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2006年9月11日

受精卵を壊さないES細胞の道 (3)

 8月24日の本欄で、アメリカのバイオ企業が初期の受精卵から細胞1個を取り出して培養し、これをES細胞にする実験に成功した話を伝えた。これは“受精卵を壊さないES細胞”としてメディアに大々的に報道されたが、実は「受精卵を壊していた」ことが分かった。9月12日付のイギリスの科学誌『New Scientist』が伝えている。
 
 この研究はイギリスの科学誌『Nature』の8月21日号に発表されたものだが、その際、これを発表したアドバンスド・セル・テクノロジー社(Advanced Cell Technology)のボブ・ランザ氏(Bob Lanza)らは、ES細胞を得る一方で「受精卵には傷をつけなかった」と説明した。ところが、発表された論文を細かく読んで分かったことは、この研究では、着床前遺伝子診断(PGD, preimplantation genetic diagnosis)と同様に、8分割の状態になった受精卵から細胞を取り出すのだが、PGDが細胞を1個だけ取り出すのに対して、この研究では、同じ受精卵から何回も細胞を取り出していて、その結果、受精卵は死んでしまっていたことだ。ランザ氏の言い分は、「PGDは普通に行われている手法であり、受精卵は死ぬことはない。我々は、それと全く同じ方法で細胞を取り出しているから問題はない」というものらしい。
 
 だからこの研究では、厳密には、受精卵を壊さないでES細胞を得たとは言えない。『Nature』誌も報道発表を2回も訂正することになり、不名誉な結果となったらしい。受精卵の利用に反対するカトリックの側からは、「この研究で分かったことは結局、受精卵はより早期に殺すことができるということだけだ」と手厳しく批判されたそうだ。
 
 同じ『New Scientist』は、成人(体性)幹細胞を使った興味ある研究結果を伝えている。これまでの研究では、幹細胞を分化させるには化学物質を加えることが考えられていた。ところが、最近の『Cell』誌(vol 126, p.677)に載ったペンシルバニア大学のアダム・エングラー博士(Adam Engler)らの論文によると、骨髄から採った幹細胞は、それが置かれた環境の物理的な硬さの違いによって、柔らかい環境では神経細胞に、中間的硬度の環境では筋肉細胞に、そして骨と似た硬さの環境では骨の細胞に分化したという。骨髄の幹細胞は、軟骨、骨、筋肉、腱、靭帯(じんたい)、脂肪、そして一部の神経に分化することが分かっているが、今後の研究ではポリマーなどの硬度を工夫し、その環境下に幹細胞を置くことで、様々な細胞を作り出せる可能性が出てきたようだ。
 
 これらのことから分かるように、ES細胞の研究では「受精卵を壊す」あるいは「受精卵を傷つける」という倫理問題がまだ完全に解決していないのに対し、成人幹細胞の研究では、すでに様々な細胞に分化させる方法が確立しつつある。また、ES細胞から種々の細胞を分化したとしても、それを患者に移植する際には拒絶反応の問題が残っている。これを解決するために人クローン胚の作成が数年前から試みられているが、いまだに成功例はない。再生医療の分野では、倫理的、医学的問題の多いES細胞の研究より、それらが少ない成人幹細胞の研究を集中して行うことを提言する所以である。

谷口 雅宣
 

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コメント

合掌ありがとうございます。
成人幹細胞の研究が進んでいるのは明るいニュースですね。
それにしてもこのような研究成果が出せたのも、元をただせばES細胞の研究が始まったからですよね。
間違った研究が、さまざまな修正によってより善なる成果へ導かれるということで、結局無駄ではなかったと言えるのではないかと思いました。

玉西邦洋拝

投稿: 玉西邦洋 | 2006年9月12日 22:35

合掌ありがとうございます。
「無駄なもの何もない」と知る祈りを先生がお示しくだっさているように確かに、無駄な事は何もないと思いますが、人として生まれてくる使命をもっているはずの受精卵を利用する事は絶対にあってはならない事です。 私の娘は99%奇形児と宣告されましたが、生長の家の信仰のおかげで残り1%の五体満足で産まれてきました。 

投稿: 酒井幸江 | 2006年9月13日 08:40

酒井さん、

 コメントありがとうございます。

 受精卵の遺伝子診断を受けられたのですか? とにかく、五体満足でよかったですね。素晴らしい体験談、ありがとう。

投稿: 谷口 | 2006年9月16日 22:12

 谷口雅宣先生ありがとうございます。 18年前です。遺伝子診断はまだ無かったのでは? 医師の経験からくる診断です。
 四週目に出血して三角形の肉片(子宮内膜?)がはがれ落ちました。育つわけが無いので堕胎しなさいとすすめられました。不確かな数字をあげてまで絶対に育たない事を強調したかったのでしょう。
 そのように医師から言われれば殆どの患者は従うのでしょう。もう死んでいると言われればあきらめましたが、絶対に堕胎だけはしたくなかったので逃げ帰り、その病院には行きませんでした。
 出血も止まり、五ヶ月目に大きなお腹で別の病院に黙って受診した所、元気な赤ちゃんが育っていました。
 子宮内膜が無い状態?でどうやって娘は育ったのか判りませんが、現代の生命医療の非現実的なまでの進歩からすれば、神がつかさどる人体の中で何があっても不思議では無いと、美しく育った娘を前に納得しています。
  
 娘は今年度の青年会全国大会の活動紹介で、学園祭で「足元から平和を From Here to peace」と題した展示をしたことを紹介して頂きました。生長の家を100%信じたおかげです。 

投稿: 酒井幸江 | 2006年9月17日 15:56

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