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2006年10月13日

核拡散時代への対応

 前々回の本欄では、北朝鮮の核実験が成功することの影響について触れたが、今回はこうして生じる「核拡散」の問題を一般論化して考えてみる。少し専門的な話になるので、興味のない読者は、この最初の段落だけを読み、あとは無視して下さっていい。ハーバード大学の戦略研究所で安全保障と軍事関係の教授をしているスティーブン・ローゼン博士(Stephen Peter Rosen)は、米外交専門誌『Foreign Affairs』の今年9~10月号に「核拡散のあと--より多くの国が核武装したらどうすべきか」と題した論文を書いているが、そこに描かれている問題を加味して概括的に言う。今日の“多項並立的”な核拡散時代には、冷戦時代よりもはるかに複雑で不確かな紛争が起こる可能性があるから、冷戦時の核戦略は時代遅れとなり、新しい戦略と、国の安保政策を練り直す必要に迫られている。

 まず「核抑止」の考え方だが、前々回に触れたように、冷戦時代は自国に飛来してくる核兵器がどこから来るかということは自明か、あるいは簡単に察知できた。したがって、そういう“潜在敵国”を想定して報復核攻撃の標的を定めておくことが事前にでき、よって第2撃の有効性を確保することが可能だった。「第2撃」とは、報復核攻撃と同義である。これに対し「第1撃」とは、先に核攻撃を仕掛けるものをいう。この第1撃を抑止するためには、「撃ったら、撃ち返すぞ」という程度では足りず、「1度わが方を核攻撃すれば、お前は耐え難い破壊を報復によって受ける」というメッセージを明確に発信する必要がある。このためには、核保有国は、潜在敵国の第1撃を“吸収”(地下サイロなどの頑強な防護で核兵器を護り、第1撃に耐える)した後、敵の防衛能力を圧倒するような報復攻撃を加える能力と意志とを温存していなければならない。こういう事情から、相対峙する核保有国の間には終りのない軍備拡大競争が起こりやすいのである。
 
 以上は、旧時代の「米ソ」とか「印パ」などの2国間の争いの基本構造だ。その他の国々は、これらの核保有国との軍事同盟によって、自国の安全保障を行う方策を採用した。しかし、核拡散の新時代には、どの国が“潜在敵国”であるかが判然としなくなる。場合によっては、複数の潜在敵国を想定しなければならない。すると、それぞれの標的は別だから、信頼性のある抑止力を維持するためには、旧時代の2倍、3倍の第2撃能力を確保しておかねばならないかもしれない。そして、たびたび軍事紛争を繰り返す地域(例えば中東)に核保有国がいくつも生まれた場合、この問題は深刻化する。

 現在、いちばんありそうな事態は、通常兵器の撃ち合いの途中で、核兵器が使われることである。例えば先日、イスラエルはレバノンのシーア派武装集団「ヒズボラ」の拠点に対してミサイル攻撃等を行ったが、仮にヒズボラが核を入手しており、同じシーア派のイランが核武装していた場合、イスラエルへの対抗措置としてレバノン国内から核弾頭を付けたミサイルが発射される、という事態が考えられる。この際、イスラエルはどの国が“第1撃”を放ったと認定すればいいのか、判定は困難だろう。そして、イスラエルはレバノン国内に“第2撃”を打ち込むことによって問題が解決するとは思えない。レバノン国内の「耐え難い破壊」を予想したイランが、友好関係をもつヒズボラへの“第2撃”を自国へのそれと見なして、イスラエルに対して“第2撃”を打ち込む可能性もあり、それを事前に予測したイスラエルが、イランの軍事施設に対して先制的な“第1撃”を加えるかもしれない。こうして、複数の核保有国が隣接する地域では、核の抑止力が働きにくくなり、核攻撃は起こりやすくなる。さらに言えば、核保有国の数が増えれば増えるほど、単なる「手違い」や「事故」や「判断ミス」による核兵器の使用が起こる確率も増大する。

 ここで「中東」の例を使って指摘したことは、日本が位置する北東アジアでも起こりうるのである。北朝鮮は中国の核の傘の下では満足せず、核を保有した。日本はそれを「重大な脅威」と感じて自ら核兵器を開発する。一方、台湾は北朝鮮の例に勇気づけられて、中国に対する防衛戦略として核を保有する。こうなると、韓国が同様の決断をしないと考える方がおかしい。日本は、中国、北朝鮮、韓国、台湾、ロシアのうち、どの国を“潜在敵国”として核戦略を構築すべきだろうか? わずか数十分で弾道ミサイルが飛来するこの地域で、核抑止力を備えるためには、敵の第1撃を“吸収”した後、各国に対して「耐え難い破壊」をもたらす程度の核戦力が必要である。これは事実上、不可能だ。それなら、北朝鮮に対抗するためだけに核武装するのか。では、北朝鮮の核が(最悪を想定して)東京や大阪、名古屋で爆発した後、かの国に対して「耐え難い破壊」をもたらす程度の核戦力を、日本はどこに配備すべきか? 国の憲法は、防衛計画は、日米安保条約は、首都機能は、どうすべきか? 

 これらの問題は、どれ1つ取ってもきわめて重大で解決には困難が予想される。それでは、日本は核武装など考えず、従来どおりに日米安保を軸に防衛力増強に進むべきか? 安部首相は10日の衆院予算委員会で「わが国の核保有という選択肢は全く持たない」と言明したが、その場合、どの程度の軍事的・経済的貢献をすれば、アメリカに“核の傘”を継続的、かつ有効に維持させることができるのか? --こういう疑問に回答することが、今回の北朝鮮の行動によってもたらされるかもしれない「核拡散」への対応となるだろう。

谷口 雅宣

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