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2006年12月30日

2006年を振り返って

 今年も終ろうとしているが、1年前の本欄で昨年1年を振り返ったとき、私は「今年最大の特徴は、地球温暖化にと伴う気象変動が人類の経済活動を妨げるほど大きな影響を及ぼすようになってきたことだ」と書いた。この傾向は2006年も続いて、それを最も公的に、ドラマチックに確認したのが、イギリス政府が10月末に公表した『スターン報告書』だった(本欄10月31日11月25日参照)。この地球規模の大きな流れの中で、各国の資源の“国有化”や“囲い込み”の動きはますます顕著になっている。

 そのことを鮮明に印象づけているのは、ロシアによる資源“国有化”と“政治化”の動きだ。1月初め、ウクライナとの天然ガス値上げ交渉の過程で、ロシアは国営企業、ガスプロムに命じて、ヨーロッパ向けのパイプラインを閉鎖するという暴挙に出た。これで西ヨーロッパ諸国は「エネルギーの政治利用」がロシアの国策であることに気づき、エネルギー供給国としてのロシアに不安を抱いたことから、原子力発電の見直しや石炭火力発電の再検討などの動きが出た。ロシアの資源囲い込み政策は極東にも適用され、日本と欧米だけの共同開発プロジェクトだった「サハリン2」の権益は、ロシアの強引ともいえる事業停止措置を経て、権益の過半数がロシアの手中に落ちたことは記憶にまだ新しい(本欄9月19日12月12日同22日)。そしてロシアは今、旧ソ連圏の共和国ベラルーシとの天然ガス値上げ交渉の中で、ポーランドやバルト3国などにもつながるパイプラインを再び閉鎖する可能性を通告している。
 
 ロシアほど強引ではないが、中国もアフリカや中南米の資源国に対して盛んに働きかけ、エネルギーや資源の供給先の確保に熱心である。このほか、資源国ではベネズエラ、ボリビア、ナイジェリアなどが“国有化”などの方法で資源外交を鮮明に打ち出している。このような動きの背景には、原油価格が高止まりしているうえ、「石油ピーク説」に代表されるように、将来のエネルギーや資源の供給に不安が生じているからだ。人口増と発展する経済を抱えている国々は、予測不可能な気候変動とエネルギーの値上がり傾向の中で、自国の将来の繁栄を保証するために布石を打っているのである。
 
 しかし、化石燃料をいかに大量に確保し、それによって自国の経済をいかに豊かにしても、地球温暖化による予測不能の被害は、拡大することはあっても縮小することはない。それどころか、気候変動による被害の拡大が経済発展を無に帰する危険性がある。『スターン報告書』の主旨はまさにそういうことなのだが、「わかっちゃいるけどやめられない」というのが、国益中心の国際政治の現状である。このままの状態が続く場合、今後の世界の動向はある程度予測できる。それは、原子力エネルギーの重視と、二酸化炭素の地下固定の技術を大幅に取り入れることによって、当面の温暖化の流れを最小限に食い止めながら、BRICs諸国を初めとした途上国は、“先進国型”の工業・技術社会を目指して進む方向である。
 
 ところが、ここには大きな問題がある。その1つは「核拡散」の問題だ。すでに北朝鮮とイランについて、この問題は顕在化している。原子力エネルギーは、人類が開発した技術の矛盾を最も劇的に象徴している。兵器への利用と“平和利用”とは、基本的に区別できない。利用技術がそこにあれば、それを何の目的に使うかは、その国が決めるのである。国家の主権を基礎にした現在の国際社会では、それが基本である。そのことは、長年“平和国家”であったはずの日本に於いて最近、責任ある与党の政治家が「核抑止力は憲法上禁止されない」などと言い出したことにも証明されている。2つめの問題は、CO2の地下固定は、確立した技術ではなく、あくまでも一時しのぎであり、さらには人類の未来世代に大きなリスクを負わせることだ。現在の人類は、地震などの地殻変動を予知できず、止めることもできない。神を否定したはずの現代文明が、「運を天に任せる」技術を採用することほど愚かなことはない。

 そんなわけで、私は再生可能の自然エネルギーの利用と開発を、日本が国策として全力で推進していくことが、人類と地球生命全体にとって最も望ましい道であるとともに、「自然と一体」の文化を保持してきた日本の伝統にも沿った正道だと訴えているのである。

谷口 雅宣

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コメント

副総裁先生

今年一年ご指導ありがとうございました。
この一世紀余りの国際紛争はエネルギーの確保が原因だったような気がします。

このエネルギー問題に我が国が真剣に取り組んで、自然エネルギーの利用と開発をして、
外国に提供することが日本の国としての光明化運動だと思います。

来る年が良き年になりますことを心より祈念申し上げます。

投稿: 佐藤克男 | 2006年12月31日 19:45

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