ブレア首相の論文を読む
私は12日の本欄で、ブッシュ米大統領の新しいイラク政策に関する演説を聞いた感想を書いた。その時、「イスラム過激思想とのイデオロギーの闘争を物心両面で長期にわたって行う」というブッシュ氏の考え方に反対した。それではイスラム全体を敵に回す可能性があるから、“文明の衝突”をまさに地で行く愚行であり、さらに「悪を認めれば悪が現れる」という心の法則を無視している、と思ったのである。私は、このようなブッシュ氏の考え方はアメリカでは少数派であることはもちろん、世界的にもきわめて特殊なものと考えていた。ところが、アメリカの外交専門誌『Foreign Affairs』の最新版(Jan-Feb 2007)に載ったイギリスの首相、トニー・ブレア氏(Tony Blair)の論文を読んで、“ブッシュのプードル”などと批判された彼が、実はブッシュ氏に輪をかけて「イデオロギー闘争」論者であることを知って驚いたのである。
このブレア論文は「地球的価値のための戦い」(A Battle for Global Values)という題で、12ページにわたるもの。ブレア氏はまず、イスラム過激主義の根源を分析し、現在の世界的な闘争の背後にある“本質”を指摘、この闘争を完遂するためには“二正面作戦”が必要だとして、アメリカとヨーロッパを中核とした自由民主主義の陣営の結束を呼びかけている。これは、同じ雑誌の1947年7月号に「X」というペンネームで発表されたジョージ・ケナン氏(George F. Kennan)の歴史的論文「ソ連の行為の源泉」(The Sources of Soviet Conduct)を思い出させる、と言えば言いすぎだろうか。
ブレア氏の見るイスラム過激主義の根源とは、ルネッサンスを経て啓蒙主義がヨーロッパを席捲した後の20世紀初頭から始まる。イスラム世界ではヨーロッパの変革を目のあたりにして不安を感じ、植民地主義に対するナショナリズムが生まれ、逆に政治的抑圧が進んだり、その反動として政治的、宗教的過激主義も生まれたという。このイスラムの過激主義に対して、権力の座にある者は過激派指導者層の一部と急進的思想の一部を取り込んで懐柔を図ったが、その結果はほとんど「失敗だった」という。なぜなら宗教的過激主義は尊敬すべきものとされ、政治的急進主義は抑圧されたからだという。その結果、多くの人々は、「イスラム世界に自信と安定を取りもどすためには、宗教的過激主義と人気取り政治を組み合わせ、“西洋社会”とそれに協力するイスラム支配層を敵に仕立てる」方法を採用したというのである。
ブレア氏が上で言っていることは必ずしも明確でないが、モスレム同胞団に始まりワッハーブ主義に至るイスラムのスンニ派原理主義のことを指しているのだろう。さらには、ワッハーブ主義を国教としながらも、“異教徒”であるアメリカの基地を国内に認めたサウジアラビアに宣戦布告したオサマ・ビンラディンと、その後継者たちのことを指しているのだろう。このアルカイーダの思想がアラビア半島から海外に広まることで、9・11事件その他の宗教テロリズムが世界中で起こったと考えているのだ。
その影響力が「世界中」に及んでいることを示すために、ブレア氏はアメリカだけでなく、インド、インドネシア、ケニア、リビア、パキスタン、ロシア、サウジアラビア、イエメン、アルジェリアなどの国々、地域ではチェチニアやカシミールの名前まで挙げている。そして「今日では30から40の国々で、テロリストたちはこのイデオロギーと緩くつながった行動を取ろうとしている」というのである。ブレア氏は、この動きを1つの“運動”として捉え、「それはイデオロギーと、一定の世界観と、深い信念と、狂信的な決意」をもっており、「多くの点で、初期の革命的共産主義に似ている」と言う。すでに触れたが、ブレア氏のこのような物の見方が、ケナン氏の共産主義に対する見解を彷彿させるのである。
ケナン氏の場合は、ソ連の世界共産化の動きに対して、「平和で安定した世界の利益を侵食する兆しがあるならば、それがどこであっても、頑強な反発力によってロシア人に立ち向かうための堅い封じ込め政策」を提案したのである。
谷口 雅宣
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コメント
副総裁先生
アメリカを中心とした連合国のイラク駐屯は
姿を変えた十字軍の遠征のような気がしますが間違いでしょうか?
13世紀までに行われた十字軍の遠征はエルサレムの奪還で、
現在は石油資源の確保と、
目的は代わってもキリスト教国とイスラム教国家との戦争のような気がします。
それにしてもブレア首相がそれほどイスラム圏に敵意むき出しとは知りませんでした。
投稿: 佐藤克男 | 2007年1月16日 13:17
佐藤さん、
>> アメリカを中心とした連合国のイラク駐屯は
姿を変えた十字軍の遠征のような気がしますが間違いでしょうか?<<
間違いだと思います。それは、イスラム過激派が言っていることで、その論法に組み込まれると“文明の衝突”のワナにかかってしまいます。
投稿: 谷口 | 2007年1月16日 15:05