« 地球環境で“明るいニュース” | トップページ | グーグルで火星を眺める »

2006年12月20日

Web版『日時計日記』に参加を!

 生長の家のスポンサー・サイトの1つとして“Web版『日時計日記』”が、12月20日にスタートした。『日時計日記』とは、毎日“よいこと”ばかりを記録していくことを目的に今年10月半ば、生長の家から発刊された日記帳である。生長の家では、昭和5年の発足当初から「日時計主義の生活」を提唱してきたが、その具体的な実践を「日記帳」によって支援しようという試みは今回が初めてだ。その“第1弾”となった「2007年版」はなかなかの反響で、発刊以来すでに3刷、3万2千部が流通している。私も、生長の家講習会では受講者に購入を勧めている。

 今回の“Web版”は、「製本した日記帳」があくまでも個人用であり“閉じられた空間”であるのに対し、誰でも書き込める場となったことで“開かれた空間”へとひろがったと言える。それはまた、日本語を読める世界中の人々の共同作業によって、個人的な「よいことの記録」をネット上に構築しようとする野心的な試みと見ることもできる。生長の家のスポンサー・サイトにはすでに「日時計ニュース.com」というのがあるが、ここではネット上の報道記事などから「よいニュース」を集めることで、公的な「よいことの記録」が集積している。これに加え、Web版『日時計日記』ができることで、私的・個人的な「よいことの記録」がネット上に集積していく可能性が拡大したのではないだろうか。

 少し面倒くさい表現をしてしまったが、もっと簡単に考えて下さっていい。それは、製本版『日時計日記』の“マニュアル”や“記入見本”としてWeb版を利用するのである。『日時計日記』には7項目の記入欄があるが、どれもあまり「一般的」とはいえない。だから、初めて記入する人の中には何を書けばいいか戸惑う人もいるだろう。そんな時、Web版のサイトにアクセスすれば、ほかの人が何をどう考え、どう記入しているかが分かる。それを参考にして、自分の製本版の日記帳の欄を埋めるのはどうだろう。また時には、自分だけ知っているのではもったいないような「よいこと」が起こることもある。そんな時、「ねぇねぇ聞いてよ、こんないいことあったんだから」という気持でサイトに書き込めば、きっと大勢の人々と喜びや感動をともにすることができるだろう。

 このような様々の意味から、本欄をご愛読くださっている読者にはぜひ、Web版『日時計日記』のご支援もお願いしたいのである--ということで、“言いだしっぺ”の私としては、発足初日の20日午後5時前に、次のような応援演説をWeb版に書き込んだ:
 
「今日、Web版の『日時計日記』が発足したことで、生長の家の運動に“革命的”な発展がありました! 世界中の生長の家の信徒が、またそうでない全く生長の家を知らない人も、一堂に会して“よいこと”を語り合う場ができたということです。このような場は、生長の家の歴史始まって以来のことではないでしょうか? 大いに活用し、また改良して、オンライン版の光明化運動を進めていきましょう!」

 ところで、製本版の『日時計日記』をお持ちでない読者のために少し補足を……。『日時計日記』にある7項目の記入欄とは、①神想観、②聖典・聖経、③愛行、④祝福・讃嘆・感謝の言葉、⑤私の希望・願い、⑥環境に配慮したこと、⑦日記、である。Web版では毎日、これら7項目の表題だけを掲げた空欄を設けていくので、その中の1項目だけでも、該当するようなことがあれば、コメントとして記入していただきたい。また、とりわけて記入することがない場合でも、誰かの記入を見て「励まし」や「讃辞」をコメントとして書き込んでくだされば、そのこと自体が『日時計日記』の目的に合致すると思う。

  最後に、上記7項目のうち分かりにくい言葉を簡単に解説すると--「神想観」とは、生長の家の推奨する座禅的瞑想法のこと。「聖典」とは生長の家創始者・谷口雅春先生と奥様、生長の家総裁・谷口清超先生と奥様の著作になる単行本のこと。「聖経」は、生長の家で「お経」と呼ばれている聖経『甘露の法雨』『天使の言葉』『続々甘露の法雨』など。「愛行」とは、人に愛を与える行動で、仏教的には布施のこと。法施と物施がある。

谷口 雅宣

|

« 地球環境で“明るいニュース” | トップページ | グーグルで火星を眺める »

コメント

副総裁
 谷口 雅宣 先生

合掌、ありがとうございます。
『日時計日記』のブログを立ち上げて以来、先生には、色々とご指導いただきましてありがとうございました。先生からご提案を頂き、おかげさまで “web版『日時計日記』”を発信できましたこと、心から感謝申し上げます。先生が、このブログに “Web版『日時計日記』に参加を!”と掲載いただきましたので、お陰様で、書き込みが多くなり、一気ににぎわって参りました。生長の家の歴史始まって以来のことと、表現されましたこのブログを、今後“このようにしたい”という希望もあり、徐々に改良して参りたいと思っております。オンライン版の光明化運動をしっかりとすすめてまいります。ありがとうございます。
大久保 恭子拝

投稿: 大久保 恭子 | 2006年12月22日 10:42

直接関係はないのだが、白鳩12月号の純子先生のエッセイ「男子誕生」について釈然としない思いがありましたので、ここに書き込みします。

皇室の女性であっても、その人自身が人生を設計する自由はあるのではないでしょうか。皇室のしきたり?や大衆の意向があるため、誰かが犠牲になっているという見方もできると思いますが、見方を変えれば(観の転換)、「心に深い傷」とか「不幸」とか「犠牲」という言葉を使わないこともできる。

日々の生活を、マイナス思考で生きていくのなら、人は毎日「心に深い傷」を負うし、「不幸」であるし、「犠牲」になっている。
生長の家の教えは、自分の周りに起こることを観世音菩薩と見るとか、神の愛の現れとして見ることによって、つまり、プラス思考ということなのだが、真・善・美の世界を実現するものなのではないだろうか。

社会のしくみ等の不備や欠陥を是正することは必要なことだが、心の持ち方で環境を変えていく事もできる。このことに関することも、エッセイの中で触れてもらいたかったと、私は思います。

生長の家は、何故「天皇国日本」を大事に扱ってきたのだろうか。そもそも「天皇国日本」って何だろう。そして「天皇国日本」と「今の皇室」・・・・・確固とした思いが、現実に示された問題提起に、ぶれています。

投稿: 早勢正嗣 | 2006年12月23日 21:15

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Web版『日時計日記』に参加を!:

« 地球環境で“明るいニュース” | トップページ | グーグルで火星を眺める »