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2006年12月 8日

紅葉を愛でる

 12月ももう1週間を過ぎてしまった。今年は全国で紅葉が遅れているため、東京では今がちょうど見ごろである。今年は特に、街路樹のイチョウが美しく見える。原宿から新宿にいたる明治通りの両脇のイチョウは、黄金色の木と、まだ黄緑色の木と、その中間色にある木の組み合わせが、何とも快い調和を見せている。もう葉が散り始めている木も多いから、歩道には金色の絨毯が敷かれているようだ。名所で知られる明治神宮外苑のイチョウ並木の下には、今日も人混みができていた。そこは私のジョギング・コースでもあるが、1週間ほど前から昼間には人が多く集まっていて、ぶつからずに走ることができない。そこで今日もコースを変えて走った。
 
 前日の7日は休日だったので、妻と連れ立って調布市の深大寺まで足を延ばした。この日も寒い曇り空だった。深大寺はソバで有名だから、昼食は当然ながらソバ屋へ入った。ここでの食事はもう何年ぶりだろうか。子供がまだ小さい頃は、祖父母の墓がある多磨霊園からの帰途、よくここへ寄った。妻は温かい汁ソバを注文したが、私は山菜せいろの大盛りを頼んだ。店の女主人が「冷たくていいんですか?」と念を押した。私は大きく頷いた。きちんとした手打ちソバは、冷たいままで食べる方が腰があって好きだからだ。食後、寺の境内を散歩した。本堂前のカエデが何本も真っ赤に染まっていた。太いレンズを付けたカメラを構えて、そういう1本を写真に収めている60代の男性がいた。空が青ければもっと赤が引き立つとは思ったが、私もデジカメを構えて2~3枚撮影した。

 深大寺からの帰りは、ケヤキ並木の美しい甲州街道を通った。ケヤキは1本の同じ木に赤も黄色も、赤銅色の葉もある。それが風に乗ってはらはらと散るさまを、ハンドルを握る人は視界の隅でとらえるだけだ。見とれていると、追突の危険があるからだ。京王線の「つつじが丘」駅付近へ来ると、我々夫婦は少し感傷的になった。かつて二男と長女が甲州街道沿いのアパートに2人で住んでいて、我々は近くの寿司屋や中華料理店に彼らを誘い出し、一緒に食事をしたものだ。つい数年前のことだが、季節がなぜか懐かしさを盛り上げる。妻は、カーオーディオを操作し、やがてスピーカーからはイブ・モンタンが『枯葉』を歌うもの憂いフランス語が聞こえてきた。

Mtimg0611013  以前に本欄でも書いたが、紅葉を語るならばサクラに触れなければいけない。日本人はサクラ好きだから、サクラの木は都会にも数多くある。我々の家の庭にもヤマザクラが1本あるが、職場の敷地にも数本、「渋谷区保存樹木」という札を下げたサクラがある。隣の東郷神社にも、通勤路途上のラ・フォンテーヌ通りにも、産土様のある穏田神社にもある。その下を歩けば、秋が深まるにつれて落ち葉の数が増え、色もしだいに美しくなる。サクラの葉は、黄葉もあれば紅葉もある。1枚の葉に緑色から黄色、山吹色、朱色、深紅にいたる無限のグラデーションを表しているものもある。裏返っている葉を拾い上げて、ハッと息を呑むこともある。アスファルトの道端に無造作に落ちたそれらの1枚1枚が、第一級の芸術作品だ。

 だから、この季節の私の夢の1つは、そういうサクラの葉を毎日1枚だけ拾い、それを1枚の絵に描き、次の日の1枚との出会いを待つこと……そんな贅沢な時間を、秋は我々に提供してくれるのだ。
 
谷口 雅宣

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