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2006年12月25日

わが家のクリスマス

 昨夜は、子供3人を含めた家族全員で、私と長男のそれぞれの誕生会、そしてクリスマス・パーティーを兼ねた集いを自宅でもった。わが家に家族全員が集まるのは久しぶりで、妻は腕によりをかけてご馳走を作り、私も海苔巻きとハタハタの握り寿司を作った。食事が終ると、恒例のプレゼント交換をした。その際、5人のうち誰が先にプレゼントをもらうかを抽選で決める。これを、ジャンケンやアミダ籤などで決めるのでは面白味がないので、前年までは「ダイナマイト・ショック」という黒い爆弾型のタイマー付きクラッカーを使って決めていた。タイマーをセットしてカチカチと音をたてる爆弾を各人に回し、それが爆発した時に手に持っていた人がプレゼントをもらうのだ。ところが今年は、それに必要なクラッカーが販売終了だというので、息子たちが新しい抽選装置を買ってきた。
 
 それは、知る人ぞ知る「黒ひげ危機一発」というゲーム器だった。黒ひげを生やした海賊がウイスキーの樽の中に入っているのを、周囲からナイフを1本ずつ刺していく。ある所へ刺すとバチーンという音とともに、黒ひげが跳ね上がるのだ。そのナイフを刺した人が、プレゼントをもらう幸福者だ。そんなものに興じながら、親も子どもも小中学生にもどって騒いでいるうちに、時計は10時半を回ってしまった。翌日は皆、仕事があるので子どもたちは退散し、我々夫婦も後片付けもそこそこに就寝準備となった。

 日本のクリスマスでは、宗教色のないこのような親睦会のような集まりが、それこそ全国各地で行われる。よく考えてみると、キリスト教がマイノリティーである社会にあっては不思議な現象である。私はこのことを昨年11月17日の本欄で触れ、日本に於いては「盆や正月と同じような年中行事としてクリスマスを祝う」ことを肯定的に評価した。なぜなら、その時説明したように、「ある宗教が文化や時代を超えて広く伝播し、多くの人々に受け入れられるためには、発祥地の習慣や、発祥当時の決まりごとに修正を加え、伝播地の文化を取り入れ」ることは普通に行われているからだ。

 この話を、どこかの生長の家講習会でしたとき、「日本ではクリスマスが商業主義に堕していることは、嘆かわしいではないか?」という意味の質問をもらったことがある。私は、極端な商業主義は好ましくないが、そうでない場合は必ずしも嘆かわしいとは思わない。家族団欒や職場の親睦のための機会は、クリスマス以外にもあると思うが、それを“商業主義”として批判する人は少ないと思う。年末年始のセールも“商業主義”と言えばいえないこともない。では、初詣客目当ての露天商は商業主義ではないのか? 神社仏閣で大きな行事があるときに「門前市が立つ」ことはどうか?……などと考えていくと、1つの宗教的行事をどの程度真剣に「信仰」の問題として捉えるかには、かなりの個人差があることが分かる。その個人差を狭めていく方向がよいかどうかの判断は、案外むずかしいと思う。これは1宗教にとってむずかしいだけでなく、人類全体にとってもむずかしい。しかし、これにある程度の“幅”を認めないと、どこかの原理主義国家のような堅苦しい社会になるのではないだろうか。

 話が少し脇へズレた。最近、家の整理をしていた妻が、子どもがまだ小さい頃に私が作ったという“手描きの絵本”を見つけた。画用紙にクレヨンで描いた稚拙なマンガだが、クリスマスに関係する内容なので、ご披露する。

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谷口 雅宣

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コメント

谷口雅宣先生

 先生ご一家の楽しいクリスマスのご様子を垣間見させて頂きました。お子様が成人されて社会人になられてもクリスマスパーティをされるなんて素晴らしいと思いました。
 私の家族は妻と17歳の息子一人ですが、クリスマスパーティをしようと妻に言ったら、「いつまでも子供っぽい」と言われてしまい、息子も特別やらなくていいと言っていました。寂しいものです。
 私は地方講師を拝命しておりまして、イブの夜はあいにく誌友会の出講で出かけなくてはならず、帰宅したのは9時過ぎで家族はもう食事を済ませておりました。でも昼間に妻とケーキを買いに行き、買い物だけでもクリスマス気分を味わいました。
 ところで先生の絵本、大変楽しく拝見させて頂きました。思わず笑ってしまいました。でもこの絵と言い、セリフと言い、ストーリーと言い、ユーモアたっぷりで先生の崇高なイメージとはどうしても結びつきません。

堀 浩二拝

投稿: 堀 浩二 | 2006年12月26日 17:58

堀さん、

 コメント、ありがとうございます。

>> でもこの絵と言い、セリフと言い、ストーリーと言い、ユーモアたっぷりで先生の崇高なイメージとはどうしても結びつきません <<

 ふーむ……私に“崇高なイメージ”ですか? 昔、怪人20面相とかいう人がいましたが、人間は多面性があるところが、面白いと思いませんか? 私にも「ふざけん坊」のところがあるのです。

投稿: 谷口 | 2006年12月27日 14:01

合掌ありがとうございます。
東京在住の菊池光珂と申します。
12歳を頭に、末は4歳の5人の子を持つ母です。
(今年4月総本山からの帰りの羽田空港でお目にかかりました、末息子をおぶった主人はじめ家族一同でおりました者です。)
いつも雅宣先生のブログを拝読させていただくばかりでなかなかコメントできずおりましたが、今回のクリスマス記事を読み、ついにコメントせずにはいられなくなり少々ドキドキしながらキーボードをたたいております。ちなみに初コメントは実に勇気のいるものです(汗)。
小6の娘以下5人ともサンタクロースの存在を信じております。今年のプレゼントはなんだろう、○○がほしいなあなどと毎年12月に入ると子供達がそわそわし始めます。と同時に母も子供達の会話にそっと耳を傾け何を欲しているかリサーチします。子供達は自由に勝手に(?)サンタにお願いしますので一つだけ言い聞かせてある事は「うちに来るサンタはみんなが『欲しいもの』じゃなくてみんなに『必要なもの』をくれるんだよ」ということ。毎年色々趣向を凝らし一人一人に気に入ったものが届く年や、みんなで一つのゲーム盤や電子ピアノという年も。置く場所も枕元や室内ではどうやって入ったのか?鍵はどうしたのか?と疑う年頃もいるので必ず玄関の外かベランダ。置く時間も絶対に起きてこないと思われる時間帯、ハラハラドキドキしながら無事セッティングし母も布団に入り、翌朝、子供達の大歓声を聞いたときのなんともいえない満足感・・・。そして今年ふと気づいたのですが、この子供達の素直で純粋な「信じる力」が、実は存在しないはずのサンタクロースの存在をわたくし「母」を通して実在たらしめている!と。信じる力ってすごいもんだと改めて気づき、またそういう心を育ててくれるクリスマス・サンタクロースに感謝していたところに雅宣先生ご一家の楽しそうなクリスマス記事がありましたので、長々とコメントさせていただきました。きっとこれからも我が家では子供達がサンタを信じている限りサンタはきっと存在し子供達にプレゼントし続けてくれる事と思います。

どうぞこれからも私たちの少し先をゆかれる子育ての先輩としての体験談やメッセージを、子育て真っ最中の私どもに聞かせていただけますと、ずいぶんと励まされたり勇気づけられたりいたします。今後とも楽しみにしております!ありがとうございました。   感謝合掌  
菊池 光珂拝


投稿: 菊池 光珂 | 2006年12月28日 00:21

雅宣先生の 贈り物

絵本

「ノンタンのクリスマス」

楽しいでした!


先週 母が 芸術新潮の2004年3月号を 送ってくれましたので 特集おとなのための ディック・ブルーナ入門(P14~P88)を読んで この作家の 多様性と 奥深さに 感動していたところです。

日本では ちいさなうさぎミッフィーの絵本で有名です。 このコーナーでコメントされた すてきな 菊池ファミリーの家にも 必ずどこかにいる ミイフィーです。


いいなあというコトバもありましたので 記します。

「わたしの線はすこし震えています。まるで心臓の鼓動のように。震える線はわたしの個性なのです。」 Dick Bruna


この ミッフィーも生誕50年をすぎたそうです。

 
亀田 文


投稿: 亀田 文 | 2006年12月28日 13:55

菊池さん、

 羽田でお会いしたこと、覚えていますヨ。

 わが家では、クリスマスが近づくと、近所のキディランドという玩具屋へ私が行って、そこのカタログをもらってきました。(昔のことです)そして、子どもたちは、カタログの中から自分のほしいものの写真を切り取って、それをハガキに貼って、サンタさんに手紙を書きます。私は、そのハガキを郵便局に出して……という具合にやっていました。

 親はいろいろ苦労して、その苦労が楽しいのですね。
 ご主人によろしく。

投稿: 谷口 | 2006年12月28日 18:24

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