパターンが潜んでいることが分かる。もちろん、登場人物の名前、性格、行動は日本独特のものである。が、そのような日本人の顔をもち、日本的な衣装をまとうことで、一人の“英雄”が千年以上も日本人の心を動かし続けてきたその物語の筋書きは、世界共通なのである。
 
 我々はだから、この“英雄”を愛し、理想とするのと同時に、世界各地にいる“英雄”もそれと同様に愛すべき存在であり、かつ価値ある理想像であることを知り、それぞれの顔や名前、性格や行動の細部が異なることを、善悪や優劣の基準にしてはならないのである。

谷口 雅宣

【参考文献】
○ジョセフ・キャンベル著/平田武靖・浅輪幸夫監訳『千の顔をもつ英雄』上下巻(2004年、人文書院)
○関裕二著『神武東征の謎』(2003年、PHP文庫)

|

« 神武東征の神話考 | トップページ | 愛の交換日 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 神武東征の神話考 | トップページ | 愛の交換日 »