« 気がかりなブッシュ演説 | トップページ | ブレア首相の論文を読む »

2007年1月13日

羊水から幹細胞を得る

 私は本欄や著書などで、受精卵や卵子を使ってES(胚性)細胞を得ることにたびたび反対し、その代りに宗教的、倫理的問題が少ない成人(体性)幹細胞の研究を推進すべきことを述べてきた。医学的に言っても、後者は患者本人の細胞を使えるため、拒絶反応の心配が少なく安全であるからだ。しかしその反面、成人幹細胞は、ES細胞のように一度にまとまった量を得ることが難しく、分化能力についてもES細胞の“万能性”には劣るとされてきた。ところが最近、人間の子宮中の羊水からES細胞に似た幹細胞を取り出して、組織や臓器に分化させることにアメリカの研究グループが成功した。羊水中の幹細胞は、分化の方向が決まっている幹細胞とES細胞の中間的な性質をもっていると見られ、再生医療の分野で宗教的・倫理的問題をクリアできる可能性があるとして注目されている。

 1月8日付の共同電9日付の『ヘラルド・トリビューン』紙などによると、この研究はアメリカの科学誌『Nature Biotechnology』(電子版)に7日付で発表されたウェーク・フォーレスト大学とハーバード大学の研究者の論文で明らかになった。研究者らは、妊娠した女性の子宮の羊水から幹細胞を抽出し、培養した後、神経、肝臓、血管、脂肪、骨の細胞に分化させることに成功した。主任研究者のアンソニー・アターラ博士(Anthony Atala)によると、この幹細胞の特定には約7年を要したが、分化能力は優れていて、今後さらに何種類の細胞に分化できるかわかっていないという。また、ハーバード大学のジョージ・デイリー博士(George Daley)は、将来、妊娠中の女性が羊水を取って凍結することにより、その子の成長後に拒絶反応のない治療ができる可能性があるとしている。

 羊水の採取は、胎児の異常などを調べる羊水検査でごく普通に行われているため、母胎への危険も少ない。難点は、この幹細胞の割合が羊水中の細胞全体の1%と少ないことだが、36時間で倍増する高い増殖能力をもっているという。
 
 この研究については、ローマ法王庁も歓迎しているようだ。9日付のロイター電によると、ヴァチカンのジャヴィエル・ロザーノ・バラガン枢機卿(Javier Lozano Barragan)は8日、地元の日刊紙のインタビューに答え、この研究を「とても重要で、倫理的にも容認できる進展だ」と評価し「教会は反啓蒙主義ではなく、命の源泉を脅威にさらしたり、操作したりしない科学の進歩については、いつでも歓迎する用意がある」と述べたという。

 ところで、アメリカの連邦議会下院は11日の本会議で、ES細胞研究への予算の使用制限を緩和する法案を253対174票の賛成多数で可決した。この法案は、不妊治療でつくられた“凍結余剰胚”から抽出されたES細胞の研究に、連邦予算の使用を許そうとするもので、同様の内容の法案は昨年も可決されたが、ブッシュ大統領の拒否権行使で成立しなかった(昨年7月20日の本欄参照)。ホワイトハウスは11日に声明文を出し、「この法案は、人間の受精卵を意図的に破壊することで可能となる研究のために、すべてのアメリカ人に納税を強いるものだ」として、大統領は今回も拒否権を発動するだろうと宣言した。
 
 13~14日付の『ヘラルド・トリビューン』紙によると、この法案に反対した何人かの共和党議員は、上記の羊水から得る幹細胞や成人幹細胞の可能性について触れた。例えば、テキサス州選出のジェブ・ヘンサーリン議員(Jeb Hensarling)は、「私は、多くのアメリカ人が道徳的に抵抗のある研究に資金を供与するのでない、倫理的な幹細胞の研究には賛成だ」と言ったという。これはヴァチカンの立場と同じであり、私の考えとも一致するものだ。

谷口 雅宣

|

« 気がかりなブッシュ演説 | トップページ | ブレア首相の論文を読む »

コメント

谷口雅宣先生

私もこの記事の見出しを『ヘラルド朝日』で見て「へぇ…」と感心しておりました。何の犠牲も必要ない再生医療の道がますます切り開かれていくことを願うばかりです。

ところで、今日自宅で開いた青年誌友会で分かったことなのですが、我が家の誌友会に時々参加してくれている青年のお姉さまが、ここで何度かご紹介いただいている京大再生医科学研究所の山中伸弥教授のもとで、研究をされているのだそうです(この山中教授と私とは親族関係にあるわけではないのですが)。つまり、生長の家の信仰を持たれているご家庭のお嬢様が、この山中教授のもとで研究生活をされているのです。不思議な符合だな…と驚きました。

そのお母様に、ここで山中教授のことが書かれていることをお伝えしておきましたので、これがきっかけで、そのお嬢様にも『小閑雑感』に興味を持っていただければ、と思っております。

投稿: 山中優 | 2007年1月14日 22:16

山中さん、

>>我が家の誌友会に時々参加してくれている青年のお姉さまが、ここで何度かご紹介いただいている京大再生医科学研究所の山中伸弥教授のもとで、研究をされているのだそうです<<

 The like attracts the like ...ということでしょうか?(笑)
山中優教授のところへは、もっとスゴイ人材が集まってくるでしょう!

 本年もよろしくお願い致します。

投稿: 谷口 | 2007年1月15日 12:58

谷口雅宣先生

>> 山中優教授のところへは、もっとスゴイ人材が集まってくるでしょう!

私は今はまだ“助教授”ですが(笑)、いずれにせよ、素晴らしい人材が集まってくるにふさわしい、神の御心を素直に行じる研究者でいられるよう、これからも自分を磨いていきたいと思います。

こちらこそ、本年もよろしくお願い致します。

投稿: 山中優 | 2007年1月15日 22:55

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 羊水から幹細胞を得る:

« 気がかりなブッシュ演説 | トップページ | ブレア首相の論文を読む »