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2006年10月31日

イギリスの“厳しい警告”

 今朝のBBCニュース(現地時間、前日の午後10時放映)は、イギリス政府が発表した地球温暖化問題に関する報告書の内容をトップで報じた。それによると、「気候変動をこのまま放置しておけば毎年、世界中でGDPの5~20%が失われていく」というのである。この値は、世界大戦や世界恐慌に匹敵する経済的損害であるから、二酸化炭素排出量の削減に向かって、ただちに「勇気ある、決定的行動」(bold and decisive action)をとらなければならないとしている。

 この報告書は、英政府お抱えの著名経済学者、ニコラス・スターン氏(Nicholas Stern)が書いた700ページにおよぶもの。今日(10月31日)付の『ヘラルド・トリビューン』紙も1面でこれを取り上げていて、今すぐ、温室効果ガスの削減に向けて行動すれば毎年GDPの1%を失うだけで、経済成長と環境対策を両立させることができるが、行動しなければ「結局、経済成長を阻害することになる」という報告書の結論を報じている。BBCは、報告書の著者の名前と「厳しい」という意味の英語をかけて、「stern warning」(厳しい警告)という文字を背景に出して、このニュースを流した。

 スターン報告書は、「我々の今後10年間の活動によって、今世紀後半と来世紀にかけて、経済や社会活動が重大な混乱を引き起こされる可能性を有しており、その混乱の規模は、20世紀前半に起こった世界恐慌と世界大戦に匹敵するものである」としている。したがって、世界は炭素税、温室効果ガスの排出規制、炭素取引などの方法を使って、「低炭素の地球経済」(low-carbon global economy)へと転換していかねばならないというのである。次期首相を目指すゴードン・ブラウン氏(Gordon Brown)によると、アメリカの元副大統領で環境問題の権威でもあるアル・ゴア氏(Al Gore)が英政府のアドバイザーになり、イギリスは気候変動に対する国際的努力に指導的役割を果たすことで、「経済発展と環境保全の双方を両立させた経済」を実現するとしている。そのためブラウン氏は、ヨーロッパ全体として2020年までに炭素排出量を30%削減し、2050年までには50%削減することを提案したという。

 これらの提案はなかなか“野心的”でいいと思うが、実際のCO2排出量の数字を見ると、事態は楽観できないことがよくわかる。10月20日の本欄では、日本の2005年度のCO2排出量の速報値をお伝えした。それは、前年度より0.6%増の約13億6400万トンだった。これは京都議定書での基準年となる1990年度よりもまだ8.1%上回っているため、日本はあと「14.1%」の削減が必要なのだ。日本だけでなく、2000年以来、EU、アメリカ、カナダでも排出量は増加している。上記の『ヘラルド・トリビューン』紙によると、これらの国を含めた世界40カ国の合計では、2000年に175億トンだったものが、2003年に178億トン、2004年には179億トンと増加し続けている。ロシア、中国、インドなどの新興経済国からの排出量増加が大きく関与しているのだ。

『ニューヨーク・タイムズ』紙がこのほど約50人の科学者、経済学者、エンジニア、企業家を対象に調査したところ、環境を汚さない豊かなエネルギー源の探査とその利用技術の研究がもっと積極的に、もっと真剣に行なわれないと、地球温暖化はきっと危険なレベルに突入し、エネルギー需要が盛んな国家間で紛争が起こるだろうとしている。この予測は、私が2002年に出した『今こそ自然から学ぼう--人間至上主義を超えて』(生長の家刊)に書いたこととよく似ている。私はそこで、我々が日常生活の中で人間至上主義から脱する生き方へと転換しなければ、「21世紀の地球環境は今後さらに悪化を続け、我々の子や孫の時代には、環境悪化を原因とする社会不安や地域紛争、あるいは戦争が頻発することが予見できる」(p.30)と書いた。今回の科学者らの予測は国家予算の配分を問題にし、私は人々の心の変化を問題にしているから、2つの予測は一見、食い違うように思えるかもしれない。しかし、国家予算の配分を決めるのは結局、人間(国民)の心である。人々の心(意識)を高める宗教の活動は、だから大変重要なのである。

谷口 雅宣

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2006年10月29日

信仰の重層性

 和歌山市で行われた生長の家講習会からの帰途、和歌山県立博物館で催されていた「熊野・那智山の歴史と文化--那智大滝と信仰のかたち」という展覧会を見た。時間的余裕があまりなかったため、全展示を十分理解することはできなかったが、この土地に古くから続いてきた信仰の概要を知るきっかけになったと思う。この展覧会は、平成16年に「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されたことを記念して行われている特別展で、熊野信仰の“重層的”あり方を教えてくれる点が、興味深かった。
 
 信仰が“重層的”であるという意味は、熊野三山地方には古くから本地垂迹説にもとづく神仏一体の信仰が根付いていたことを含む。「本地垂迹説」は、昨年度の生長の家の教修会でも取り上げられた宗教多元主義にも近い考え方である。日本で信仰されてきた「神」と外来の仏教で説かれている「仏」を習合させるために、後者は日本では形を変えて前者として現れていると説くのである。つまり、本来の地(本地)はインドにあっても、そこから伸びて枝を垂らした先(垂迹)が日本にあり、そこでは仏教の「如来」や「菩薩」は日本の「神々」に姿を変えている--と考えるのである。これによって、日本人は古来の自国の宗教と外来の宗教(仏教)とを衝突させず、共通点を認め合う方向で仏教を受容し、発展させることになる。

 本地垂迹の考え方は、もともと中国大陸に発する。そこでは仏教で説かれるブッダの中に①絶対的・理想的ブッダと、②現実的・歴史的ブッダの2種を見出し、①を本来のブッダ(本地)、②をその化身(垂迹)、と捉えたのである。これは、生長の家で「実相の人間」と「現象の人間」の2つを捉えるのとよく似ている。また、キリスト教の文脈で言えば、「神の子・イエス」と「人間・イエス」、「救い主・イエス」と「史的イエス」の2種が捉えられるのと対応する。ところがわが国では、こういう言わば“垂直の関係”を、地理的なという意味で“水平の関係”に変えて解釈しなおし、独特の本地垂迹説を成立させるのである。つまり、日本で信仰されてきた神々は、インドの諸仏・諸天が神と化して、日本各地にその痕跡を垂れて現れたものである、と考える。こういう思想が、平安時代末期から鎌倉時代にかけて日本各地に根づいていくのである。

 上記博物館の特別展では、宗教的聖地としての熊野三山--熊野本宮大社(本宮)、熊野速玉大社(新宮)、熊野那智大社・那智山青岸渡寺(那智)--の祭神である「十二所権現」にまつわる諸資料が平安時代から現代にいたるまで数多く展示されていて、その神と仏教の如来・菩薩との関係も示されている。因みに、本地仏は本宮が阿弥陀如来、新宮は薬師如来、那智は千手観音である。これらに対応する日本の祭神としては、本宮が夫須美神、新宮が速玉大神、那智が飛瀧権現である。興味を抱かせるのは、これらのうち「仏」の性別ははっきりしないが、「神」として絵に描かれた姿は三神のうち二神(夫須美神、飛瀧権現)までがはっきりと女性である点だ。また、高さ133メートルの名瀑として知られる那智大滝は、一見“男性的”とも思えるが、修行者に生命力を与える女神として信仰されてきたことも面白い。
 
 女神といえば、「女神坐像」として展示されている高さ約50㎝の木像は平安時代の制作で、所蔵先の熊野那智大社では「夫須美神」とされているそうだが、祭神を展示物として提供するのかと驚いた。また、この神像が現代の日本女性とは相当異なる風貌であり、むしろ仏像や観音像の風貌に近いことも興味深い。人間の信仰の“重層性”は、こんな所にも現れているのだろう。

谷口 雅宣

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2006年10月28日

ラーメンとパン

 政府の地域振興策の一環として、地域名と商品やサービスの名前を組み合わせた商標の認定が初めて出された。「高崎だるま」「小田原かまぼこ」「京人形」「関さば」「長崎カステラ」など52件だが、これは申請された計374件のごく一部で今後、特許庁の審査に合格したものから発表されるらしい。今日(28日)付の『朝日新聞』が伝えている。考えてみれば、これまでそういう形の商標が認められなかったというのが不思議なくらいだ。関東産の「秋田こまち」や山梨産の「だだちゃ豆」が売られていたら、オリジナルの産地の人々には迷惑なことと思う。東南アジアで「HANDA」というブランド名を付けたバイクが走っているのにも似ている。「シャンパン」の名は、仏シャンパーニュ地方で生産されたものだけに許されるように、原産地表示をきちんとすることは「正直さ」と「品質」の証であるから、消費者の信頼を克ちえるのである。
 
 上記の記事によると、今回の登録認定が最も多かったのは京都の8件で、京人形のほかに「京あられ」「京おかき」「京仏壇」も認められたが、「京野菜」は認定リストにはなかった。2番目に認定が多かったのは和歌山県の7件で、「紀州うすい」「紀州備長炭」「紀州みなべの南高梅」「しもつみかん」「有田みかん」など。また、認定リストの中に「和歌山ラーメン」があったが、私には不思議に思えた。ラーメンと関係の深い地名としては札幌、旭川、喜多方、博多、熊本などが思いつくのだが、私は恥ずかしながら「和歌山ラーメン」を知らなかった。今日は生長の家講習会でちょうど和歌山市へ来たから、現地の人に和歌山ラーメンの特徴を訊いてみたが、「いつも当たり前に食べているから、改めて訊かれてもよく分からない」との答えだった。
 
 そこで和歌山駅前のホテルにチェックインしてから、インターネットで調べてみた。すると、和歌山では「ラーメン」よりは「中華そば」と呼ぶのが普通で、とんこつベースの醤油味のものが主流だという。「和歌山のラーメン」というサイトを運営する床井浩平氏によると、和歌山市内には中華そば屋の専門店が数多くあるが、中でも評価が高いのが和歌山駅近くにある「井出商店」で、ここから発した“井出系”の店は、スープにこってり感があるのに対し、車庫前から発した“車庫前系”の店のスープは、若干醤油が立っているという。そして、「主だった店の中華そばの具は、どこも醤油で煮込んだチャーシュー、メンマ、蒲鉾、それにネギあるいはモヤシ程度と非常にシンプルな構成」なのだという。
 
Breadcutting  夕方、和歌山市内は小雨だったので、駅周辺を少し歩いた。近鉄デパートの地下食品売場へ行ったとき、パン屋の前に人の行列ができていた。何ごとかと思っていたら、すぐにアナウンスがあって「パンが焼けた」と言う。そこへ長さ1.5メートルもある大型フランスパンを抱えた白服の販売員が現れ、行列の前でザックザックとパンを包丁で切っては売り始めた。その何とも豪快な切り方に感動して、私も妻もカメラを構えてシャッターを何回も押した。焼きたてのパンの匂いが辺りにたちこめ、売り手も買い手も幸せそうだった。翌日の予定がなければ、30センチほどもあるそのパンの一切れを、私たちはきっと買ってしまっていただろう。和歌山市は食通の多い、活気に溢れた町だとの印象をもったのである。

 同じデパートの5階で、俳優の榎木孝明氏の絵画展をやっていた。榎木氏は、知る人ぞ知る“マルチ人間”である。芝居やロケで海外や国内各地へ行くたびにスケッチをし、画集や画文集を数多く出し、美術館まである。その明るく、伸びやかなスケッチ画を旅先で堪能できたことは有難かった。

谷口 雅宣

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2006年10月27日

宙のネズミ (2)

 田村宙は、K大医学部の若手の癌研究者としては、新分野である生命機能の研究に関する論文も多く、注目されていた。30歳で結婚して生活も安定し、仕事に打ち込める環境にあったが、1つだけ悩みがあった。現在33歳でありながら、髪の毛が薄いのである。普段は帽子を被ることで目立たないようにしていたが、夏場の帽子はやはり暑い。いっそのこと残りの頭髪も剃り落して坊主頭にする方が見栄えがいいかと何回も考えた。しかし、「眉が薄くて細い目のあなたには似合わない」と妻に言われると、髪を剃る決心ができないのだった。髪の毛の薄さはインテリジェンスとは関係ないと分かっていても、外貌は社会生活に重要である。形成外科の技術がこれだけ進んでいる現在、発毛や育毛の問題を医学が解決できないはずはない。田村はそういう信念のもとに、皮膚にある幹細胞の研究にも取り組んでいたのである。
 
 幹細胞とは、体の各部でそれぞれの役割をになう細胞になる前の“素の細胞”のことである。血液が作られるとき、骨髄中の造血幹細胞が分化して赤血球や白血球ができるように、体の表面を覆う皮膚ができるためには、その素となる幹細胞が表皮の奥から分化して、皮膚の細胞になって表面に押し出される。毛髪や体毛の場合も、これと同じ仕組みがある。それは「毛球」と呼ばれる髪の付け根部分にある幹細胞だ。専門的には「毛母細胞」と言う。新しい毛球は普通、3~4カ月の休止期間の後、2~6年間活動を続けて髪の毛を伸ばす。このあと退行期に入り、やがて脱毛する。髪が薄くなるのは、この毛球の成長期が数カ月から1年と短く、髪が十分成長しないうちに毛球の退縮が始まり、脱毛してしまうからだ。
 
 この脱毛部分にはDHT(ジヒドロテストステロン)という物質が高濃度に存在するため、これが髪の成長期を短くする原因物質と考えられていた。DHTは男性ホルモンのテストステロンから作られるから、男性ホルモンの多い人は髪が薄いと言われるのである。しかし、そういう人でも、頭皮には毛母細胞を含む毛球が残っていることがほとんどだ。だから、うぶ毛(毛包)は生えている。そのうぶ毛の毛球の活動を盛んにすることができれば、髪は再び成長する可能性が十分あるのだった。

 田村が持つ箱の中のマウスには、彼自身の数少ない髪が移植されて生えている。それは植毛のように1本ずつを植えるのではなく、頭皮の小片を毛根ごと剥いでマウスの腹部に移植したのだ。背中は目立つので避けた。同僚の医師が彼の頭皮を切り取り、それを洗浄して培養液の中に浸けるところまでをした。幹細胞の研究に毛包を使うことは珍しくないから、不審な点はなかった。その後、別の日に田村自身がマウスの腹への移植を行なった。こうして白いマウスは、腹にだけ黒い毛を帯状に生やすことになったのである。
 
 田村はこれに「チュー子」という名前をつけた。自分の名前を混ぜたのだ。マウスには文字通り自分の体の一部が混ぜてあるだけでなく、自分の願いを托しているからでもある。「チュー太」や「チュー吉」でないのは、雌のマウスだからだ。男性ホルモンの影響を受けにくい実験環境が必要だった。

 田村は、超免疫不全マウスであるチュー子の体を培養器として使うことで毛母細胞の増殖を行い、最終的には自分の頭髪の問題を解決できればと考えていた。そのことが、公私混同になるとは少しも思わなかった。なぜなら、日本では1260万人もが、この男性ホルモンによる男性型脱毛症(androgenetic alopecia)で、そのうち800万人は田村と同じようにそれを悩んでいて、うち600万人は何らかの治療法を試みたことがある、と言われているからである。マウスを使って確かな治療法が確立すれば、多くの人がこの忸怩(じくじ)たる悩みから解放されることは明らかだった。 (つづく)

谷口 雅宣
 

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2006年10月25日

映画『記憶の棘』(Birth)

 水曜日の今日は、私にとって週末である。そこで夜、妻と2人で映画を見に日比谷まで行った。ニッコール・キッドマン主演でこのタイトルとなれば、内容は恐らくサイコ・サスペンスということになるが、英語の原題はなぜか“Birth”(誕生)である。そして、「輪廻転生を描いている」というのが巷の評判だった。私はだから、霊界の話でも出てくるかと思い、少し期待していた。

 ご存じの読者もいると思うが、私は最近、生長の家講習会で生まれ変わりの話をすることがある。その際、ジム・B・タッカー著/笠原敏雄訳の『転生した子どもたち』(日本教文社刊)という本の内容を紹介する。この本は、真面目な学問的研究を一般向けにまとめたもので、秋季慰霊祭の挨拶の中でも触れた(9月23日の本欄参照)。原著には「子どもの前世の記憶についての科学的研究」(A Scientific Investigation of Children's Memories of Previous Lives)という副題がついている。著者のタッカー氏(Jim B. Tucker, MD.)は、ヴァージニア大学の心理学者、イアン・スティーブンソン(Ian Stevenson)博士の弟子に当たる人で、児童精神科医である。このことから分かるように、「前世の記憶」を科学的に扱う人たちは、心理学や精神病理学の専門家なのである。だから、この映画もサイコ・サスペンスと宗教性の両面を兼ね備えていたのだった。

 私はこの本や、スティーブンソン博士の『前世を記憶する子どもたち』(日本教文社刊)を読んでいたので、映画のストーリーを追いながら「あれっ?」と思うことが2~3回あった。しかし、キッドマンの迫真の演技は、その不自然さを凌駕して覆い隠し、私の目を最後まで画面に釘付けにした。私は彼女が出演する映画では『アイズ・ワイド・シャット』(1999年)『ザ・インタープリーター』(2005年)などを見ているが、この作品での演技は文句なく最高だと思った。言葉を多くしゃべらずに、表情だけで、内心の心の揺れや、迷い、憎しみ、哀れみ、絶望などを見事に表現している。ジョナサン・グレイザー監督(Jonathan Glazer)の特徴的な長回しのカメラワークも見ごたえがある。特に、再婚する許婚の男とオペラハウスで演奏を聴きながら、10歳の男の子が前夫の生れ変わりであると信じるにいたる主人公の心の変化が、大写しされた表情の中で展開するシーンは、圧巻である。背後に流れる音楽も表情豊かである。

 ストーリーをまだ紹介していないが、詳しい話は避けよう。簡単にいえば、最愛の夫を失って10年後、ようやく再婚を決意した主人公の前に10歳の男の子が現れて「あなたはぼくの妻だ」と主張し、再婚を妨害しようとする話だ。始まってまもなくのシーンの中に、最後のどんでん返しを説明する重要な伏線が描かれているから、見逃さないように。

 グレイザー監督は、この男の子が主人公の前夫の生れ変わりであるのかないのかを聞かれて、インタビューアーにこう答えている。
 
「どちらもあり得るように、どちらの側においても理論が通るように作ったんだよ。僕の頭の中では作ろうとしているものははっきりしているけど、映画の最後を定義づけてくれと言われても、それはできない。この映画にはひとつ以上の真実があるということだ。それは何なのか。映画を見た人たちの気持にゆだねたいと思っているんだ」(森山京子氏訳)

「ひとつ以上の真実がある」という言葉は、味わい深いと思う。科学者から見たら精神病理学の対象のように見えるものが、別の人から見れば立派な心霊現象であることがある。前者にとって「偶然」としか考えられないことが、後者にとっては絶対的な「必然」となる。どれが真実であるかは明らかにされない方が、人にとっては幸福であることもある。あるいは、どちらも真実であることもあり得るだろう。ただ、この映画を見て言えることは、「前世の記憶」をもつことが幸福の原因にはならないということ。幸福は「今」の中にあるのである。

谷口 雅宣

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2006年10月24日

宙のネズミ

 なまあたたかい夜だった。

 田村宙は、K大の研究室から白い上衣のポケットを押さえながら出てきた。上衣はボタンをかけていないから、一歩踏み出すたびに長い裾が風に揺れる。上衣の下はTシャツとジーンズというラフな恰好だったが、歩き方は爪先から前に出るような摺り足で、体の上下動を極力抑えている様子だった。

 大学構内には電燈は多く点いていなかったが、隣接する10階建ての白い建物から反射する街の光が、構内のアスファルトの道をぼんやりと浮かび上がらせていた。田村は、歩きながらゆっくりと体を回転させて、周りの様子を確かめると、自分の車のある駐車場へと向った。

「誰もいない……」という安心感が、彼の歩く速度を緩めていた。

 ポケットの中の右手で胴体に押しつけて保持していた箱を、田村はそろそろと引き出してみた。透明プラスチックに囲まれた狭い空間の中で、白い小動物は何ごともなかったように動きながら、鼻をひくひくさせている。彼は立ち止まり、箱を目の高さに差し上げてその動物を見つめた。

「おまえにはすまんけど、医学の発展のために一肌脱いでくれや」

 田村はそう呼びかけてから、箱をゆっくりと地面に置き、自分の白い上衣を脱いだ。エアコンのきいた研究室内は涼しかったが、8月の夜はやはり暑い。そう言えば、今晩も熱帯夜だとラジオが言っていた。2週間続けてでは、このか弱いマウスでなくても体が弱ってしまう、と田村は思った。この暑さの中に動物を長居させてはいけないのだった。彼は再び箱を手に取ると、冷蔵装置のある自分の車へと向った。

 田村の車にある冷蔵装置は、理工学部の友人に頼んで特別に作ってもらったもので、トランクに収納されている。通常の冷蔵庫と違って密閉されていないから、中に生き物を入れられる。生物学者の田村にとっては、なかなか重宝していた。とは言っても、釣った魚などを入れるのではない。実験用の動植物を収納して運ぶのだ。その場合、外気やトランク内にいる細菌と触れないように、換気口の構造とフィルターに工夫が凝らしてあった。

 今回のマウスの運搬に際しては、しかし特別な注意が必要だった。このマウスは「超免疫不全マウス」と言って、免疫機能が全く働かない。だから、大学でも無菌室で育てられ、直接外気には当らない。田村が手にしている透明プラスチックのケースも、二重構造になっていて、極細のフィルターを通して空気が中に入る。しかし、フィルターではすべての細菌を遮断できないから、早く無菌状態の場所に移す必要があった。

 人間のガン細胞の研究には、昔は「ヌードマウス」という毛のない、裸状態のマウスが使われた。このマウスは、免疫系の一部が働かないように遺伝子操作がされているから、人間の腫瘍を移植しても拒絶反応を起こさず、マウスの体内で腫瘍が増殖する。その腫瘍に対して抗癌剤を処方することで、人体に処方する場合の適性や適量が判断しやすくなるのだった。

 ヌードマウスの後に登場したのが、免疫機能をさらに阻害された「SCIDマウス」だった。これはT細胞とB細胞の双方が欠損しているので、人間の皮膚や頭髪を移植することができるだけでなく、人間の免疫系の一部であるリンパ球も移すことができた。田村が今手にしているマウスは、それよりさらに免疫不全が進み、NK細胞その他も機能しない「NOGマウス」という種類だった。ここまで来ると、マウスの体には腫瘍だけでなく、ほとんどすべての人間の細胞を移植して、分化や増殖をさせることができるのだ。

 例えば、人間の血液は骨髄内にある造血幹細胞が分化して、T細胞、B細胞、NK細胞、顆粒球、血小板などになるのだが、この超免疫不全マウスに人間の造血幹細胞を移植すると、マウスの体内ですべての血液の細胞が分化して、完全な人間の血液となるのである。それと同様に、人間の臓器や組織の移植も可能だ。つまり、外形はマウスであっても、内部が実質的に人間である動物が、少なくとも理論上は作成できるのである。

 そして今、田村が手にしているマウスは、彼自身の髪の毛にある幹細胞が移植されているのだった。 (つづく)

谷口 雅宣

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2006年10月22日

人口統計の“よいニュース”

 厚生労働省の人口動態統計の速報が発表され、新聞各社はその数字の中から“ニュース”を探して伝えてくれているが、今年は“よいニュース”がいくつもあるようで喜ばしい。私はかねてから本欄などで、マスメディアの“悪事肥大化効果”を批判してきたから、それを読んだ関係者が報道姿勢を正してくれたのか、と疑うほどである。見出しを羅列してみると……
 ①自殺、年3万人下回る  (『朝日』10月21日)
 ②出生数 7ヵ月連続増加 (『朝日』10月21日)
 ③人工妊娠中絶 最少に  (『日経』10月21日)

 子どもの自殺が問題になっているが、自殺そのものは昨年8月以来ずっと減少し続けているのだ。上記の『朝日』の記事によると、日本人の国内での年間の自殺者数(その月を含む過去1年間の自殺者数)は2003年1月から3万人を超えていたが、昨年8月以来減少傾向が続いており、今年の4月には2万9808人となってついに3万人を切り、5月はさらに減って2万9454人になった。この傾向に対して、内閣府の自殺対策推進準備室は「経済状態の好転により経済的理由で死を選ぶ人が減っている」と推測しており、厚労省の精神・障害保健課では「減少傾向はまだわずかだから、今後の推移を慎重に見守る」と言っているらしい。

「生まれる子どもの数が増えている」という話は、少子化が社会問題になっている昨今の状況下では“よいニュース”に違いない。上記の『朝日』の記事によると、今年8月に生まれた子どもの数は9万8276人で、昨年の同じ月より3001人多く、これによって今年は7ヵ月連続で出生数が前年同月数を上回ったことになるという。そして、このままの傾向が続けば、今年の合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子どもの数)は過去最低だった昨年の数値(1.25)を上回る可能性が高いという。つまり、「少子化のピークは過ぎた」と考えていいかもしれないのだ。

 22日付の『島根日日新聞』には、恐らく共同電だろうが、今年1~5月の出生数の増減を都道府県別に比較した記事が載っていて興味深い。それによると、出生数は九州と山陰で前年同期比を上回った一方、東北は前年同期に比べて減少したという。具体的には、出生数の増加率が5%を超えた県は島根(7.5%)を筆頭に、宮崎、大分、鳥取、和歌山、岡山、徳島だった。逆に、出生数が前年同期比で減少したのは岩手(5.1%)を筆頭に、青森、宮城、山形、福島、栃木、群馬、大阪、広島、愛媛、高知だった。

 人工妊娠中絶の統計は人口動態統計の関係があるかどうか定かでないが、上記の『日経』の記事にあるグラフを見ると、1955年以来の50年間、一貫して減少し続けている。だからこの話は、「特異なこと」「珍しいこと」が報道価値ありとする今のメディアの判断基準からは、「ニュースではない」はずの情報である。にもかかわらず、『朝日』は「過去最少」という言葉を使ってニュース記事に仕立てた。もし「過去最少」がニュースならば、昨年も一昨年もニュースだったはずだが、昨年も一昨年もこのことは恐らく(私の記憶しているかぎり)報道されていない。だから、「なぜ今年は?」という疑問が残るのである。生長の家の「人生の光明面を見るべし」との教えから言えば、こういう報道はもちろん諸手を上げて歓迎する。
 
 具体的な数字では、05年度の中絶件数は28万9127件で、前年度より1万2546件(4.2%)減少し、記録をとり始めた1955年以降で初めて30万軒を割った。とりわけ、問題と思われる20歳未満の中絶件数は、前年度より13.3%減って3万0119件だったことは注目に値する。年代別で中絶件数が最も多いのは20代前半の約7万2千件で、全体の4分の1に当る。実施率が最も高いのもこの年代で「19.6人」という。結婚の高年齢化を考えると、未婚者の中絶が多いと思われる。この数字は、未婚者の50人に1人が中絶しているとも読めるから、あまりよいニュースではないだろう。

谷口 雅宣

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2006年10月21日

『小説の一行目』

 最近、この表題のようなタイトルの本を買った。書店の棚に並んだ数々の背表紙の中に、この不思議なタイトルを見つけて、思わずその本を抜き出した。小説家や文芸評論家をめざす人を対象にした一種の“文章読本”か、あるいは小説ファン向けに「1行の味わい方」を解説した本かと思った。しかし、中を開いてみて驚いた。タイトルそのものの内容なのである。つまり、数々の小説の最初の1行目だけを、それぞれ1ページに収めて羅列しただけの本なのである。総ページ数は328ページの分厚い本だが、中身は他人の作品の切れ端を寄せ集めたもの。しかも、昭和10年から今年までの芥川賞、直木賞受賞作品300点から選んでいる。「それはないだろう……」と思って本を置こうとしたが、「せっかくだから」と少し読んでみた。

 真っ白なページの真ん中に1行、次のページにも真ん中に1行……と続いていく。ここで言う1行とは、句点(。)で区切られる1行であって、改行があるかどうかを問わない。有名な川端康成の『雪国』を例に引けば、
 
 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
 
 の部分である。
 見開きの2ページでは、広い空白が1行と次の1行を引き離しているから、文章としてつなげて読むことはない。また、それぞれの1行には、誰の、何という作品の1行目かなどという解説や補足はいっさいない。ちょうど句集の1ページのように、1行の黒い文字を白地の中に浮き上がらせて「読ます」のである。その1行は、恐らく作家がそのときの全精神を傾けて吐き出した1行だから、読む者の心を捕らえ、想像力をかきたてて離さない。次のページへ目を移すことが憚られるのである。数ページ読んだ私は、編集者の斬新な発想に喝采しながら、本を閉じてしまった。
 
 それは、いろいろな人の顔写真を見る感覚とも似ている。そのどれもが魅力的な男性であり、女性であるとき、視線のやり場に困る……というような気分。あるいはインターネット上の写真だったら、どこかに「拡大」ボタンか、「詳細情報」のボタンがないか探し回る気分である。しかし、そんなものはないのだから、本を閉じ、空を見上げ、動き始めた自分の想像力を、空へ解放するしかない。そんな抑圧されたような、じれったいような、それでいて妙に自由な気分になれる不思議な本である。

 巻末に、この本の“使用法”なるものがいくつか載っている。「自分の状況の置き換えてみる」とか「英語に訳してみる」とか「続きを書いてみる」などあるが、私の場合は3番目をしたい気分になる。日本文学の伝統の中には「本歌取り」というのがあるが、それを小説でやるというのはどうだろうか。また、「狂歌」「替え歌」「パロディー」などもある。機会があったら挑戦してみたい。
 
谷口 雅宣

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2006年10月20日

CO2排出量の不思議

 環境省が17日に“速報”として発表した昨年度の国内の温室効果ガスの排出量のことが、18日付の新聞各紙に載っている。それによると、この速報値はCO2換算で約13億6400万トンで、前年度より0.6%増えたことになる。京都議定書での基準年となる1990年度よりも8.1%上回っているため、同議定書による削減義務(6%)を考えると、今後(2008~12年までに)、14.1%の削減が必要となった。昨年も同じ時期に、同省は2004年度の温室効果ガスの排出量の速報を出しているが、それは13億2900万トンで、2003年度の排出量より0.8%減少したのだった。(2005年10月22日『朝日』)ところが1年たって今度は0.6%増えたため、元のレベルへもどってしまった格好である。

 産業、業務、家庭等の部門別に見ると、最大の排出量がある産業部門は基準年より3.2%減っているものの、業務部門が42.2%、家庭部門も37.4%も上回っている。増加の原因は、世帯数が増え、また事業所の床面積が増えたこと、さらに2005年度は冬季の寒さが厳しかったため、暖房による排出が増加したことなどが挙げられるという。(『朝日新聞』)

 私の実感では、前年度より「0.6%増」という数字はウソのようである。というのは、昨年から今年にかけて、私の住む周辺の東京の渋谷区、新宿区あたりは、地下鉄や高層マンション、商業ビルなどの建設工事でボコボコに掘り返されているからだ。ビルを取り壊し、新しいビルを基礎から建て直す際に排出されるCO2と、取り壊す前のビルの中で生活や商業活動を行う際に排出されるCO2とは、どちらが多いのだろうかと思う。印象としては、前者の方がよほど多いように思うのだが、実際の数字を比べたことはない。
 
 論理的に考えても、前者は後者よりも多いはずだ。大型トラックを走り回らせ、重機を何台も動かし、鉄骨等の建設資材を新たに製造し、木材はほとんど外国から輸入し、内装はセメントや石油製品をふんだんに使い、新しい什器や備品を製造して運搬する……ビル建設にともなうこのような作業から出るCO2が、従来のビルの中での活動から出るCO2よりも少ないと仮定してみよう。妙な結論が出ないだろうか? それは、日本中の建物を新築し、什器備品もすべて新しくすることが温暖化防止に貢献することになる、という結論だ。そんなバカな話はないと思う。

 そう考えてみると、景気が回復し、ビル建設を含む経済活動が盛んになっている今日、前年度比で「0.6%増」というCO2排出量は、計算に含めるべき数値が、いくつか抜け落ちているような気がしてならない。一流大学出の環境省の人々が「抜けている」と言うつもりはもちろんないが、とても腑に落ちないのである。多分、東京の経済活動は盛んでも、地方は必ずしも盛んでないから、日本全体としてはプラス・マイナスして「0.6%増」ということなのだろう。

 しかし、そう考えてもオカシイ数字がある。それは、18日付の『日本経済新聞』に載った東京都の2004年度の温室効果ガス排出量である。上記の数字と1年ずれているが、「戦後最長の好景気」などと言われている日本経済の中心は東京だから、1年のずれで数字が大きく動くとは思えない。その記事によると、2004年度の都内のCO2排出量は6300万トンで、前年度比で「0.4%」しか増えていないというのだ。新聞の見出しには、だから「横ばい傾向が続く」などと書いてある。好景気の中で、環境税も炭素税も課せられていないのに、CO2排出量がどうして“横ばい”になるのだろう? どなたか、私の疑問を解いてください。
 
谷口 雅宣

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2006年10月19日

リンゴの季節

 休日を利用して、妻と2人で渋谷のデパートに買い物に行った。半袖のシャツの上に夏物のジャケットを着て行ったが、渋谷の駅前につく頃には、背中がわずかに汗ばんできた。しかし日陰は涼しく、オープン・カフェでくつろぐ人々は皆、満足そうな顔で談笑していた。そう思う私も、日陰に入らなくても十分秋の空気を満喫できる。今は一年で最も爽やかな季節なのだ。

 いろいろと細々とした買い物をしながら、果物店にリンゴが並ぶようになったことを思い出した私は、「タルト・タタンを買おう」と妻に提案した。この季節になると、菓子店などに出るフランス風の変種アップルパイのことだ。言い伝えによると、タタンという姉妹がアップルパイを作ろうとしていた時、普通は底の浅いパイ皮の上にリンゴの実を載せて焼くのだが、これを上下を逆さにして焼いてしまった。完全な失敗と思いきや、「えいっ」とひっくり返してみると、できた菓子は底の部分がじっくりと焦げて飴色となり、意外においしい出来ばえだったとか。
 
『西洋料理メニュー事典』によると、タルト・タタン(tarte Tatin)は、正式には tarte des demoiselles Tatin (タタン姉妹のタルト)という。作り方は--リンゴを切ってシナモンと砂糖をたっぷりまぶしたものを鍋に載せ、その上に砂糖、バター、リンゴと交互に積み重ね、最後に薄く延ばしたパイ生地を上からかぶせて、砂糖がカラメル化するまでじっくり焼く。焼き上がったらひっくり返して、パイ皮を下にして皿に載せる。

Tartetatan  東急本店の向い側にあるパン屋兼レストランで数年前、これを食べたことがある。ただし、1階のパン売場では買えず、2階のレストランだけで出していた。行ってみると案の定、持ち帰り用は売っていない。そこで、パン屋では朝食用のパンを買って、東急本店まで足を伸ばした。地階のパン売場にあるのを知っていたからだ。そこで2切れ買って帰ろうとしたが、すぐ後ろは果物売場だったから「リンゴも……」ということになった。妻は普通のリンゴを掴んだが、私はその隣にあるピンポン玉大の赤いリンゴの山を見て「ヒメリンゴがある!」と言った。驚いたのである。そして、売場の人に「これ食べられるんですか?」と訊いた。馬鹿な質問である。果物屋が食用でないものを売っているはずがない。売場の人は笑いながら「普通に食べられますよ」と答えた。妻は気をきかせて、それを買った。
 
 私の愚問には理由がある。昨年11月3日の本欄でヒメリンゴのことを書いた。そのとき参考にした百科事典には、「盆栽」「花木」の文字はあったが「食用」とは書いてなかった。明治神宮外苑の近くにある公団住宅の公園で見つけたヒメリンゴの実も、リンゴのような香りがしたので、採って皮をむいて口に入れてみたが、酸っぱくてだめだった。だから私はてっきり「ヒメリンゴは食べられない」と思っていたのだ。しかし、家に帰って別の本を調べてみると、ヒメリンゴはリンゴとズミの交配種で、果実が大きく食べられるものと、小粒で食べられないものの2種があると書いてあった。売っていたのが前者で、私が公園で見つけたのは後者か、あるいはズミだったかもしれない。

 帰宅後に、私たちがタルト・タタンとヒメリンゴを食べたことは、言うまでもない。

谷口 雅宣

【参考文献】
○見田盛夫編『西洋料理メニュー事典』(1988年、アートダイジェスト刊)
○那須浩編『家庭の園芸百科』(1990年、主婦と生活社刊)

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2006年10月18日

本欄が書籍に (3)

Part64r  本欄の昨年11月から今年2月分をまとめた本、『小閑雑感 Part 6』(=写真)がまもなく世界聖典普及協会から出版される。4月25日の本欄で前作の『Part 5』の発刊について書いたから、ちょうど半年後の発刊である。文章の数は前作の89篇から83篇に減っているが、これは主として「フィクション」という分類のものを収録しなかったからだ。大部分がノンフィクションである本の中に突然、フィクションが出てくる違和感を避けたかったのと、創作は創作として別の本にまとめる方が読みやすいと思ったからだ。

 この本がカバーする4カ月の間に、生長の家の大きな行事は秋季大祭と記念式典、新年祝賀式、ブラジルでの生長の家教修会、そして建国記念の日祝賀式があった。それぞれについての文章が本書には含まれる。一方、“続き物”の文章では、①科学者の倫理性、②信仰と風刺、③認知された“石油ピーク説”、④政治が科学を抑えている?、⑤実相の表現は簡単か?、という表題が含まれる。①は、韓国のES細胞研究の“権威”とされた科学者が、データを捏造した研究論文を発表した事件について、7回にわたって書いたもの。②は、イスラーム最高の預言者モハンマドの風刺画がヨーロッパの新聞に掲載された事件に関して、3回書いた。③は、私が7~8年前から紹介している説が、ようやく認められてきたという話で、④は、NASA(米航空宇宙局)の気象学者の発言がアメリカ政府によって抑えられているという話だ。⑤は、生長の家の教義の解説である。

 また、クリスマスに関連して「クリスマスは冬至祭?」「クリスマスはアメリカの伝統?」「季語・クリスマス」という題で3回書いた。これらを読んでもらえれば、宗教上の儀式や祭などは、それぞれの土地の文化に都合がいいように脚色され、一部受け入れられ、あるいは一部拒否されながら続いていくのであり、「不変の真理」「普遍の価値」と呼べるようなものとは性質が異なることが理解されるだろう。このことは拙著『信仰による平和の道』(2003年、生長の家刊)の中で、次のように述べたことの証左になるだろう:
 
「宗教というものはそれぞれの発祥の地における地域的、文化的、時代的な特殊な要請にしたがって登場し、成立するものではあるが、それが真理を説き、時代の変遷にもかかわらず発展していくべきものならば、それは成立当初のローカル色や特殊性から脱却し、普遍的な真理を前面に打ち出すとともに、伝播地においては、逆にその土地のローカル色や特殊性を吸収し、応用するだけの“幅”や“柔軟性”をもたねばならない」(pp. 17-18)

 クリスマスは今や、キリスト教最大の行事のようになっているが、12月25日を“救世主・イエス”の誕生日として祝う習慣は、もともとのキリスト教にはなかった。それが、キリスト教がローマの国教となった後に、ローマ人の太陽神崇拝の祝日をキリストの誕生日にしてしまったのだ。また、アメリカ大陸に渡った清教徒たちは当初、クリスマスを「キリスト教的でない」として拒否していたことも、特筆に値する。
 
 ところで、今年1月に生長の家教修会のためにサンパウロとニューヨークへ行った際、スケッチブックに「絵日記」のようなものを描いたが、その絵は本欄に掲載しなかった。今回、本書にまとめる機会にそれら10枚を収録することにした。
 
 この本は、10月25日に発売される。前作に引き続いてご愛顧いただければ幸甚である。
 
谷口 雅宣

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2006年10月17日

核拡散時代への対応 (2)

 北朝鮮が核実験をしたことの証拠をアメリカが掴み、発表した。このことに関連して、自民党の政調会長である中川昭一氏が15日のテレビ放送で、「(国防の)選択肢として核ということも議論としてはある」と発言したことが問題になっている。中川氏は翌日に「私は核武装反対論者」だとして、核武装論は自説でないと主張したが、政権党の政調会長が自説でもないものにテレビ放送でわざわざ言及することの不用意さは、批判されても仕方がないだろう。ところで、日本の核武装については、私は10月13日の本欄であまり明確に意見を書かなかった。そこで中川氏のような誤解が生じないように、ここで私の意見を述べよう。

 私は日本の核武装に反対である。その理由はたくさんあるが、宗教的には、「殺すものは殺される」「心で認めるものが現れる」などの“心の法則”の逆用になるからである。また、政治的な観点からは、主として①防衛戦略として効果がない、②同盟関係を破綻させる、③国民の心情に反する、の3点から反対である。さらに、核武装は経済的にも貴重な資源と人材の無駄遣いとなり、したがって環境の破壊と悪化を加速する。崩壊後の旧ソ連の国内事情を振り返ってみると、このことは分かりやすい。今回は、これらの理由のうち政治的理由の1番と2番について、少し述べてみよう。

 実は、今日(17日)付の『日本経済新聞』の社説が、①の点を次のように簡潔に要約している--「核抑止力を維持するには敵が核攻撃したときに対抗するための第2撃能力が要る。第2撃用の核ミサイルは隠しておく必要がある。日本にはそのための用地がない。潜水艦に配備するとしても海上自衛隊の基地は限られており、探知しやすい」。

「第2撃」の意味については、10月13日の本欄ですでに述べたとおりである。敵の核攻撃を“吸収”したうえで、敵にとって「耐え難い破壊をもたらす」報復攻撃の能力を温存しなければ、核の抑止は機能しない。上記の説明では「第2撃用の核ミサイルは隠しておく」と書いてあるが、そんな生易しいものではない。「隠す」だけではなく、敵の核攻撃に耐えるために、分厚いコンクリートで固めた地下サイロの中で核ミサイルを「防護する」のである。そういう頑強な核ミサイル基地を日本各地の山中に建設する必要がある。また、上記では潜水艦に触れているが、海上自衛隊の基地が限られているならば、各地にそれを増やす必要があり、さらに海中に潜行したまま長時間活動ができる原子力潜水艦を配備することが望ましい。その中に第2撃用の核ミサイル(SLBM)を隠すからである。冷戦時代のアメリカは、このほかの第2撃用手段として戦略爆撃機に核兵器を積んでいた。軍事危機が発生すると、これが何機も空軍基地から飛び立って敵国の上空へ向うのである。

 アメリカはこの“3点セット”の核兵器でソ連に対峙し、ついにソ連を崩壊させた。もちろんアメリカ1国がそれを成し遂げたわけではなく、同盟国の協力があったからだ。日本が北朝鮮に対抗して核武装するのであれば、3点は必要でなく、2点でいいかもしれない。しかし、核抑止力維持のための上に書いたような諸方策を日本がこれから実行できるだろうか? 私は、現在の日本の社会状況、政治状況の中では、とても不可能だと考える。それでももし核武装に走るならば、中途半端な予算で、あまり防護できないミサイル基地を建設し、潜水艦は従来型のものに核ミサイルを搭載して誰にでも分かる場所に係留しておくことになる。これでは、北朝鮮に対して「核兵器はここにあるから、早く先制攻撃をしてくれ」と言うようなものである。つまり、中途半端な核武装は、かえって敵の先制攻撃を誘うのである。
 
 これに加えて、政治上の損失も大きい。他国から見れば、日本はすでにアメリカの“核の傘”の下にあるのに、なぜ独自の核兵器が必要なのか、が問題となる。そのことを、当のアメリカを含めた世界各国が考えるだろう。日米安保条約が存在する中で日本が核武装するには、「アメリカの“核の傘”は不十分だ」と考えるのでなければ不合理である。つまり、日本の核武装は、アメリカに対して「あなたが条約上の義務を履行するとは思えない」と言うメッセージを送るのである。当然、同盟関係は怪しくなる。また、韓国や中国やロシアなどの近隣諸国は、日本はアメリカから離れていくと考え「何か野心がある」と受け取られやすい。特に、民族的には北朝鮮と同一の韓国は、日本の核兵器が北朝鮮だけでなく、自国に向けられていることを疑うだろう。こうして、北東アジアの従来の国際関係は大きく変動し、日本は恐らく孤立していくだろう。

 これらのことを考えれば、日本の核武装は「選択肢の中にある」とは言えないのである。

谷口 雅宣

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2006年10月16日

代理母をどう考えるか? (2)

 10月3日の本欄で、タレントの向井亜紀さんと高田延彦さん夫妻がアメリカでの代理出産で得た子どもの件を書いた。品川区が出生届を受理しなかったのを、東京高裁が受理を命じ、それに対して同区が抗告の申し立てをしている最中だが、今度は、日本では実質的に禁じられている代理出産を国内で敢えて実行したと、長野県の産婦人科医が発表した。それも、30代の女性の卵子を使い、その母親の50代後半の女性が妊娠・出産したというのだ。『読売新聞』が特ダネとして15日の紙面で報道し、翌日の朝刊で各紙が一斉に伝えている。『読売』の記事によると、これを行った医師は、「代理母が産んだ子を手放すのを拒むなどのトラブルを回避でき、代理出産のモデルケースになりうる」と言ったそうだが、「祖母が孫を産む」という前代未聞の技術を、そんな簡単に誉めるべきではないだろう。
 
 各紙の報道によると、この代理出産を実施したのは、長野県下諏訪町の諏訪マタニティークリニックの根津八紘院長である。同院長は、日本産科婦人科学会が禁じる代理出産を過去にも行っているので有名な人だ。同院長は、結婚後に子宮摘出手術を受けた30代の妻と、その実母の申し出を受けて、2004年に妻の卵子と夫の精子を体外受精させ、それによって得られた受精卵を妻の実母の子宮に移植した結果、昨年春に体重2400グラムの子が無事生まれたという。そして妻の実母は、生まれた子を戸籍上実子として届け出た後に、養子縁組によって遺伝上の夫婦の子とした。

 根津医師は、2001年5月、子宮を切除した女性の卵子を使い、その女性の実姉を代理母として国内で初めての代理出産を行ったが、そのケースと比べて今回のケースの方がいい、と次のように『読売新聞』に語っている--「女性の姉妹を代理母とすると、年若い姉妹の家庭が10カ月間も不自由を強いられるし、最悪の場合、お産で亡くなるかもしれない。一般論だが、もし姉妹と母親がともに代理母になると申し出た場合、私は母親を選ぶ」。また、この時期に過去の例を公表する理由については、向井さんらの子どもの出生届の受理命令に対して、「品川区が不服として抗告したことに憤りを感じた。国民にこの問題を議論してほしいと考えた」(『読売』)と述べている。
 
 議論という点では、私の立場は10月3日の本欄で確認した通りである。それは「親の立場」を最優先するのではなく、「子を親の幸福追求の手段とするべきでない」ということである。特に代理出産は、「生まれてくる子」に加えて、「代理母となる人間」を自分の手段として利用するのだから、「倫理性はさらに疑わしい」とも書いた。根津医師は、新聞のインタビューに対して、「母が娘のために危険性を認識していながら産む意思を、誰が止められるのか」(『読売』)と言っている。しかし、代理母が遺伝上の母の実母であるという今回のようなケースでは、高齢出産が原則であるから、妊娠にともなう母体へのリスクは飛躍的に高まる。それを「実母だからこそ危険負担を申し出たのだ」と言わんばかりに美談化するのは、患者の健康と生命を第一に考えるべき医師の発言としては疑問が残る。

 根津医師は、50代は普通でも脳血管などに問題が出てくるのに、妊娠・出産というストレスがこれに加わること、閉経後だから女性ホルモンの投与が必要なこと、出産後に更年期障害が起こり得ること、海外を含めて10数例しかないことなどを知っていた。また、今回の代理出産では、多胎妊娠の可能性があったことを忘れてはいけない。『朝日』の記事には、50代後半の母親の子宮に移植された受精卵の数は「2~3個」と書いてある。仮に多胎妊娠が起こって、すべての子を出産できない事情があれば“子の選別”が行われるのである。また、高齢出産から障害のある子が生まれる可能性があることは、周知の事実である。こういう様々な危険を知りながら、同医師は「それでも危険を冒す」方を選んだ。その選択の根拠とはいったい何だろう? それを考えると、私は、同医師が「子をほしい」という女性の立場に余りにも寄りすぎてしまい、医師として、科学者としての中立性を見失っているように感じられるのである。

 同医師は、16日付の『産経新聞』のインタビュー記事の中で、「子供を産みたい娘の気持ちを親の協力で解決できる。むしろ今後、実の母親による代理出産が定着し『親が子供の子を産まないのは愛がないこと』というような話にならないか心配だ」と言っている。これは無責任な発言だ。だいたい閉経後の親の代理出産は「親の協力」などという簡単なものではなく、「親の決死の覚悟」と言うべきだ。臓器提供や卵子提供でも問題になるのは、患者の近親者や利害関係者に対して心理的な圧力が加わることだ。自分の行為によって、親に「決死の覚悟」をさせる状況が生まれることを知りながら、それを「心配だ」というのはおかしい。心配ならば、そんな行為を初めからしなければいいのである。
 
 今回の事例でも、「子の立場」があまり考えられていないように思う。子の実母は、戸籍上は祖母である。その子を遺伝上の両親が“養子”としてもらっている。この事実を、成長した子が知る日が来るが、そのことの説明をどうするのかを聞かれて、根津医師はこう言っている--「(30代の)女性には『おばあちゃんのおかげで生まれた』と、子供にその意味がわからない段階でも説明するように言っているし、両親も了解している。最後は親子の関係で決まる」(『産経』)。あまりにも簡単な答えだと思う。これに対し、養親による「つぎき家族の会」の野口佳矢子氏は、「子どもが大きくなって真実を知ったとき、どう受け止めるだろうか。段階を追って告知するにしても、将来の子どもの気持を考えたら、祖母が代理母になる選択はできないと思う」(『朝日』)と言っている。
 
 以上のことを総合して言えば、私は今回の根津医師の行為に対して賛成することはできないのである。
 
谷口 雅宣

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2006年10月14日

2年後の長岡

 15日に開かれる生長の家講習会のために長岡市に来た。新潟県中越地震以来である。2年前の10月23日、私と妻は長岡市立劇場で翌日行われる講習会のために長岡入りし、午後5時56分にこの地を襲ったマグニチュード6.8の大地震に、長岡駅構内で遭遇した。そのときの体験は「旅人の被災」という文章に書いたが、今日の午後3時16分ごろ、長岡駅に降り立った私の脳裏には、2年前の記憶が甦ってきた。新幹線の改札口を出て、さらにもう1つある改札口を出た先に、土産物を売るワゴンが出ていたが、そこで妻が絵葉書を買おうとしていた時に、最初の揺れが来たのだった。私と妻は床に這いつくばって揺れがおさまるのを待ち、広告板や建材が落ちた駅の通路を足早に歩き、駅から道路へ逃れて、ホテルまでもどったのだ。その同じ途を2年後に歩きながら、私は「懐かしさ」にも似た感情を覚えていた。

 2年という歳月が、その時の強烈な体験と興奮状態を薄め、そんな感情に変えてしまっているのだろう。それは、子どもの頃の苦しい体験が、大人になって懐かしく思い出されるのにも似ている。とにかく、余震を感じながら不安の暗い空を眺めた東口駅前広場も、花と花器が散乱したホテル内の花屋も、部屋に入れずに集まった宿泊客がテレビにかじりついていたロビーも、私にとっては役者のいない舞台装置のように感じられた。その“劇”はつい最近上演され、私も役者の一員だったのだが、今日はなぜか役者仲間は1人もいない。そんな気持でホテル内を歩いていると、フロントで笑顔で挨拶をするホテルマンが、役者仲間だったような錯覚に陥り、思わず笑顔を返したくなる。そして「やぁ、あの時は大変でしたね」などと言いたくなる。

 私の心はそんな状態だったが、長岡駅前は2年前の痕跡をほとんど残していなかった。ただ、歩道や路肩の修復をしている場所がまだある。が、それも、地震の被害の修復なのか、別の理由の道路工事なのか旅人の私には分からない。『新潟日報』の「日報抄」欄には、連合艦隊司令長官、山本五十六氏らが眠る長岡市内の山本家の墓所の再建が始まった、と書いてあった。だから、地域によっては地震の被害がまだ残っているのだ。

 ホテルの部屋でひと息いれた後、妻が「墓参りをしたい」と言い出した。これも2年前の文章に書いたことだが、妻の母方の祖母の実家が長岡市内にあり、その菩提寺がホテルから2キロほど離れた所にあった。私たちはホテル内の花屋で生花を買い、タクシーで寺まで行った。寺の庭には中年の男女と2歳くらいの女児がいて、住職一家のようだった。妻が花を持って近づくと墓参客だと合点したらしく、丁寧に応対してくれた。その人の話によると、寺には450ほどの墓があるが、地震で倒れたのは15ほどだったという。そのほとんどが、すでに修復されていた。

Nagao2006  墓参を終えて、長岡駅方向へ少し歩いた。寺の境内にもセイタカアワダチソウはあったが、町の各所に、生命力にあふれたその黄色い花が誇らしげに頭を揺らしている。そんな中で、朱色の実を枝いっぱいにつけた1本のカキの木が、私の目を惹いた。「もうそんな季節なのか」と思った。人の営みも自然の営みも、地震の記憶をこうして和らげてくれる。忘れることと、繰り返すことで、生命は伸び続けるのだ。

谷口 雅宣

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2006年10月13日

核拡散時代への対応

 前々回の本欄では、北朝鮮の核実験が成功することの影響について触れたが、今回はこうして生じる「核拡散」の問題を一般論化して考えてみる。少し専門的な話になるので、興味のない読者は、この最初の段落だけを読み、あとは無視して下さっていい。ハーバード大学の戦略研究所で安全保障と軍事関係の教授をしているスティーブン・ローゼン博士(Stephen Peter Rosen)は、米外交専門誌『Foreign Affairs』の今年9~10月号に「核拡散のあと--より多くの国が核武装したらどうすべきか」と題した論文を書いているが、そこに描かれている問題を加味して概括的に言う。今日の“多項並立的”な核拡散時代には、冷戦時代よりもはるかに複雑で不確かな紛争が起こる可能性があるから、冷戦時の核戦略は時代遅れとなり、新しい戦略と、国の安保政策を練り直す必要に迫られている。

 まず「核抑止」の考え方だが、前々回に触れたように、冷戦時代は自国に飛来してくる核兵器がどこから来るかということは自明か、あるいは簡単に察知できた。したがって、そういう“潜在敵国”を想定して報復核攻撃の標的を定めておくことが事前にでき、よって第2撃の有効性を確保することが可能だった。「第2撃」とは、報復核攻撃と同義である。これに対し「第1撃」とは、先に核攻撃を仕掛けるものをいう。この第1撃を抑止するためには、「撃ったら、撃ち返すぞ」という程度では足りず、「1度わが方を核攻撃すれば、お前は耐え難い破壊を報復によって受ける」というメッセージを明確に発信する必要がある。このためには、核保有国は、潜在敵国の第1撃を“吸収”(地下サイロなどの頑強な防護で核兵器を護り、第1撃に耐える)した後、敵の防衛能力を圧倒するような報復攻撃を加える能力と意志とを温存していなければならない。こういう事情から、相対峙する核保有国の間には終りのない軍備拡大競争が起こりやすいのである。
 
 以上は、旧時代の「米ソ」とか「印パ」などの2国間の争いの基本構造だ。その他の国々は、これらの核保有国との軍事同盟によって、自国の安全保障を行う方策を採用した。しかし、核拡散の新時代には、どの国が“潜在敵国”であるかが判然としなくなる。場合によっては、複数の潜在敵国を想定しなければならない。すると、それぞれの標的は別だから、信頼性のある抑止力を維持するためには、旧時代の2倍、3倍の第2撃能力を確保しておかねばならないかもしれない。そして、たびたび軍事紛争を繰り返す地域(例えば中東)に核保有国がいくつも生まれた場合、この問題は深刻化する。

 現在、いちばんありそうな事態は、通常兵器の撃ち合いの途中で、核兵器が使われることである。例えば先日、イスラエルはレバノンのシーア派武装集団「ヒズボラ」の拠点に対してミサイル攻撃等を行ったが、仮にヒズボラが核を入手しており、同じシーア派のイランが核武装していた場合、イスラエルへの対抗措置としてレバノン国内から核弾頭を付けたミサイルが発射される、という事態が考えられる。この際、イスラエルはどの国が“第1撃”を放ったと認定すればいいのか、判定は困難だろう。そして、イスラエルはレバノン国内に“第2撃”を打ち込むことによって問題が解決するとは思えない。レバノン国内の「耐え難い破壊」を予想したイランが、友好関係をもつヒズボラへの“第2撃”を自国へのそれと見なして、イスラエルに対して“第2撃”を打ち込む可能性もあり、それを事前に予測したイスラエルが、イランの軍事施設に対して先制的な“第1撃”を加えるかもしれない。こうして、複数の核保有国が隣接する地域では、核の抑止力が働きにくくなり、核攻撃は起こりやすくなる。さらに言えば、核保有国の数が増えれば増えるほど、単なる「手違い」や「事故」や「判断ミス」による核兵器の使用が起こる確率も増大する。

 ここで「中東」の例を使って指摘したことは、日本が位置する北東アジアでも起こりうるのである。北朝鮮は中国の核の傘の下では満足せず、核を保有した。日本はそれを「重大な脅威」と感じて自ら核兵器を開発する。一方、台湾は北朝鮮の例に勇気づけられて、中国に対する防衛戦略として核を保有する。こうなると、韓国が同様の決断をしないと考える方がおかしい。日本は、中国、北朝鮮、韓国、台湾、ロシアのうち、どの国を“潜在敵国”として核戦略を構築すべきだろうか? わずか数十分で弾道ミサイルが飛来するこの地域で、核抑止力を備えるためには、敵の第1撃を“吸収”した後、各国に対して「耐え難い破壊」をもたらす程度の核戦力が必要である。これは事実上、不可能だ。それなら、北朝鮮に対抗するためだけに核武装するのか。では、北朝鮮の核が(最悪を想定して)東京や大阪、名古屋で爆発した後、かの国に対して「耐え難い破壊」をもたらす程度の核戦力を、日本はどこに配備すべきか? 国の憲法は、防衛計画は、日米安保条約は、首都機能は、どうすべきか? 

 これらの問題は、どれ1つ取ってもきわめて重大で解決には困難が予想される。それでは、日本は核武装など考えず、従来どおりに日米安保を軸に防衛力増強に進むべきか? 安部首相は10日の衆院予算委員会で「わが国の核保有という選択肢は全く持たない」と言明したが、その場合、どの程度の軍事的・経済的貢献をすれば、アメリカに“核の傘”を継続的、かつ有効に維持させることができるのか? --こういう疑問に回答することが、今回の北朝鮮の行動によってもたらされるかもしれない「核拡散」への対応となるだろう。

谷口 雅宣

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2006年10月12日

鳥の巣事件

 休日を利用して久しぶりに大泉町の山荘に来た。紅葉は始まっているが、山々を覆うカラマツ林は黄金色に変わるまでにはまだ早い。が、朝晩は冷えると予想して、東京の住まいの庭からサワラの木を薪にしたものを4束、車に積み込んで来ていた。
 
 サワラはヒノキ科の常緑高木で、日本特産だ。ヒノキに似た芳香があり、桶類や浴室用材として使われる。大きなものは樹高30メートル、幹は直径1メートルにもなる。しかし、古木になると幹が中空になって、暴風雨などで倒れる危険性が生じる。そんな古木が庭の北西の端に4本ほど並んでいたのを、台風シーズンを前に母が伐採を依頼した。私は「それならば…」と考え、一部を薪ストーブに入る大きさに切って残しておいてもらった。伐った木は湿っているので、すぐ薪としては使えない。が、山荘に置いてあった別の薪を燃料に使い、サワラを補充するつもりだった。
 
 薪ストーブへの点火は、今年の春以来はじめてのことだった。それを得意な妻が、「薪に火がつかない」と言って、ストーブの前からなかなか離れない。山荘の薪は一応、雨が直接かからない軒下に積んであるが、風があればすぐ濡れてしまう。だから当初、薪の湿気で火が点かないのだと思っていた。私もやってみたが、着火剤を置き、古新聞に火をつけても、ストーブの扉を閉めると、それまで盛んに燃えていた火が消えてしまう。空気の吸入口を何度も確認するが、結果は同じである。これまで何年もこのストーブを使っていて、そんなことは一度もなかった。可能性としては、ストーブ本体の故障か、あるいは煙突に何かが詰まっていることが考えられた。

 山荘のメンテナンスをしている会社に電話すると、「すぐ行きます」という返事で、10分後ぐらいに社長さんが自ら来てくれた。その社長さんも我々と同じことをしてみたが、結果は同じだった。またこの時、ストーブの煙が煙突から出ないことが確認された。社長さんがストーブ会社に連絡すると、“症状”を聞いた担当者は煙突が詰まっている可能性を指摘した。そして、室内に出ている煙突をズラして中を調べる方法を教えてくれた。その結果、ストーブのすぐ上から煙突がわずかにズレた。ちょうど手の指が3~4本入る隙間が開いたのである。と、そこから半分乾燥した緑色の苔の固まりのようなものが見えた。我々は「ワッ」と言い、社長さんは「これだ!」と言った。鳥の巣の材料が、ストーブの排気口を覆っていたのである。

 それから後は、社長さんと妻が一緒になり、煙突の中に指を突っ込んで中身を次々と引き出した。私はそれを少し緊張しながら見ていた。ヒナの死骸でも出ないかと心配していたのだ。が結局、煙突の長さ1メートルほどの中に、鳥の巣の材料だけがいっぱい詰まっていた。社長さんの話によると、鳥が煙突から入ることはあるが、その場合、ストーブの中でバタバタしていたり、ストーブの戸が開いていれば、部屋の中がフンだらけになっている。しかし、鳥の巣の材料だけが、煙突にこんな大量に詰まっているのは、見たことがないという。そう言えば、この山荘には、かつて軒下から鳥が入って天井裏で騒いでいたこともある。鳥にとっては居心地のいい場所かもしれないが、我々人間にとっては、夜中にガサガサ、トントンと音を立てられるのは困る。
 
「自然との共生」など、言うことは簡単だが、いざ実行するとなるとなかなか訓練がいるものである。

谷口 雅宣

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2006年10月11日

北朝鮮の核実験 (4)

 前回、本欄にこの表題で書いたとき、私は現時点で北朝鮮の核戦略は「攻撃的」というよりは「防衛的」で、同国の核の脅威は「軍事的」というよりはむしろ「心理的」だ、と言った。これは、しかし「北朝鮮が核武装しても大きな問題はない」という意味では決してない。その証拠に、私はいの一番に、北朝鮮の核実験によって「国際情勢は、日本の国内政治も巻き込んで、今後大きく変化していく可能性がある」と書いた。そのことの意味を、今回は説明したいと思う。また、今日(10月11日)の時点では、同国の核実験があったかなかったかの確認が最終的にはできていない。が、ここでは、私はそれが「あった」として書くことにする。

 核兵器の使用法を議論する「核戦略論」や「核抑止論」というものは、一般の人たちには馴染みが薄いだけでなく、アレルギー的な拒否反応を引き起こす可能性をもっている。というのは、もともと核兵器は「使ってはいけない兵器」だからだ。にもかかわらず、この分野の研究者は、その核兵器を、自国がどう使うと思わせることで他国に使わせないようにするか、などということを理路整然と論ずるのである。このテーマで書いた私の前回の文章では、その一端を披露させていただいたから、読者の中には「宗教家のくせに、何を書くのだ」と驚いたり、腹立たしく思った方がいたかもしれない。

 ここで誤解のないように言っておくと、あの文章は宗教とまったく関係がない。「真理」「愛」「慈悲」「赦し」「憐み」「信頼」「尊崇」「自己放棄」……等々の、宗教的な信条や心情とはおよそかけ離れた、“国際政治上の最も冷たい論理”と言ってもいいだろう。そんなことを私が書く理由は、宗教も時には「現象世界に処すべき方法」を説く必要があるからである。(谷口雅春著『新版 叡智の断片』p. 195 )そして、核兵器の問題は、今まさに日本周辺の国際環境で起こっていて、現象的にどう処すべきかが議論されているからである。
 
 北朝鮮の今回の実験が失敗だったとしても、同国が今後、核兵器の開発を中止することはない、と私は思う。また、前にも書いたように、今回の実験が成功して同国が核武装にいたったとしても、当面は日本に対して「重大な脅威」とはならないと思う。しかし、これを前例としてイランが核武装し、それに脅威を感じたサウジアラビアなどが同様の政策を遂行し、また日本に対北朝鮮ナショナリズムが噴き上がり、日本も核武装にいたるなどの事態が広がると、国際社会は大変憂うべき状態に突き進む可能性がある。これが「核拡散」の問題である。
 
 核拡散の問題の第1は、従来の「核抑止論」が通用しなくなることである。これまでの核戦略は冷戦時代に構築されたため、「ソ連対アメリカ」「西側対東側」「共産主義対自由主義」というように、敵と味方の「2項対立」を前提として考えられてきた。例えば、敵の核攻撃(第1撃)を抑止するためには、味方の核戦力を攻撃から守り切り、攻撃されても敵への圧倒的な報復攻撃(第2撃)が起こる可能性を示すことが必要である、などと考える。その結果、核抑止のためには、都市の防衛よりも、核兵器の防衛が大切とされる。このことは“敵”の側から見ても同様だから、互いに敵側の都市を壊滅状態にできるような核兵器を自国側に温存する政策が採られることになる。このことを「相互確実破壊戦略(mutually assured destruction)」と称し、英語の頭文字を取って「MAD戦略」(気違い戦略)などともいう。(詳しくは、2002年6月11日の本欄参照)
 
 この核抑止論では、自国に飛来してくる核兵器がどこから来るかは、自明のこととして不問に付されている。なぜなら、冷戦時代は2項対立時代だったからだ。米ソの核開発の後、仏・英・中が核兵器をもったが、これらの国は“東”“西”のいずれかに入ったし、インドとパキスタンが“核クラブ”に入っても、簡単に東西に分類できた。これに南アフリカ、イスラエルが加わった後で冷戦が終った。すると突然、「2項対立」が「多項均衡」の状況になってきた。さらに冷戦終了で平和は来ず、宗教や民族対立が激化している。9・11以降は、国だけでなく、「人間の集団」が戦争の当事者になり得る状況になっている。そういう中で、自国に飛来してくる核兵器がどこから来るかということは、もう自明ではなくなっているのである。(10月13日の本欄に続く)
 
谷口 雅宣

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2006年10月10日

生光展はじまる (2)

 生長の家芸術家連盟の美術展「生光展」が、東京・銀座の東京銀座画廊で9日から始まった。1年前は10月10日の本欄で同じタイトルの一文を書いたから、ご記憶の読者もいると思う。今年は28回目で、水彩、油絵、日本画のほか、アクリル画、ミクスドメディア、和紙画、版画など、多様な画材を使った絵画に加え、新たに写真も登場した。展示作品は85点で、出品者は北海道から沖縄まで65人。今年は特別に、生長の家総裁・谷口清超先生も「君子蘭」という題のカラー写真を出品され、生長の家白鳩会総裁・谷口恵美子先生は「月と松」「シンビジュウム」の2点の水墨画を展示されている。恥ずかしながら私も、昨年に引き続き小品2点を出品させていただいた。

 谷口清超先生はご自宅で静養中だが、天気のいい日など時々、愛用のデジタルカメラを三脚に据えて写真を撮られる。今回出品の作品(420×300mm)は、ご自宅2階のベランダを背景に、橙色のクンシランの鉢植えをやや上方から撮られたもので、背後にある薄緑色のベランダに映った複雑な影が、奥行きと静かな空気感を醸し出している。この写真は、平成19年度の「光明生活の日訓」の表紙になることが決まっている。初日の昨日は祭日だったので、妻と2人で会場へ行き、同連盟委員長のすずきゆきお氏、運営委員の小杉繁良氏などから、展示作品について丁寧な説明を聞かせていただいた。

Seiko20062  私の小品は6号の油絵「月山遠望」と、4号のアクリル画「海辺の公園」である(=写真参照)。前者は、来月出版される長編小説『秘境』(日本教文社刊)のカバー絵として描いたもの。この小説の取材のため、一昨年1月に山形県の庄内地方を訪れた際、撮影した写真をもとに描き起こした。薄く雪化粧した冬枯れの山々が連なる遠方に、純白の月山を望む風景に打たれてシャッターを押した。まったく音のない静謐な世界と神々しい月山を描きたかったが、どこまで表現されているか自信がない。小説の主舞台は夏場のわずか数カ月間だが、庄内の厳しい冬で本のカバーを飾ることで、主人公の置かれた自然環境の全体像を読者に伝えたいという意図がある。
 
「海辺の公園」という絵は、今年の9月末に横浜へ行ったとき、横浜港に臨む「みなとみらい地区」の公演を描いたもの。小型のスケッチブックにペンと水彩で描いた絵をもとに、ペンによるスケッチの軽妙なタッチと水彩の明るさをアクリルで表現しようとした。昨年、この展覧会に出品した「セントラル・パーク」という油絵が、元絵のペン画のスケッチに比べて重過ぎたことを反省し、別の技法でその難点を克服できないか試みたものである。会場での批評に、「もっと描き込んでほしかった」というものがあったから、多分、成功していない。近景に公園の芝生と緑の木々、遠景に高層ビル群を配する構図は、「セントラル・パーク」と共通している。

 双方の絵は、完成から出品までに時間的余裕がなかったのでデジタル化ができず、現段階では本欄に掲載できない。が、「月山遠望」のもとになった写真は、本サイトの英語のページに「Remote Mountains」と題して掲載されている。生光展は15日までやっているので、ぜひご来場あれ。

谷口 雅宣

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2006年10月 9日

北朝鮮の核実験 (3)

 北朝鮮は、私の予想とは裏腹に、いとも簡単に核実験をしてしまった。その結果は、今夜(9日)の時点ではまだ明らかでない。が、成功にしろ失敗にしろ、これによって国際情勢は、日本の国内政治も巻き込んで、今後大きく変化していく可能性がある。浮き足立った言動をせずに、(誰かの口ぐせではないが)しっかりと状況を見きわめ、正しく判断することが大切だ。

 今回の核実験が成功だったと仮定して考えを進めよう。まず第一に、核兵器を持ったということと、それが軍事的な脅威になることとは、必ずしも同義ではない。核兵器は、ある国の内部にあるだけでは軍事的脅威ではない。それを仮想敵国の内部まで一定の信頼性をもって運搬する手段が必要である。これが(大陸間)弾道ミサイルであり、爆撃機であり、潜水艦搭載ミサイルである。北朝鮮の場合、7月のミサイル発射実験で、アメリカ本土まで到達する大陸間弾道ミサイル(テポドン2)の発射は失敗した。しかし、日本全土やハワイに到達する中距離弾道ミサイル(ノドン)は、使えるかもしれない。そのほかの核兵器運搬手段を、かの国は今のところもっていない。だから、日本に対する軍事的脅威は、日本国内の米軍基地や自衛隊基地などの“堅い標的”に対する限定的なものと言える。これに対して、“柔らかい標的”と言われる都市や工業施設への脅威は、今のところ大きなものとは言えないだろう。

 日本国内の軍事施設に対して、北朝鮮の核の脅威が「限定的」だと考えられる理由は、現在の日米関係が良好であり、日米安保条約が有効に機能しているからだ。もし日朝間で軍事的緊張が高まり、北朝鮮が「首都・東京を壊滅させる」と脅したとしても、東京への核攻撃は、米軍による北朝鮮への核報復を招くだけで、北朝鮮としては米軍の攻撃を防ぐ手段はない。だから北朝鮮は東京を核攻撃する前に、自国を報復攻撃することになる米軍基地を叩いておくことが必要だ。しかし、米軍の核兵器は、日本国内にあるとは限らず、アラスカにも、カリフォルニアにも、ハワイにも、そして太平洋や日本海を隠密裏に航行している原子力潜水艦にも搭載されているかもしれない。したがって、自国を壊滅させる覚悟がなければ、北朝鮮は日本国内の基地を核攻撃することはできない。このことを「米軍の核抑止力」という。

 だから、現段階での北朝鮮の核の脅威は、日朝間、あるいは米朝間で軍事的緊張が高まり戦闘が開始されそうになった場合、北朝鮮が自国防衛のために、「日本(あるいはアメリカ)が我々を攻撃すれば、核を含むあらゆる手段で敵を殲滅する」などと脅し、日本(あるいはアメリカ)の攻撃を抑止しようとする際に生じる。読者は、日本(あるいはアメリカ)が北朝鮮を先に攻撃しないと考えるかもしれないが、アメリカは韓国と安保条約を結んでいるから、朝鮮半島での武力衝突がエスカレートした場合、アメリカは条約上の義務から北朝鮮を攻撃する必要が生じるかもしれない。その時、米軍が日本国内の基地を使って攻撃するのであれば(そして、その可能性は大きいが)、“堅い標的”と言われるそれらの基地への北朝鮮の核報復は十分考えられるのである。

 こう考えてくると、北朝鮮の核の脅威は「軍事的」というよりは、むしろ「心理的」だ。また、北朝鮮の核戦略は「攻撃的」というよりは「防衛的」と考えられる。これは、北朝鮮から発信されるメッセージがどんなに「攻撃的」に聞こえても、である。その理由の1つは、北朝鮮が今月初めに核実験声明を出した時、その中で「北朝鮮は絶対に核兵器を先に使用しない」と言っているからだ。読者の中には、「北朝鮮は徹頭徹尾ウソつきだ」と考える人がいると思うが、他のことはともかく、自分の安全を守るためには本当のことを言う、と私は思っている。ブッシュ大統領は現在、悪名高き“先制攻撃論”を採っているから、もし北朝鮮が「核はいつでも使える」などと言った場合、先制攻撃を受ける可能性を増大させてしまう。金総書記が最も恐れているのは米軍による攻撃だ。いかにウソつきでも、自分に不利なウソはつかないだろう。
 
 さて、ここまで書いてきたことは、あくまでも私の推測である。政治・軍事に関しては、情報の質が決定的な役割を演じる。私は現在、そのいずれの情報に対しても、読者の入手できるもの以上のものを得られる立場にない。ただ、政治家が北朝鮮の核実験について、「絶対に容認できない」とか「わが国への重大な脅威である」と言うのは、一定の目的をもって計算された発言であり、事態の正確な評価では必ずしもないことを読者には知ってもらいたい。
 
 谷口 雅宣

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2006年10月 8日

北朝鮮の核実験 (2)

 前回、この題で一文を書いたのは昨年の5月10日だった。それから1年と5カ月がたって、世界情勢は少し変わっているが、北朝鮮の意図は変わっていないように見える。その意図とは、現政権の維持と、そのための軍備増強である。前回は、何も言わずに「核実験の準備をしている」ような行動をあからさまにとった。今回は、はっきりと「核実験をすることになる」と予告したが、逆に実際の行動は隠密裏である。その間、何が起こったかと言えば、韓国は味方に引きつけておけたものの、日本とアメリカからは経済的制裁を受けている。これから厳しい冬が来るというのに、真綿で首を絞めるように経済制裁の効果がつづく。

 そこで、現状打開のために(特に、アメリカを交渉のテーブルに引き出すために)、ミサイル発射実験をやった。半分は成功し、半分は失敗だった。が逆に、外国からの経済的、政治的締めつけは厳しくなっている。最近明らかになったのは、ミサイル発射後、新日本製鉄が北朝鮮産の無煙炭の輸入を停止していたことだ。北朝鮮の2005年の対日輸出総額は約145億円だが、そのうち最多がアサリなどの魚介類(約41億円)だった。が、それに次ぐ約19億円(約13%)が、同社単独での無煙炭の輸入という。だから、ついに“賭け”に出た--こんなふうに見ることもできるだろう。

 私は、1年5カ月前に本欄にこう書いた--「かの国がもし核実験をする能力が仮にあったとしても、それを行うのは“最後の手段”としてだろう。自国(あるいは金さん自身)が深刻な危機に向かっていると感じた時以外、私はこの手段に訴えることはしないと考える」。“最後の手段”という言葉は大げさで、「外交手段としては最後のカード」と言うべきだった。「最後」の意味は、必ずしも「次は戦争」ということではなく、「自分の立場を有利にできる最後の手段」という程度の意味だ。核実験をしてしまった後は、北朝鮮に自国を有利に導くカードは最早ないだろう。なぜなら、“盟友”であるはずの中国も今回は、明確に「核実験反対」を唱えたからだ。
 
 その中国だが、彼らは北朝鮮の核兵器よりも、北朝鮮崩壊の方を恐れているように見える。具体的に言えば、北朝鮮からの大量の難民が中国に流れ込んでくることは極力避けたい。そのためには、現在の北朝鮮の態度を“悪ふざけ”程度に--つまり核実験など脅しにすぎないと--軽く見ておきたいのではないか。本当に、北朝鮮は核実験をするつもりはなく、脅しているだけかもしれない。しかし、“核の脅し”を何回も使えば、北朝鮮は“オオカミ少年”だと見なされ、脅しの効果がなくなってしまう。だから、今回の脅しは、“最後の脅し”でなくても、“真剣な脅し”であることに違いないだろう。だから、日米が共同して動き、国連安保理で「核実験反対」の議長声明を全会一致で採択した。このことは、日米の情報機関が北の脅しを真面目に受け取っている証拠である。
 
 ところで、北朝鮮がこの時期に“最後のカード”を切ろうとしているのには、対外的な理由よりも国内的な理由があるとの見方がある。8日付の『北海道新聞』に載ったソウル発7日付の時事通信の記事は、韓国の聨合ニュースを引用して、今回の安保理議長声明の採択にいたる交渉過程で、北朝鮮は安保理協議に参加せず、中国との接触も避けたと伝えた。これは安保理決定の去就に関心がなかった証拠で、国内問題に注意を集中していたからではないか、という見方だ。同日付の『日経』も同じ聨合ニュースを引用したうえで、「声明採択後も7日夜時点まで、北朝鮮の表立った論評はない。弾道ミサイル発射を非難した7月の安保理決議後とは対照的」と分析している。国内問題の1つは、7月に行った弾道ミサイルの発射実験で、対米戦略で最重要の「テポドン2」の打ち上げが失敗に終ったこと。このミサイル開発に国内資源のすべてを注ぎ込んできた金総書記には、この失敗は衝撃的だったはず。その他、国内の食糧問題は深刻であり、住民の統制が困難となり、地方では治安問題も深刻化している、とされる。そこで、国内引き締めのために、対外的な危機を作り出している--こう見るのである。
 
「独裁者は、自国支配のために海外に敵を作る」という格言を絵に描いたような見方で、何となくマユツバに聞こえるが、事実は不明だ。しかし、それを裏づけるようなニュースもある。それは、金総書記が5日、3週間ぶりにメディアに登場し、軍の最高指導者たちを集めて国防態勢をしっかり整えるよう激励した、と伝えられたことだ。これは、北朝鮮が核実験宣言をしてまもなくであり、金総書記が軍指導部を把握していることを国内に示す必要があった、と考えることもできる。また、韓国軍の発表では7日昼、南北朝鮮を隔てる軍事境界線付近で、北朝鮮の兵士5人が南側に約30メートル侵入し、韓国軍の警告射撃で北側にもどったという。軍事的緊張を高める“締めつけ策”とも見れる。

 結局、北朝鮮のような国の“内情”はよく分からない。よく分からないことは、独裁者にとって都合がいいと感じられるかもしれないが、対外的には不利に働くこともある。そのいい例が、イラク戦争にいたるまでのイラクの内政である。フセイン大統領は、大量破壊兵器(WMD)をもっているかいないかをハッキリさせないことで、イランやイスラエルに対して抑止力をもたせようとしていたらしい。が、「WMDをもっている」と断定したアメリカとその同盟国によって、その排除を目的に攻撃され、政権は崩壊した。誤解によっても戦争は起こるのだ。国際関係の微妙さ、困難さを改めて感じるのである。
 
谷口 雅宣

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2006年10月 6日

飼いネコをどうする?

 ネコなどペットと人間の関係については、本欄でも何回も触れてきた。例えば、5月26日にはノラネコに餌をやるべきかの話、8月25日には飼いネコに避妊手術をするより、生まれた子ネコを殺すという人の話などだ。人口の多い都会などでは、人間との関係が近いペットとのつき合い方が社会問題になる場合もある。また、人間のペットへの愛着が“ペット市場”や“ペット産業”を成立させ、ついにはペットの“不死”を夢見て、クローンを得たいと望む人も登場している。そんな中で、カリフォルニア州サンディエゴ市のバイテク企業が最近、人間にアレルギー反応を起こさない種類のネコを提供すると発表して話題を呼んでいる。10月6日付の『ヘラルド・トリビューン』紙が伝えている。

 それによると、この企業は「アラーカ(Allerca)」という名前で、この計画を10月初めに発表して以来、85カ国から問い合わせが殺到した。1匹の値段は4千ドル(約47万円)もするが注文が多く、入手までの期間は米国内で12~15カ月、ヨーロッパでは15~18カ月という。購入も簡単ではない。事前に同社の社員からインタビューを受けて、ネコを飼う動機、ネコへの態度、家族の状態、家の構造から敷物にいたるまで、飼い主の側の“適合度”がテストされるそうだ。ネコ好きの人はアメリカにも多く、推定で3千万匹のネコが飼われている。しかし、家に出入りする親戚や友人の中にネコ・アレルギーの人もいるから、飼いネコに薬を与えたり、空気清浄機を設置したりする出費がばかにならないという。だから、アレルギーを起こさないネコに4千ドルを支払うことは、さほど不合理ではないらしい。

 ネコが起こすアレルギー反応のほとんどは、ネコが体内で産生する「fel d 1」という蛋白質が原因だという。アラーカの科学者は、ごく少数のネコがこれを生み出す遺伝子に変異があることを発見し、その場合、変異遺伝子が生み出す蛋白質に対しては、人間がアレルギー反応を起こしにくいことを突き止めた。アラーカでは、多くの種類のネコの遺伝子を調べて、変異遺伝子をもつ種を特定して、その繁殖を行った。この変異種のネコを通常のネコと掛け合せると、子ネコはアレルギーを起こしにくいことも分かった。そこで、ここ数カ月間というもの、アラーカ社のネコたちは、秘密の場所で子孫の繁殖のために忙しい毎日を送っている。生まれた子ネコたちは、10~12週で去勢手術をされたうえで、注文先へ送られるという。

 ところで、9月23日付の『New Scientist』誌に、ペットと子どもの健康について興味ある話が載っていた。ネコやイヌを飼っている家の子どもは、そうでない家の子よりも健康状態がいいという結果が出ているのである。ウエスタン・オーストラリア大学(University of Western Australia)の研究によるもので、『Epidemiology and Infection』という医学誌(vol 134, p.926)に発表された。研究者らは、オーストラリア南部の4~6歳の子ども1千人近くにインタビューして、吐き気、下痢、嘔吐がないかどうかをを6週間にわたって調べたという。その結果、ペットのいる家の子はそうでない子に比べて、こういう症状が30%も少ないことが分かった。また、これより先に行われた研究(New Scientist, 7 September 2002, p. 24)では、最低2匹の動物を飼っている家の子どもは、そうでない子よりも最高で77%もアレルギー症状を示す確率が少ない、という結果が出ているらしい。

 アレルギー源であるはずのペットを飼っている家の子どもの方が、健康状態もよく、アレルギー反応も少ないという研究結果と、アレルギー源となる蛋白質を産生しないネコを売る商売は、矛盾しているように思える。イヌやネコは人間の胃腸炎の原因になるとの一般的な見方があるが、上記の研究をした科学者の解釈では、ペットのいる環境で育った子どもは、幼い頃から低レベルの細菌と接触してきたことで、免疫系が強化された可能性があるという。読者だったら、どちらの対策を講じるだろうか? (イヌ・ネコを飼わない私にとっては、興味本位の質問で申し訳ないが……)

谷口 雅宣

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2006年10月 5日

モバイル箸

「モバイル箸」という呼称の箸を手に入れた。天然木に漆塗装をした国産の丸箸である。普通の箸とどこが違うかと言えば、真ん中から2つに分かれていて、ネジ式に回して1本につなげる点である。「モバイル」の呼称は、恐らく英語としては正しくない。なぜなら、この語は「動きやすい」とか「可動性の」という意味の「mobile」から転用したものだからだ。箸は動かして使うものだから、もともとモバイルである。モバイルでない箸で、どうやってタクアンや魚肉をつまむことができるだろうか? 「まぁまぁ、固いこと言わずに……」と言われそうだが、いわゆる“和製英語”にはもっとヒドイものもあるから、この程度のものは大目にみてあげるべきかもしれない。

 しかし、この箸の発想自体は大いに誉められるべきだ。妻と私が生長の家の講習会などで旅行する際、箸を持参するようになってから、半年ほどたつ。いわゆる「マイ箸」(これもスゴイ英語!)である。が、箸だけを裸で運ぶわけにいかないから、箸箱の中に入れて持ち運ぶ。これが案外かさばるのである。そこである日、講習会出発前の空き時間を利用して、東京駅の大丸デパートの食器売場を探したが、中年の女性店員に「それはインターネットでしか買えません」と言われた。言外に「そんな妙なものは……」というニュアンスを感じたので、少し心外だった。
 
 6月19日の本欄でも触れたように、東アジアの“割り箸文化”が森林破壊を助長しているから、中国では割り箸に課税し、その結果、中国産の割り箸を大量に輸入してきた日本では、割り箸の有料化が始まっている。そういう動きの中で、分解して携帯に便利な箸を考案した人は、環境意識の高い人に違いない。デパートがそういうものを扱うことで、イメージの向上に貢献すると私は思うのだが、まぁ、いろいろ事情があるのかもしれない。その後、私はインターネットで「マイ箸」をキーワードに検索すると、すぐに分解式箸を販売しているサイトが見つかった。土曜日に注文し、木曜日の今日商品が届いた。

Chopsticks  使い心地は、普通の箸とほとんど変わらない。違う点を強いて挙げれば、中心部に金属製のネジが通っているので、手元の部分が若干太く、また若干重い感じだ。が、スーツのポケットに2膳分が楽々と入る点は、ハンドバックに入らなかった従来型に比べ、大いに助かる。感謝して使わせてもらおうと思う。
 
谷口 雅宣

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2006年10月 3日

代理母をどう考えるか?

 タレントの向井亜紀さんと高田延彦さん夫妻が渡米して代理出産した子どもをめぐり、出生届の受理を命じた東京高裁の決定が話題になっている。向井さんを「母として認めろ」という決定である。日本では実質的に禁じられている代理出産をあえて海外で行ない、帰国して子どもを認知しろと裁判所に訴えるというのは、かなり強引な方法である。もし、国内法の中で代理出産が明確に禁じられていたならば、ありえない決定だ。裁判所は“法律の番人”であるはずだからだ。ということは、今回の決定(まだ最終とは言えないが)は、生殖補助医療をめぐる法律の未整備の間隙を突いて成り立った、かなり変則的な例と言える。
 
 9月30日の『朝日新聞』夕刊によると、今回の決定をした裁判長は、生まれてきた子どもの福祉を最優先に考え、出生届が受理されない状態では「子らは法律的に受け入れるところがない状態が続く」と指摘し、「子にとっては、(向井さん夫妻を)法律的な親と認めることを優先するべき状況で、(夫妻に)養育されることがもっとも福祉にかなう」と結論したらしい。このケースでは、代理母に移植した受精卵は向井さん夫婦のものであり、病気治療のために子宮摘出したという事情があり、さらに代理母に対する謝礼も高額でないことなどが考慮され、判決のような結論になったようだ。
 
 ところで、すでに報道されているように、日本の法務省の見解は「実際に出産した女性が母親」だというものであり、今回の高裁の決定とは正面から対立する。3日付の『産経新聞』によると、向井さんの出生届を受理しなかった品川区の担当者は、2日午後から法務局を訪れて、高裁の決定を不服として特別抗告するかどうかの協議を始めたという。この特別抗告の期限は10月10日だが、現在同区では前区長の死去に伴う区長選挙の真っ最中で、区長が不在だ。特別抗告をするかどうかの最終判断は法務省ではなく、区にあるそうだから、なかなか微妙な情勢にあると言える。
 
 私は、数年前に出した『今こそ自然から学ぼう』(2002年、生長の家刊)の中では、代理出産に関してあまり書いていない。しかし、精子や卵子の提供、受精卵の提供、卵子の遺伝子融合などの生殖補助医療技術を含めて、倫理的にどう考えるべきかの基準を1つ示した。それは、「子を親の幸福追求の手段とする」べきでないということである。これは、すでに現在いる自分の子が、多少なりとも自分の幸福追求の手段となっているとの現実があったとしても、それ以上に“罪”を重ねるなという意味である。代理出産の場合は、生まれてくる子に加えて、代理母となる人間を自分の手段として利用するという側面があるから、倫理性はさらに疑わしい。

 私は男だから自分で子を産んだ経験はないが、妻の体験を聞き、想像力を駆使して考えてみる限りでは、次のように言えると思う。「腹をいためる」という経験が、その後に来る「子育て」から切り離されて、一種の“労働”として他人に提供されることの影響は、予測できない。これは主として、代理母の心に及ぼす影響のことだが、子を得る側の女性についても、心理的な問題が生じる可能性は否定できない。そのことは当然、育てられる「子」の心理にも反映されるだろう。生物学的に言えば、人間が属する哺乳動物は、「哺乳」という子育ての過程と「妊娠・出産」とは切り離せない。それを「一連の過程」として何十万年も繰り返しながら進化したという事実の背後には、人間としての必然性があると思うのである。もっと簡単に言えば、人間には他の哺乳動物と共通した肉体的、心理的に密接な母子関係が必要であるということだ。

 授乳に母乳を使うか牛乳を使うかで、医学的にも心理的にも母子双方に違いが出るのである。だから、妊娠・出産から哺乳へと続く、もっと大きな自然の一連の過程を切り離す行為が、母子双方に予測できない影響を与えると考えない方がおかしいと思う。代理出産は、「私の子がほしい」という欲望のために、そんな行為を他人に求める技術である。技術があり、金があれば、どんな欲望も実現されるべきだというのは、倫理でも宗教でもないだろう。
 
谷口 雅宣

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2006年10月 2日

表現者の悩み (2)

 前回の本欄で、「実相は素晴らしいのに、人間はなぜ悩み、他人を疑うのか?」という質問に対して、「人生は表現である」という側面から答えてみた。未だ表現されていない実相を表現する過程にある「から」悩むのである。英語的に言えば「人間は仏であるのに(despite)迷う」のではなく、「仏であるから(because)迷う」のである。仏でない犬や猫は迷わないのである。このことを、今回は「自由」の側面から考えてみよう。

 NHKテレビで最近、屋外でマイタケ栽培をしている人が紹介されていた。マイタケは室内で厳密な温度・湿度管理を行う菌床栽培が多いと聞いていたが、この人は、ヒノキ林の中でナラの原木を使ってマイタケを育てていた。そのほうが「天然ものに近い香りが出る」のだそうだ。いずれにしても、マイタケ等のキノコ類は、ある一定の物理・化学的条件を環境に整えてやると、菌糸を発達させて生殖器であるキノコの“傘”を広げる。広げざるを得ないのである。菌類だけでなく、植物も動物もほとんどのものが、栄養素や食事を与え、ある一定の環境下に置くと生殖活動を始めるのである。それは、自らの意志で自由に生殖活動を選択するのではなく、必ずそういう状態になるように遺伝的に決定されている。そういう意味で、人間以外のほとんどの生物種の生き方には「自由」がないのである。

“高等”と呼ばれる哺乳動物のほとんども、外見から想像されるほど「自由」ではない。今日(2日)付の『日本経済新聞』の夕刊に、温暖化で海の氷が減ったため、ホッキョクグマが餌を捕れなくなって絶滅の危機にあるとの調査結果を、アメリカとカナダの政府機関が発表したことが報道されている。このことは、すでに7月6日の本欄で取り上げた映画『ホワイト・プラネット』で描かれていたが、それを学問的にきちんと調査したのだ。同紙の記事によると、「海氷はホッキョクグマが餌となるアザラシなどを捕らえるのに欠かせない。餌を食べる時期にクマは長時間を氷の上で過ごし、氷が少なくなる夏場にはクマは陸地の上でほとんど餌を食べずに過ごす」という。映画を見ると、氷が溶けてぬかるみ状態になった所では、クマは足を取られて速く走れず、氷上で寝ているアザラシを捕獲することができないのだ。

 このように人間以外のほとんどの生物は、遺伝的に決まった食料を、環境条件に応じ、後天的に得た限られた方法によって捕食する。つまり、人間に比べて食品の種類が圧倒的に少なく、従って不自由である。「あの方法でアザラシを捕ろう」「この方法で魚を捕ろう」「また別の方法で鳥を捕ろう」などと、環境の変化に臨機応変に対応して食料を得ることができないから、逆に「どんな方法で何を捕ろうか?」などと悩むこともない。できることを全力で行ない、できないことはやらない。人間のように、工夫して何とかやりとげようと考えることもない。だから、環境が激しく変化するとたちまち絶滅の危機に陥るのである。人間はそれにひきかえ、発達した大脳のおかげで、道具を作り、環境に適応し、さらには環境さえも作り変えて、自分たちの生存を確保してきたのである。そのおかげで、人間の生き方の選択肢はほとんど無限にあると言っていい。しかし、そこから人生の悩みが生じるという面もあるのである。
 
 実は、ここから善と悪の問題も出てくる。「選択の自由」のないものが、やむを得ずただ1つの選択肢を採用する場合は、それがどんな選択肢であっても、普通は善悪の判断の対象にはならない。例えば、銀行強盗の銃口の前で金を要求された女子銀行員が、強盗の意のままに大金を差し出すことがあっても、その行為は普通「悪い」とは言わない。彼女にとって、それ以外の選択肢は「死」であるかもしれないからだ。しかし、同じ銀行員が、自由な環境の中でボーイフレンドのために顧客の預金を横領すれば、それがたとえ少額であっても、彼女の行為は「悪い」とされるのである。なぜなら、彼女には「横領しない」という選択肢がありながら、そして横領が悪いと知りながら、それをしたからである。

 こうして自由な表現者・人間は、自由なるがゆえに迷い、間違い、疑うことになる。そんな人生が嫌いだという読者は、自由を放棄して悩み苦しみのない“奴隷の生活”を望むだろうか? エデンの園に生える“善悪を知る木”の話は、こういう文脈で考えることもできるのである。

谷口 雅宣

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2006年10月 1日

表現者の悩み

 長崎県佐世保市で行われた生長の家講習会で、北松浦郡佐々町に住む16歳の女子高生から質問をいただいた。「なぜ、誰もが素晴らしい実相をもっていながら、悩んだり、他人を疑ったりしてしまうのでしょうか。何のために争いやまちがいが生まれてくるのでしょうか?」という内容である。これに似たテーマは、「実相の表現は簡単か?」という題でかつて本欄で2回(2005年11月13日同月16日)に分けて書いたことがある。千葉県での講習会で質問されたことに答えたものだが、その時の質問は「人間は神の子であり、実相は完全円満で、迷いは無いとすれば、いとも簡単に実相の完全円満さを現象界に表現できてよいはずなのに、なぜできないのでしょうか?」というものだった。

 前回の質問に対しては「実相」と「現象」との違いを明確にする答えを書いた。しかし、今回は少し角度を変えた質問であり、「仏である人間がなぜ迷うか?」という宗教的に重要な問題とも軌を一にする。講習会では、私は「表現」と「自由」という2つの側面からこの質問に答えたが、説明が十分だったかどうか定かでない。そこで、講習会に参加しなかった読者の理解にも供するため、この場で再び説明を試みることにしよう。
 
 生長の家では、我々が「現実」と呼んでいる現象世界は、一種の“表現の世界”であると捉える。何を表現するかと言えば、自己内在の本質である「仏性」や「神性」である。表現には一定の手続きが必要だ。例えば、「言葉を話す」ことも立派な表現活動だが、そのためには、言葉を覚え、それを正しく発音し、1つのアイディアを文法にもとづいて正しく配列しながら述べることが必要だ。「私は講習会へ行ってきました」という一見、簡単な日本語でも、「私」「講習会」「行く」という言葉(単語)をまず覚えなければ、話すことはできない。さらに言葉を覚えても、それらを文法にもとづいて正しく配列せずに「行ってきた講習会は私に」などと言っても、他人に言いたいことは伝わらない。相手に正しく伝わらないものは、厳密な意味では「表現された」とは言えず、まだ「表現の途上にある」ものである。

 この「表現の途上にあるもの」が、我々が“失敗”とか、“まちがい”とか、“悩み”とか、“疑い”と呼ぶものであり、宗教的には「迷い」や「罪」に該当する。ということは、表現の過程においては「途上」は必然であるから、“まちがい”や“悩み”や“疑い”も一種必然だと考えられる。しかし、そのことと、表現を目指しているものが「完全」であることとは、十分両立するのである。上記の例を使えば、「私は講習会へ行ってきました」と言うつもりの人が、誤って「行ってきた講習会は私に」と言った場合でも、その人の言わんとした元のアイディアは、間違いなく、完全な形で、彼または彼女の心中に存在しているのである。
 
 これと同じことが、すべての表現活動に言えるだろう。音楽家は音楽の法則を学び、それに厳密に従って自分の中にある曲想を表現する必要がある。画家や写真家は、人間の視覚に内在する法則(色や画面構成等)を学び、それを利用して自分の中のアイディアを視覚化することに努める。運動選手は、自分の打ち込むべき競技のルールを学び、技術を磨き、それにもとづいて作戦や戦略を考えたうえで、競技や試合に臨む。これらの練習や訓練の過程では、数多くの“失敗”や“まちがい”や“悩み”や“疑い”を経験するだろう。しかし、そのことと、これらの表現活動が目指しているものが「完成」であり、「完全」であり、「完璧」であることとは、十分両立するのである。これを音楽演奏に喩えて言えば、あるバイオリニストがモーツァルトの『春』を完璧に演奏しようとすることと、彼または彼女が練習の過程で何度もつまずいたり悩むこととは、十分両立するのである。いや、別の角度から言えば、演奏家がある楽曲を通して「完成」や「完全」や「完璧」の表現を目指すがゆえに、その人から見れば“失敗”や“まちがい”や“悩み”や“疑い”のように感じられる過程が経験されるのである。
 
「仏である人間がなぜ迷うか?」という問いに対しては、だから「仏であるがゆえに迷う」と答えることができるのである。
 
谷口 雅宣 

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