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2006年11月 4日

報道記事は意見表明?

 まず、2日前の本欄での結論を再掲しよう--「世界が私に現れてくる」のではなく「私が世界に現れてくる」のである。この文章は、ある人の周りの“世界”は、その人の考え方や信念に沿うような外貌を呈して現れてくる、という意味である。この考え方は、客観的世界が人間の外側にひろがっているとする常識的世界観とは、少しズレている。世の中の常識では、「Aさんがこう言った」という事実は、現場にいた何人もの人が口を合わせて「その通りだ」と証言すれば、それは客観的事実として認められ、恐らく裁判所もそう認定して「歴史的事実」となるだろう。しかし、そうであったとしても、「Aさんがこう言った」ことが肝腎のAさん本人にとって事実でないことはありえるかもしれない。その場合、次の2つの原因が考えられる:①Aさんに表現力が不足している、②証言者の理解が間違っている。
 
 面倒くさい言い方をしてしまったが、自民党の中川昭一・政調会長が「日本も核武装を検討すべし」と発言し続けていることに関連して、今日の『産経新聞』と『朝日新聞』の報道があまりにも違うのに私は驚いている。私はすでに10月17日の本欄などで、「日本の核武装は現時点での選択肢の中にはない」ことを書いている。今回、私が驚いたのは、中川氏の発言の内容ではなく、それを伝える2つの新聞の書き方の違いだ。まず、『産経』の記事から。

「自民党の中川昭一政調会長は3日、佐賀市内で講演し、北朝鮮が戦争を仕掛ける能力を充実させているとした上で『行動を起こさせないためどうすればよいのか。核の議論も含め、いま議論しなくていいのか』と述べ、日本の核保有をめぐり議論が必要だとの認識をあらためて示した。」

 この記事では、中川氏は従来の主張を繰り返したことになっている。次に、同じ講演について『朝日』はこう書く。
 
「自民党の中川昭一政調会長は3日、佐賀市内で講演し、『私は核保有の議論をしろと言っているのではない』と述べた。そのうえで、北朝鮮が日本の原子力発電所を核ミサイルで攻撃する場合などを例示して『撃たれないようにするにはどうしたらいいのかという議論をなぜしないのか』と語り、核攻撃に対する防衛論の必要性を強調した。」

『産経』の記事の見出しは--「議論いま必要」中川氏改めて表明
『朝日』の記事の見出しは--「核保有の議論しろと言ってない」中川昭氏、発言を修正

 読者は、どちらの記事を信じるだろうか? 私は、どちらも“半分だけ”信じる。つまり、中川氏は昨日、佐賀市内で講演をして、日本の核武装を含めた対北朝鮮防衛戦略を検討することを促した--そういうことだろう。中川氏は先月の15日以来、自民党の政調会長という立場にありながら同様の主旨のことを言い続けているから、これまでの政府の政策だった「非核3原則を見直そう」と言っているのに等しい。『産経』はその意図に賛成しているが、『朝日』は反対している。結局、新聞記事は--とりわけ、政治や政策に関する記事は--純粋な「事実の報道」ではなく、「事実に解釈を加えた意見表明」なのである。
 
 ところで、その肝腎の「核保有の議論」の方だが、中川氏の講演を聞いていない私には確定的なことは言えないが、もし『朝日』の記事にあることが事実ならば、北朝鮮の脅威として「日本の原子力発電所への核攻撃」を例に引くのは如何なものか。通常兵器による軍事作戦においてはそういう選択肢がないことはないが、核の“第1撃”としては、「軍事基地」か「都市」のいずれかが攻撃目標になるはずだ。アメリカの攻撃を恐れている北朝鮮としては、まず日本国内の米軍基地を叩くだろう。こうなれば、対米戦の開始である。そうでなく、東京や大阪に“第1撃”が発射されても、結果は同じである。日米関係が良好で日米安保条約が機能している限り、北朝鮮は対米戦を覚悟せずに日本を攻撃することはできない。それとも中川氏は、「日米安保条約だけでは不安だ」というご意見なのか。私は議論のもっと先を聞きたいのだが……。

谷口 雅宣

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コメント

副総裁先生

アメリカと言う国は共和党政権のときは比較的親日ですが、民主党になったときは、いざと言う時は日本を守ってくれるかどうかは判らないというのが、外交専門家の一致した考えのようです。

北朝鮮の場合、通常のものの考えが一切通用しない国です。
他国の通貨を国策として作って使う国ですし、覚せい剤も国家が作る。
他国に密入国してその国の国民を平気で拉致する等々、普通の国ではありません。

日本を攻めるのもアメリカの基地からという普通の考えでは通用しないと言うのがアメリカも日本も韓国もそう考えております。

何をするか判らないので、ありとあらゆることを想定しなければ、国民の安全は守れないです。

そして、北朝鮮の工作員は我々のすぐ側で日本人として生活しているのです。それが学校の先生であったり、普通の会社員であったりするのです。

もっと恐いのは国会にまで国会議員として堂々と潜入しているのです。それも公党の代表がそれだと言われております。ですから、その公党の代表の意見を聞いていると当に北朝鮮人としての考えだと納得してしまいます。

政治家であれば、国民の安全を守るためにありとあらゆることを想定して、国家百年の計を建ててもらいたいと思います。

私の友人でインド人がおりますが、彼は「インドが核兵器を持ったことをインド人のほとんどの人が誇りに思っている」と言っておりました。そして「唯一の被爆国である日本が何故核を持たないのか不思議だ」とも言っておりました。

私個人としては国民の安全をしっかり担保することを国会議員は真剣に考え議論してもらいたいと思います。

中川政調会長の言葉は単に彼が言っていることではなく、アメリカに言わせられているかもしれません。ブッシュ大統領は中国の唐家旋国務委員に「北朝鮮が核を持てば日本も持つだろう」と言った事が報道されています。この言葉の意味は「北朝鮮の核を中国が黙認するようであれば、日本に核を持たせるぞ」という意味だそうです。

これから、益々この議論はされていくだろうと思います。
十年前、日の丸、君が代を国旗、国歌にというと大臣が罷免されたり、靖国神社と言っただけで極右とみなされた時代がありましたが、この核の問題もこれから当たり前に議論されて行くと思います。

勿論、私は核保有は絶対に反対です。

投稿: 佐藤克男 | 2006年11月 5日 18:37

佐藤さん、

>> 勿論、私は核保有は絶対に反対です。<<

 あなたのご意見を読むかぎり、「核保有賛成」という結論になると感じるのですが、どのようにして「反対」の結論が導き出されるのでしょうか?

投稿: 谷口 | 2006年11月 6日 15:29

副総裁先生

やはり、ほかの方から同じような問い合わせがございました。
私は今更日本が核を保有する必要は無いと思います。

副総裁先生が10月17日に述べておられるように、宗教的な観点から言っても、物理的な装備をするにも無駄であると思います。

一番の方法は外交力を高めることが必要です。
しかし。この外交力も北朝鮮のような無法国家には通用しないでしょう。今現在の核抑止力は悲しいかな「核」しかないと思います。

しかし、わが国が核を持つ必要は無いと思います。
わが国は非核三原則という国是がありますが、そのうちの「持ち込まない」を外せばよいと思います。

1989年ライシャワー元アメリカ大使ははっきりと「日本にアメリカ軍は核を持ち込んでいる」と明言しました。それから、わが国のほとんどの人はこれを黙認しております。
それを正式に明確にアメリカ軍が艦船であれ、基地にであれ持ち込むことを承認するだけで大きな「核抑止力」になります。

副総裁先生はそれでは「核保有」と同じであると言われるかも知れませんが、私は現在の曖昧にしていることを、明確にするだけだから良いと思うのですが、間違いでしょうか?

それと、北朝鮮が核を後ろ盾に恐喝まがい、もしくは本当に日本に向かって核ミサイルを発射しないという保障はありますでしょうか?

私は中川政調会長があのように核論議を言い出すことだけでも、大きな核抑止力だと思います。北朝鮮が核を廃棄するためには、政治家は真剣に考えてもらいたいと思います。国民の安全を守るために議論を尽くすのが政治家の使命だと思います。

隣に殺人や覚せい剤所持、恐喝、誘拐の前科10犯の男が反省もせずに、今度は拳銃も持ったと宣言しているのに、何もしないほうがおかしいと思いますが如何でしょうか?

私としてはわが国の核保有は絶対に反対です。
しかし、北朝鮮の核に対する対策は絶対に必要だと思っております。


投稿: 佐藤克男 | 2006年11月 6日 17:20

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