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2006年10月29日

信仰の重層性

 和歌山市で行われた生長の家講習会からの帰途、和歌山県立博物館で催されていた「熊野・那智山の歴史と文化--那智大滝と信仰のかたち」という展覧会を見た。時間的余裕があまりなかったため、全展示を十分理解することはできなかったが、この土地に古くから続いてきた信仰の概要を知るきっかけになったと思う。この展覧会は、平成16年に「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されたことを記念して行われている特別展で、熊野信仰の“重層的”あり方を教えてくれる点が、興味深かった。
 
 信仰が“重層的”であるという意味は、熊野三山地方には古くから本地垂迹説にもとづく神仏一体の信仰が根付いていたことを含む。「本地垂迹説」は、昨年度の生長の家の教修会でも取り上げられた宗教多元主義にも近い考え方である。日本で信仰されてきた「神」と外来の仏教で説かれている「仏」を習合させるために、後者は日本では形を変えて前者として現れていると説くのである。つまり、本来の地(本地)はインドにあっても、そこから伸びて枝を垂らした先(垂迹)が日本にあり、そこでは仏教の「如来」や「菩薩」は日本の「神々」に姿を変えている--と考えるのである。これによって、日本人は古来の自国の宗教と外来の宗教(仏教)とを衝突させず、共通点を認め合う方向で仏教を受容し、発展させることになる。

 本地垂迹の考え方は、もともと中国大陸に発する。そこでは仏教で説かれるブッダの中に①絶対的・理想的ブッダと、②現実的・歴史的ブッダの2種を見出し、①を本来のブッダ(本地)、②をその化身(垂迹)、と捉えたのである。これは、生長の家で「実相の人間」と「現象の人間」の2つを捉えるのとよく似ている。また、キリスト教の文脈で言えば、「神の子・イエス」と「人間・イエス」、「救い主・イエス」と「史的イエス」の2種が捉えられるのと対応する。ところがわが国では、こういう言わば“垂直の関係”を、地理的なという意味で“水平の関係”に変えて解釈しなおし、独特の本地垂迹説を成立させるのである。つまり、日本で信仰されてきた神々は、インドの諸仏・諸天が神と化して、日本各地にその痕跡を垂れて現れたものである、と考える。こういう思想が、平安時代末期から鎌倉時代にかけて日本各地に根づいていくのである。

 上記博物館の特別展では、宗教的聖地としての熊野三山--熊野本宮大社(本宮)、熊野速玉大社(新宮)、熊野那智大社・那智山青岸渡寺(那智)--の祭神である「十二所権現」にまつわる諸資料が平安時代から現代にいたるまで数多く展示されていて、その神と仏教の如来・菩薩との関係も示されている。因みに、本地仏は本宮が阿弥陀如来、新宮は薬師如来、那智は千手観音である。これらに対応する日本の祭神としては、本宮が夫須美神、新宮が速玉大神、那智が飛瀧権現である。興味を抱かせるのは、これらのうち「仏」の性別ははっきりしないが、「神」として絵に描かれた姿は三神のうち二神(夫須美神、飛瀧権現)までがはっきりと女性である点だ。また、高さ133メートルの名瀑として知られる那智大滝は、一見“男性的”とも思えるが、修行者に生命力を与える女神として信仰されてきたことも面白い。
 
 女神といえば、「女神坐像」として展示されている高さ約50㎝の木像は平安時代の制作で、所蔵先の熊野那智大社では「夫須美神」とされているそうだが、祭神を展示物として提供するのかと驚いた。また、この神像が現代の日本女性とは相当異なる風貌であり、むしろ仏像や観音像の風貌に近いことも興味深い。人間の信仰の“重層性”は、こんな所にも現れているのだろう。

谷口 雅宣

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