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2007年1月27日

大企業の環境対策

 生長の家講習会のために松山市に来ているが、今日の『愛媛新聞』を開いたら、見開き2ページの全面を使って、ある大手スーパー・チェーンが大広告を出していた。広大な敷地をもつ宮崎県のショッピング・センターの航空写真を紙面の真ん中にすえた広告で、右上の目立つ位置に「木を植えています」と書いてある。そして広告の下段には、そのスーパー・チェーンのグループが運営する財団が、どれだけの数と種類の自然保護団体やNPO法人に助成金を出してきたかを示すために、助成金を受けた団体名が小さい文字でビッシリと書き込まれている。私はこの広告を見て、その右上の言葉「木を植えています」を何回も読み直してしまった。

 なぜなら、私にはその言葉が「木を伐っています」と読めるからだ。もちろん、広告コピーの文字は実際に「木を植えています」と書いてある。しかし、ほとんど木の生えていないショッピング・センターと駐車場が延々と広がっている見開き2ページの写真は、どう見ても「これだけ木を伐りました」と言っているように見えるのだ。この財団が植林活動をしている多くの団体に助成金を出したことは事実だろう。が、「それはいったい何のためか?」と考えてしまう。自分が切った木の数だけ他人に植えてもらうためか。それで問題は帳消しになると考えているのか。いや、自分の行った開発行為によって失われた樹木の10倍、100倍の木をどこか別の所に植えたとしても、そんなことで何かが改善するのだろうか、と考えてしまう。
 
 同じ広告の別のところには「お買い物を楽しんでいただくのはもちろん、暮らしのもっと身近なところでもお役に立ちたい。快適で安心な地域コミュニティーの中心として、たくさんの笑顔が集まる場所になりたい」とも書いてある。これが何を意味しているのか、私にはよく分からない。しかし、ショッピング・センターだけの機能では満足せず、そこに1つの“ミニ社会”の機能を備えて、地域の「中心として」の役割をもちたい、と言っているような気がする。自分の設計した“ミニ社会”を造り上げて、人々がそこで社会生活のほとんどができるような機能をもたせたい、とでも言っているのだろうか。私には、それは何か不吉なことのように思えてならないのだ。
 
 考えすぎであればいい。しかし、私が生長の家の講習会のために日本各地を回って強く感じるのは、地方都市と地方文化の衰退である。趣のある駅舎をもつ都市も、駅前商店街は寂れ、官庁や銀行のある中心部の商店街でさえ、シャッターを閉めた店舗が並んでいる所は珍しくない。その大きな原因が、郊外型ショッピング・センターの繁栄なのである。そして、そういう大ショッピング・センターは、大企業の全国展開の1つだから、テナントの種類も、品揃えもサービスも全国一律である。中で売られているものは、どこの地方でも東京や名古屋や大阪にいるのとほとんど変わらない。そういうものを造ることで「たくさんの笑顔が集まる場所」になると考えることが、私にはちょっと信じられないのだ。
 
 大企業や企業グループが、地球環境問題の解決に真面目に取り組むことはも、ちろん大賛成だ。しかし、本当は環境破壊をしているのに、していない素振りをするための一種の“企業イメージ戦略”として、環境問題に中途半端に取り組むのは、あまり感心しない。それは、タバコメーカーが肺ガン治療のために寄付金を出すのと似ている。現在、スイスのダボスでは、世界の政治家やビジネス指導者が集まって、恒例の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)が行われている。今年の会議では地球環境問題に関心が集中しているというが、その「関心」も“企業イメージ戦略”を超えた本物であってほしいのである。
 
 27~28日付の『ヘラルド朝日』紙によると、このフォーラムに参加している多くの大企業は、自社が“環境への配慮”に優れているというイメージを打ち出すことに熱心であっても、実際には環境を破壊する部門の売り上げがそうでない部門よりもはるかに大きい場合があるという。また、大企業がこぞって“環境重視”のスタイルを打ち出すことで、かえって好ましくない効果が生じるとも指摘している。その効果とは、一般消費者が「環境問題の解決は大企業に任せればいい」という間違った印象をもち、省エネや省資源の努力をしなくなることである。

 私は昨今、東京の夜を車中から眺めるにつけ、かつて省エネの面から問題視された「ライトアップ」という電力の浪費が、続々と復活していることを目の当たりにして残念に思うのである。夜景の美しさと地球環境との本当の関係を、私たちは忘れているのではないだろうか。夜は暗くなることで、月の美しさ、星々の美しさが如実に感じられるのである。イルミネーションの美しさは、あくまでもその代用品であることを忘れてはならない。

谷口 雅宣

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コメント

副総裁先生

全く同感です。
大企業が環境保全の真似事をするのは環境保全のためではなく、
自社のイメージアップのためなのです。
おかしいですよね。

エコ企業の番付と言うのを聞いた事ございますでしょうか?

その番付が50位以内に入ると売上に影響するのだと言って、
そのために環境保全の真似事をしている企業を数社知っておりますが、
ほとんどの企業がそうだと言って間違いが無いと思います。

だから、そのショッピング・センターもわざわざ広告まで出してイメージアップを図っているのです。

淋しい限りですね。

投稿: 佐藤克男 | 2007年1月30日 17:40

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