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2006年12月27日

ながら族へ転向?

 私がまだ中高生時代に「ながら族」という言葉があった。何かをしながら、別のことを同時にする人のことを指す言葉だが、主として、ラジオやステレオから流れてくる軽音楽やDJを聴きながら勉強をする学生のことを、親が批判的に指摘するときに使われていたと思う。今では勉強中に音楽を聴くことは当たり前で、ソニーがウォークマンを発売して以来、歩きながらの音楽も、ジョギング中やスポーツジムでの運動中の音楽も、とりたてて問題にする人はいない。携帯電話の普及後は、この傾向がさらにエスカレートしていて、歩きながら、デートしながら、トイレにいながら、食事しながらの、遠くにいる人との会話は当たり前になった。だから「ながら族」という言葉は死んだのだろう。

 私はこの「~しながら」の行動が昔から苦手だった。中高生時代に「ながら族」の勉強をしなかったという意味ではない。多分したことはあるが、それが集中力を分散させてしまうことを意識していたから、試験勉強中は避けていた。ウォークマンが出ても買わず、ディスクマンも買わず、MDプレイヤーも、携帯電話も買っていない。その代わり、パソコンはかなり早く始めた方で、最初に買ったのは、今の小型ゲーム機ほどの大きさで「ポケット・コンピューター」と呼ばれたシャープのPC-1500だ。それ以来、ラップトップからノートブックへと移行するなど、パソコンの持ち歩きは私にとって「当たり前」になっている。しかし、パソコンは「ながら族」的な使い方はできない。つまり、歩きながらパソコンをしたり、食事中のパソコンは無理だ。その点、私の機械の使い方は“一点集中型”なのだろう。

 ところが、機械の小型化の流れは止まることを知らず、かつては畳1畳分の空間を占めたハイファイ・ステレオセットが、今ではワイシャツの胸ポケットに入るまで小さくなった。しかも、レコードのオートチェンジャー付きだ。そんなものを手に入れた場合、さすがの一点集中型人間も、宗旨替えをして「ながら族」に転向したくなる。そうなのである。私の誕生祝いに、アップル社の携帯プレーヤー「アイポッド」をくれた人(々)がいるのだ。機械が嫌いでない私はすぐ夢中になり、ここ2~3日、新しい玩具をもらった少年のようにそれをいじりながら、しだいに魅力にとりつかれていく自分を感じている。

Ipod00  アイポッドは、パソコンの付属品として使う。別の言い方をすると、パソコンを“母艦”に喩えると、アイポッドはそれを基地として音楽や映像を搭載して飛び立つ“航空機”のような関係にある。パソコンは、どんなに小型のノートパソコンでも、ハンドバッグやポケットには入らない。しかし、そこから音楽と映像だけをアイポッドに転送すれば、軽々と町を歩きながら、ショッピングをしながら、食事をしながらでも音楽や映像を楽しめる、ということで、これは恐るべき「ながら族」の発想だ。この発想に対して、私が“一点集中”の自分のポリシーをどこまで守りとおせるかは、予断を許さない。が、使ってみなければ何事も始まらないので、私はとりあえず、持ち運び用の音楽を入れてみることにした。

 とは言っても、私のノートパソコンに予め音楽が入っていたわけではない。かつて作ってあった自作のCDから、映画のサウンドトラックを転送した。そのCDにはBBCニュースの音声ファイルも入っていたから、それも転送した。そして聴いてみると、自分が透明な音の世界に包まれていくのがよく分かる。「透明な」というのは「音に透明感がある」という意味ではなく、私の周囲に“二重映しの世界”ができるという意味だ。私の体を包み込む至近距離に「音だけの世界」が広がり、これまで「現実」と思っていた世界が、その外側に後退していった。こうして弱まった“現実感”の中で、妻が私に何かを語りかけている。幸福感に満ちた私は、彼女に笑顔で答えるが、相手の言葉など聞いていないから、きっとトンチンカンな返事をしたのだろう。目の前の妻はあきれたような顔をする。コミュニケーションが、とたんに希薄化してしまったのだ。

 --ああ、これが現代の“ながら族”の棲む世界なのだ、と私は納得し、イヤフォンを耳から外した。

谷口 雅宣

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コメント

合掌ありがとうございます。


音楽を聴くだけではなく、講話やニュースが聴くことが出来、
移動中も知識が習得できるのはアイポッドの素晴らしい所のひとつですね。

私の所有しているアイポッドには谷口雅春先生が朗読された「真理の吟唱」が入っています。
http://www.ssfk.or.jp/p/a/075200.htm

移動中に聴く「真理の吟唱」もまた気持が良いものです。

ありがとうございます。

再拝

投稿: 古谷伸 | 2006年12月29日 10:55

古谷さん、

 なるほど、『真理の吟唱』ですか。
 そう言えば、朗読版の『甘露の法雨』なんかもいいかもしれませんね。よいアイディア、ありがとうございます。

投稿: 谷口 | 2006年12月29日 15:19

副総裁先生へ
合掌、ありがとうございます。
私のMP3プレーヤーには『真理の吟唱』に加えて、先生方のご講話も入っています。CDはもちろんのこと以前に購入したご講話テープもPC経由でMP3に変換するとテープの劣化とは無縁です。
MP3プレーヤーにはMDやCDとは比べ物にならないほどの情報が入れられるので、メディアの持ち歩きが不要ですから荷物が大きくならず、出勤の電車内や出張の移動の際に役に立っています。
感謝合掌 大平拝

投稿: 大平收一 | 2006年12月29日 16:10

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