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2006年10月18日

本欄が書籍に (3)

Part64r  本欄の昨年11月から今年2月分をまとめた本、『小閑雑感 Part 6』(=写真)がまもなく世界聖典普及協会から出版される。4月25日の本欄で前作の『Part 5』の発刊について書いたから、ちょうど半年後の発刊である。文章の数は前作の89篇から83篇に減っているが、これは主として「フィクション」という分類のものを収録しなかったからだ。大部分がノンフィクションである本の中に突然、フィクションが出てくる違和感を避けたかったのと、創作は創作として別の本にまとめる方が読みやすいと思ったからだ。

 この本がカバーする4カ月の間に、生長の家の大きな行事は秋季大祭と記念式典、新年祝賀式、ブラジルでの生長の家教修会、そして建国記念の日祝賀式があった。それぞれについての文章が本書には含まれる。一方、“続き物”の文章では、①科学者の倫理性、②信仰と風刺、③認知された“石油ピーク説”、④政治が科学を抑えている?、⑤実相の表現は簡単か?、という表題が含まれる。①は、韓国のES細胞研究の“権威”とされた科学者が、データを捏造した研究論文を発表した事件について、7回にわたって書いたもの。②は、イスラーム最高の預言者モハンマドの風刺画がヨーロッパの新聞に掲載された事件に関して、3回書いた。③は、私が7~8年前から紹介している説が、ようやく認められてきたという話で、④は、NASA(米航空宇宙局)の気象学者の発言がアメリカ政府によって抑えられているという話だ。⑤は、生長の家の教義の解説である。

 また、クリスマスに関連して「クリスマスは冬至祭?」「クリスマスはアメリカの伝統?」「季語・クリスマス」という題で3回書いた。これらを読んでもらえれば、宗教上の儀式や祭などは、それぞれの土地の文化に都合がいいように脚色され、一部受け入れられ、あるいは一部拒否されながら続いていくのであり、「不変の真理」「普遍の価値」と呼べるようなものとは性質が異なることが理解されるだろう。このことは拙著『信仰による平和の道』(2003年、生長の家刊)の中で、次のように述べたことの証左になるだろう:
 
「宗教というものはそれぞれの発祥の地における地域的、文化的、時代的な特殊な要請にしたがって登場し、成立するものではあるが、それが真理を説き、時代の変遷にもかかわらず発展していくべきものならば、それは成立当初のローカル色や特殊性から脱却し、普遍的な真理を前面に打ち出すとともに、伝播地においては、逆にその土地のローカル色や特殊性を吸収し、応用するだけの“幅”や“柔軟性”をもたねばならない」(pp. 17-18)

 クリスマスは今や、キリスト教最大の行事のようになっているが、12月25日を“救世主・イエス”の誕生日として祝う習慣は、もともとのキリスト教にはなかった。それが、キリスト教がローマの国教となった後に、ローマ人の太陽神崇拝の祝日をキリストの誕生日にしてしまったのだ。また、アメリカ大陸に渡った清教徒たちは当初、クリスマスを「キリスト教的でない」として拒否していたことも、特筆に値する。
 
 ところで、今年1月に生長の家教修会のためにサンパウロとニューヨークへ行った際、スケッチブックに「絵日記」のようなものを描いたが、その絵は本欄に掲載しなかった。今回、本書にまとめる機会にそれら10枚を収録することにした。
 
 この本は、10月25日に発売される。前作に引き続いてご愛顧いただければ幸甚である。
 
谷口 雅宣

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