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2006年10月11日

北朝鮮の核実験 (4)

 前回、本欄にこの表題で書いたとき、私は現時点で北朝鮮の核戦略は「攻撃的」というよりは「防衛的」で、同国の核の脅威は「軍事的」というよりはむしろ「心理的」だ、と言った。これは、しかし「北朝鮮が核武装しても大きな問題はない」という意味では決してない。その証拠に、私はいの一番に、北朝鮮の核実験によって「国際情勢は、日本の国内政治も巻き込んで、今後大きく変化していく可能性がある」と書いた。そのことの意味を、今回は説明したいと思う。また、今日(10月11日)の時点では、同国の核実験があったかなかったかの確認が最終的にはできていない。が、ここでは、私はそれが「あった」として書くことにする。

 核兵器の使用法を議論する「核戦略論」や「核抑止論」というものは、一般の人たちには馴染みが薄いだけでなく、アレルギー的な拒否反応を引き起こす可能性をもっている。というのは、もともと核兵器は「使ってはいけない兵器」だからだ。にもかかわらず、この分野の研究者は、その核兵器を、自国がどう使うと思わせることで他国に使わせないようにするか、などということを理路整然と論ずるのである。このテーマで書いた私の前回の文章では、その一端を披露させていただいたから、読者の中には「宗教家のくせに、何を書くのだ」と驚いたり、腹立たしく思った方がいたかもしれない。

 ここで誤解のないように言っておくと、あの文章は宗教とまったく関係がない。「真理」「愛」「慈悲」「赦し」「憐み」「信頼」「尊崇」「自己放棄」……等々の、宗教的な信条や心情とはおよそかけ離れた、“国際政治上の最も冷たい論理”と言ってもいいだろう。そんなことを私が書く理由は、宗教も時には「現象世界に処すべき方法」を説く必要があるからである。(谷口雅春著『新版 叡智の断片』p. 195 )そして、核兵器の問題は、今まさに日本周辺の国際環境で起こっていて、現象的にどう処すべきかが議論されているからである。
 
 北朝鮮の今回の実験が失敗だったとしても、同国が今後、核兵器の開発を中止することはない、と私は思う。また、前にも書いたように、今回の実験が成功して同国が核武装にいたったとしても、当面は日本に対して「重大な脅威」とはならないと思う。しかし、これを前例としてイランが核武装し、それに脅威を感じたサウジアラビアなどが同様の政策を遂行し、また日本に対北朝鮮ナショナリズムが噴き上がり、日本も核武装にいたるなどの事態が広がると、国際社会は大変憂うべき状態に突き進む可能性がある。これが「核拡散」の問題である。
 
 核拡散の問題の第1は、従来の「核抑止論」が通用しなくなることである。これまでの核戦略は冷戦時代に構築されたため、「ソ連対アメリカ」「西側対東側」「共産主義対自由主義」というように、敵と味方の「2項対立」を前提として考えられてきた。例えば、敵の核攻撃(第1撃)を抑止するためには、味方の核戦力を攻撃から守り切り、攻撃されても敵への圧倒的な報復攻撃(第2撃)が起こる可能性を示すことが必要である、などと考える。その結果、核抑止のためには、都市の防衛よりも、核兵器の防衛が大切とされる。このことは“敵”の側から見ても同様だから、互いに敵側の都市を壊滅状態にできるような核兵器を自国側に温存する政策が採られることになる。このことを「相互確実破壊戦略(mutually assured destruction)」と称し、英語の頭文字を取って「MAD戦略」(気違い戦略)などともいう。(詳しくは、2002年6月11日の本欄参照)
 
 この核抑止論では、自国に飛来してくる核兵器がどこから来るかは、自明のこととして不問に付されている。なぜなら、冷戦時代は2項対立時代だったからだ。米ソの核開発の後、仏・英・中が核兵器をもったが、これらの国は“東”“西”のいずれかに入ったし、インドとパキスタンが“核クラブ”に入っても、簡単に東西に分類できた。これに南アフリカ、イスラエルが加わった後で冷戦が終った。すると突然、「2項対立」が「多項均衡」の状況になってきた。さらに冷戦終了で平和は来ず、宗教や民族対立が激化している。9・11以降は、国だけでなく、「人間の集団」が戦争の当事者になり得る状況になっている。そういう中で、自国に飛来してくる核兵器がどこから来るかということは、もう自明ではなくなっているのである。(10月13日の本欄に続く)
 
谷口 雅宣

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