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2006年10月19日

リンゴの季節

 休日を利用して、妻と2人で渋谷のデパートに買い物に行った。半袖のシャツの上に夏物のジャケットを着て行ったが、渋谷の駅前につく頃には、背中がわずかに汗ばんできた。しかし日陰は涼しく、オープン・カフェでくつろぐ人々は皆、満足そうな顔で談笑していた。そう思う私も、日陰に入らなくても十分秋の空気を満喫できる。今は一年で最も爽やかな季節なのだ。

 いろいろと細々とした買い物をしながら、果物店にリンゴが並ぶようになったことを思い出した私は、「タルト・タタンを買おう」と妻に提案した。この季節になると、菓子店などに出るフランス風の変種アップルパイのことだ。言い伝えによると、タタンという姉妹がアップルパイを作ろうとしていた時、普通は底の浅いパイ皮の上にリンゴの実を載せて焼くのだが、これを上下を逆さにして焼いてしまった。完全な失敗と思いきや、「えいっ」とひっくり返してみると、できた菓子は底の部分がじっくりと焦げて飴色となり、意外においしい出来ばえだったとか。
 
『西洋料理メニュー事典』によると、タルト・タタン(tarte Tatin)は、正式には tarte des demoiselles Tatin (タタン姉妹のタルト)という。作り方は--リンゴを切ってシナモンと砂糖をたっぷりまぶしたものを鍋に載せ、その上に砂糖、バター、リンゴと交互に積み重ね、最後に薄く延ばしたパイ生地を上からかぶせて、砂糖がカラメル化するまでじっくり焼く。焼き上がったらひっくり返して、パイ皮を下にして皿に載せる。

Tartetatan  東急本店の向い側にあるパン屋兼レストランで数年前、これを食べたことがある。ただし、1階のパン売場では買えず、2階のレストランだけで出していた。行ってみると案の定、持ち帰り用は売っていない。そこで、パン屋では朝食用のパンを買って、東急本店まで足を伸ばした。地階のパン売場にあるのを知っていたからだ。そこで2切れ買って帰ろうとしたが、すぐ後ろは果物売場だったから「リンゴも……」ということになった。妻は普通のリンゴを掴んだが、私はその隣にあるピンポン玉大の赤いリンゴの山を見て「ヒメリンゴがある!」と言った。驚いたのである。そして、売場の人に「これ食べられるんですか?」と訊いた。馬鹿な質問である。果物屋が食用でないものを売っているはずがない。売場の人は笑いながら「普通に食べられますよ」と答えた。妻は気をきかせて、それを買った。
 
 私の愚問には理由がある。昨年11月3日の本欄でヒメリンゴのことを書いた。そのとき参考にした百科事典には、「盆栽」「花木」の文字はあったが「食用」とは書いてなかった。明治神宮外苑の近くにある公団住宅の公園で見つけたヒメリンゴの実も、リンゴのような香りがしたので、採って皮をむいて口に入れてみたが、酸っぱくてだめだった。だから私はてっきり「ヒメリンゴは食べられない」と思っていたのだ。しかし、家に帰って別の本を調べてみると、ヒメリンゴはリンゴとズミの交配種で、果実が大きく食べられるものと、小粒で食べられないものの2種があると書いてあった。売っていたのが前者で、私が公園で見つけたのは後者か、あるいはズミだったかもしれない。

 帰宅後に、私たちがタルト・タタンとヒメリンゴを食べたことは、言うまでもない。

谷口 雅宣

【参考文献】
○見田盛夫編『西洋料理メニュー事典』(1988年、アートダイジェスト刊)
○那須浩編『家庭の園芸百科』(1990年、主婦と生活社刊)

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