北朝鮮の核実験 (2)
前回、この題で一文を書いたのは昨年の5月10日だった。それから1年と5カ月がたって、世界情勢は少し変わっているが、北朝鮮の意図は変わっていないように見える。その意図とは、現政権の維持と、そのための軍備増強である。前回は、何も言わずに「核実験の準備をしている」ような行動をあからさまにとった。今回は、はっきりと「核実験をすることになる」と予告したが、逆に実際の行動は隠密裏である。その間、何が起こったかと言えば、韓国は味方に引きつけておけたものの、日本とアメリカからは経済的制裁を受けている。これから厳しい冬が来るというのに、真綿で首を絞めるように経済制裁の効果がつづく。
そこで、現状打開のために(特に、アメリカを交渉のテーブルに引き出すために)、ミサイル発射実験をやった。半分は成功し、半分は失敗だった。が逆に、外国からの経済的、政治的締めつけは厳しくなっている。最近明らかになったのは、ミサイル発射後、新日本製鉄が北朝鮮産の無煙炭の輸入を停止していたことだ。北朝鮮の2005年の対日輸出総額は約145億円だが、そのうち最多がアサリなどの魚介類(約41億円)だった。が、それに次ぐ約19億円(約13%)が、同社単独での無煙炭の輸入という。だから、ついに“賭け”に出た--こんなふうに見ることもできるだろう。
私は、1年5カ月前に本欄にこう書いた--「かの国がもし核実験をする能力が仮にあったとしても、それを行うのは“最後の手段”としてだろう。自国(あるいは金さん自身)が深刻な危機に向かっていると感じた時以外、私はこの手段に訴えることはしないと考える」。“最後の手段”という言葉は大げさで、「外交手段としては最後のカード」と言うべきだった。「最後」の意味は、必ずしも「次は戦争」ということではなく、「自分の立場を有利にできる最後の手段」という程度の意味だ。核実験をしてしまった後は、北朝鮮に自国を有利に導くカードは最早ないだろう。なぜなら、“盟友”であるはずの中国も今回は、明確に「核実験反対」を唱えたからだ。
その中国だが、彼らは北朝鮮の核兵器よりも、北朝鮮崩壊の方を恐れているように見える。具体的に言えば、北朝鮮からの大量の難民が中国に流れ込んでくることは極力避けたい。そのためには、現在の北朝鮮の態度を“悪ふざけ”程度に--つまり核実験など脅しにすぎないと--軽く見ておきたいのではないか。本当に、北朝鮮は核実験をするつもりはなく、脅しているだけかもしれない。しかし、“核の脅し”を何回も使えば、北朝鮮は“オオカミ少年”だと見なされ、脅しの効果がなくなってしまう。だから、今回の脅しは、“最後の脅し”でなくても、“真剣な脅し”であることに違いないだろう。だから、日米が共同して動き、国連安保理で「核実験反対」の議長声明を全会一致で採択した。このことは、日米の情報機関が北の脅しを真面目に受け取っている証拠である。
ところで、北朝鮮がこの時期に“最後のカード”を切ろうとしているのには、対外的な理由よりも国内的な理由があるとの見方がある。8日付の『北海道新聞』に載ったソウル発7日付の時事通信の記事は、韓国の聨合ニュースを引用して、今回の安保理議長声明の採択にいたる交渉過程で、北朝鮮は安保理協議に参加せず、中国との接触も避けたと伝えた。これは安保理決定の去就に関心がなかった証拠で、国内問題に注意を集中していたからではないか、という見方だ。同日付の『日経』も同じ聨合ニュースを引用したうえで、「声明採択後も7日夜時点まで、北朝鮮の表立った論評はない。弾道ミサイル発射を非難した7月の安保理決議後とは対照的」と分析している。国内問題の1つは、7月に行った弾道ミサイルの発射実験で、対米戦略で最重要の「テポドン2」の打ち上げが失敗に終ったこと。このミサイル開発に国内資源のすべてを注ぎ込んできた金総書記には、この失敗は衝撃的だったはず。その他、国内の食糧問題は深刻であり、住民の統制が困難となり、地方では治安問題も深刻化している、とされる。そこで、国内引き締めのために、対外的な危機を作り出している--こう見るのである。
「独裁者は、自国支配のために海外に敵を作る」という格言を絵に描いたような見方で、何となくマユツバに聞こえるが、事実は不明だ。しかし、それを裏づけるようなニュースもある。それは、金総書記が5日、3週間ぶりにメディアに登場し、軍の最高指導者たちを集めて国防態勢をしっかり整えるよう激励した、と伝えられたことだ。これは、北朝鮮が核実験宣言をしてまもなくであり、金総書記が軍指導部を把握していることを国内に示す必要があった、と考えることもできる。また、韓国軍の発表では7日昼、南北朝鮮を隔てる軍事境界線付近で、北朝鮮の兵士5人が南側に約30メートル侵入し、韓国軍の警告射撃で北側にもどったという。軍事的緊張を高める“締めつけ策”とも見れる。
結局、北朝鮮のような国の“内情”はよく分からない。よく分からないことは、独裁者にとって都合がいいと感じられるかもしれないが、対外的には不利に働くこともある。そのいい例が、イラク戦争にいたるまでのイラクの内政である。フセイン大統領は、大量破壊兵器(WMD)をもっているかいないかをハッキリさせないことで、イランやイスラエルに対して抑止力をもたせようとしていたらしい。が、「WMDをもっている」と断定したアメリカとその同盟国によって、その排除を目的に攻撃され、政権は崩壊した。誤解によっても戦争は起こるのだ。国際関係の微妙さ、困難さを改めて感じるのである。
谷口 雅宣
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