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2007年1月22日

幹細胞に潜む「ガン化」の危険

 受精卵や卵子などの生殖細胞から作り出されるES(胚性幹)細胞の研究と利用について、私は本欄や著書を通じて一貫して反対を表明してきた。主たる理由は、これが他者の犠牲の上に成り立つ技術であるからで、そのほか移植時の拒絶反応など安全性の問題、クローン人間誕生の危険などいろいろある。しかし、私はすべての再生医療の研究に反対しているのではなく、患者の体内にもともとある成人(体性)幹細胞を使ったものについては、積極的にその研究に賛成してきた。しかし、後者については、これまでどれほどの治療実績があるのかよく知らなかった。今日(1月22日)の『日本経済新聞』には、その点をまとめた記事が掲載されていて、興味深く読んだ。

 記事には「ES細胞を使わぬ再生医療」という題がついており、これを実施または計画中の医療機関として、京大、札幌医大、山口大、国立循環器センター、大阪医大、埼玉医大、信州大、関西医大、自治医大、京都府立大、岡山大、久留米大など多くの機関名が挙げられている。使用される幹細胞は、骨髄液、足の筋肉、脂肪、心臓、腕や足の血液などから採取し、それを人工増殖して患部に投与したり、接合させる。これによって、血行障害や角膜再生、乳癌切除後の乳房再建、脳梗塞など、国内ですでに100件を超す臨床研究が実施されているという。
 
 これに対して、ES細胞を使った臨床研究が国内で行われたという事実を私は知らない。これは、ES細胞の入手が困難であり、安全性にも問題が残っているということを示しているのだろう。それなのに医学会がES細胞の研究・利用に熱心なのは、これが他の体性幹細胞に比べて“万能性”に優れていると考えられているからだ。この場合の“万能性”とは、ES細胞から分化して成長する細胞の種類が、他の体性幹細胞のそれよりもずっと多いとされていることを意味する。しかし、この“万能性”の中に危険性が潜んでいるという専門家の見解もあるのだ。ES細胞のことがメディアで報道される際、この危険性のことには全く触れられないことが多い。
 
 昨年12月16日の本欄で、私は「ガン幹細胞」の存在について書いた。これは「ガン細胞を生み出す幹細胞」のことで、白血病、乳ガン、脳腫瘍、卵巣ガン、肺ガン、皮膚ガンに、これが存在することがすでに確認されている。1月8日付で Newswise 上に概要が発表された南カリフォルニア大学などの研究によると、「ガンは少数の幹細胞から生じる」という仮説を裏づける結果が乳ガン、結腸ガン、肺ガン、卵巣ガンで確認されたという。

 幹細胞は、後に他の細胞に分化する際に働く遺伝子が“オフ”状態になっていると考えられている。正常の幹細胞では、この“オフ”状態が“オン”状態へもどり、必要な細胞へと分化する。しかしガン細胞では、この“オン”のための遺伝子が「DNAメチル化」(DNA methylation)という遺伝によらない過程によって変異し“オン”状態にもどらなくなっているらしい。上記の研究論文では、「可逆的な遺伝子抑制は恒久的な遺伝子抑制に取って代わり、その細胞を永久的な自己更新の状態に置くことで、後に続く悪性変異の素因をつくることになる」と表現している。これはつまり、幹細胞自体にガン細胞へ変異する可能性が含まれているということだろう。

 ここで問題になるのは、ES細胞と体性幹細胞のどちらがガン化の可能性が高いかだが、この点について論文は何も触れていない。この点の研究が進めば、同じ幹細胞であっても、ガンとの関係でES細胞と体性幹細胞のどちらがより安全であるかという医学的な判断ができるようになるだろう。そうなれば、再生医療の方向性にも大きな影響が出てくるに違いない。

 ところで、私がここで指摘しておきたいのは、人間の肉体の生と死は、「ガン」という病気において併存しているという点である。限りなく自己更新を行う幹細胞は、「生きたい」という意志の体現者である。しかし、その「生きたい」意志が止まらなくなると、細胞はガン化して結局、生体全体の死を招くことになる。ここに、再生医療が抱える基本的な問題があるように感じられる。
 
谷口 雅宣

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