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2006年9月 2日

二千円札の悲哀

 9月に入って初めての旅で羽田空港へ行くと、1週間前とは打って変わり、混雑のない快適な空港がそこにあるのを知った。レストランにしても、ロビーにしても人は半減し、テロ対策で厳しくなったセキュリティー検査所も、入口の半分以上が閉鎖している。「あぁ、夏は終ったのだ」との感を深くした。生長の家の講習会で広島へ飛ぶJAL機の中も、席はゆったりと空いていた。座席前のポケットに収まった機内誌は「9月号」に変わったばかりで、手が切れそうに新しく、インクの匂いがほのかにする。

 最初のページからゆっくり繰ると、懐かしい名前が目に飛び込んできた。「写真家 森山大道」「山形 酒田」「コン・リー」……森山氏は、私が学生時代に憧れてその写真をマネて撮影していた。山形県酒田市は数年前、小説の取材で妻と訪れた町。コン・リーは映画『SAYURI』で主役の向うを張って熱演した中国人女優……そして「浅田次郎」……この雑誌のレギュラーの書き手で、私も妻も彼のエッセーを読むのを楽しみにしている。9月号のエッセーの題は「消えた二千円札」である。
 
 “奇妙な一致”というのは、世の中にはあるものである。実は、私はちょうど1週間前、北海道滝川市へ行ったとき、ホテルでの夕食の釣り銭の中に二千円札が入っていたので驚いたのだった。この紙幣は、もうとっくに使われなくなっていたと思っていたからだ。それを目の当たりにして、私は一瞬困ってしまった。「この紙幣を受け取るべきかどうか……」と考えたのである。結局、受け取って札入れの中に注意深くしまった。折り目もついていない“新品同様”の札だったからだ。妻がそれを知って「珍しいからほしい」と言った。私は持っていても使わないだろうと考え、妻との両替えに同意したが、あいにく彼女はそのとき細かい金を持っていなかった。そこで、その二千円札は数日、私の札入れの中に納まっていて、つい数日前、彼女の手に渡ったばかりだった。
 
 浅田氏は、エッセー中で二千円札が流通しない理由を、ユーモアあふれるタッチで分析していた。①「発行手数料がかからない」との噂からタンス預金になっている、②肖像画がないから有難味に欠ける、③勘定しにくいので銀行員が流通させない……の3つを指摘するのだが、私は2番目の理由が最も説得力があるように思う。ただし、紙幣の流通には「有難味」よりは「親しみ」が重要ではないか。ところで、二千円札を忘れてしまった読者のために確認しておけば、この札には人間がまったく描かれてないわけではないが、いわゆる肖像画ではなく、細い線画で屏風絵風の「紫式部」が小さく描かれている。が、パッと見の感じでは、それは人物ではなく模様のように見える。そして裏面には、琉球王朝時代の沖縄の立派な門が描かれている。

 私は、昨年6月11の本欄で“顔細胞”のことに触れた。後頭部の視覚情報を処理する脳の一部に、「顔」のような形のものを見ると敏感に反応する細胞のことである。これがあるおかげで、我々は素早く相手の表情を読み、相手の感情を推測し、人間関係を成立させることができる。相手が口では「はい」と言っていても、表情は「いや」と言っている……などという複雑な理解が、これによって可能となる。社会的動物である人間にとって、この能力の発達如何が、その人の生存を左右したことが容易に想像できる。だから我々は、人間を「顔」によって憶えるのである。もちろん「名前」によっても憶えるが、恐らく「顔」が先で「名前」は後だ。「顔と名前が一致しない」という時は、「顔」の方が頭に浮かんでいる場合が多いだろう。
 
 このことを裏返しにすれば、我々は「顔のない紙幣」よりも「顔のある紙幣」の方を素早く識別し、自分との関係を成立させる。これは「嫌いな顔」であっても、である。浅田氏は「500円札の岩倉具視は誰も好きになれない悪役顔ではあった」と書いているが、我々は「悪役顔」であっても「顔がない」よりも親しみを抱くだろう。だから、二千円札の流通の失敗は、当時の財務省印刷局の幹部が“顔細胞”のことを知らなかったことが原因ではないか、と私は疑うのである。

 さて、浅田氏はこのエッセーに「ATMから二千円札が出てくるためしはめったになく、両替機にも二千円札が入っていないものは多い」とも書いている。しかし、私の娘の言によると、コンビニ大手のローソンの機械からは二千円札がよく出て来るそうだ。真偽のほどは定かでないが、興味のある方は試してみては?
 
谷口 雅宣

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コメント

はじめまして。当方2000円札の普及に努力している者です。「顔」がない紙幣はたとえばユーロ紙幣もそうです。
文化人でも、複数国に流通させるにあたっては、評価が
違うからという理由でそうなったのかも知れません。
政治家では、ある国では「救国の英雄」でも隣国では
「侵略者」という例はありますので、もっとまずいです。
なお、2000円札の入手方法をトラックバックしておきます。そちらもご覧ください。

投稿: 2000円マスター | 2006年9月 3日 15:26

ありがとうございます。9月1日にお便りいたしました、マリリンモンローです。まさか雅宣先生からコメントのお返しを戴けるなんて思ってもいなかったのでびっくりするやら嬉しいやら天にも昇る気持ちでした。ありがとうございました。コメントにもございましたように、やはりマリリンモンローのペンネームは改名?することに致しました。先日、書店で言葉の波動を結晶に表した写真集を見つけました。湖に祈りを捧げた後の結晶は美しく変化していました。もしマリリンモンローを結晶で現したとしたら、色っぽいものになるかもしれません。私とは似ても似つかないことに気づきました。そこで考えた末ハーブのローズマリーに決めました。これからはペンネームローズマリーでよろしくお願いいたします。私事でお便り致しましたことお許しくださいませ。今晩も小閑雑感を楽しみに致しております。それでは失礼致します。

投稿: ローズマリー | 2006年9月 3日 21:20

ありがとうございます。2年ぶりに書き込みさせていただいております。覚えてらっしゃいますでしょうか。
 本日、広島での講習会にて先生の御講話拝聴いたしました。
「お世辞抜きで・・」といったら失礼にあたるでしょうし、熱心な信徒様方にしかられてしまいそうですが、ズバリお世辞抜きですばらしいご講話でした!
 明るく、楽しくかつ丁寧であっという間に時が過ぎました。
 先生ご指導による神想観も感動致しました。

                      合掌 

投稿: Masaomi Suzuki | 2006年9月 3日 22:14

ローズマリーさん、ですか……今度は。

 私の家の庭には今、ローズマリーが薫り高く葉を伸ばしています。あの葉を1枚採って、かじってみたことがありますか?
なかったらやってみて、感想を聞かせてください。

 ところで、例の結晶の写真集ですが、マユにツバをつけてしっかり観察した方がいいと思いますよ。インターネットにも、世の中にも、マガイモノはゴマンとありますから……。

投稿: 谷口 | 2006年9月 4日 13:55

2000円マスター殿:

 コメントとトラバ、ありがとうございます。今度、機会があったら、2000円の引き出しに挑戦してみます。

 それにしても、ずいぶん面白い活動をされているのですね。それは、沖縄出身であるという理由からですか?

投稿: 谷口 | 2006年9月 4日 13:58

鈴木さん、

 講習会の感想、ありがとうございました。
 広島は暑かったですね。講習会を最後まで聴講くださり、感謝いたします。

投稿: 谷口 | 2006年9月 4日 14:00

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はじめまして。当方二千円札の普及に努力している者です。 確かに二千円札は見かけません。ここは発想を変換して自ら入手されて見ましたら いかがでしょうか。入手にはコツが要ります。しかし簡単です。 以下の入手方法をお試し下さい。 ①金融機関・郵便局ではすぐに両替できます。キャッシュカードの使える  銀行なら自動両替機で交換ができます。しかも大概新札です。  ※一部金融機関で窓口両替で「2000円札は無い。」といわれた報告が  あります。ご注意下さい。逆にATM引き出しの時に、2000円札... [続きを読む]

受信: 2006年9月 3日 15:27

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