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2006年9月13日

夫の死後に妊娠する (3)

 9月5日の本欄で、夫の凍結精子を使って夫の死後に妊娠した子を夫の子として認知する訴えについて、初めての最高裁判決が出たことを書いた。その後、9月8日以降、同様の趣旨の2件の訴えについて最高裁判決がたて続けに出た。3例すべてが認知を認めない判決であり、これで最高裁に係属中の同趣旨の請求訴訟はすべて終結したことになる。
 
 『朝日新聞』は12日付の紙面の「ニュースがわからん」というQ&A形式の欄でこの判決を取り上げて、解説している。それによると、現在の日本の民法は、夫の死後300日より後に生まれた子には父子関係を認めていない。だから、このようなケースでは戸籍も父の欄は空欄となり、結婚や就職の際に不都合が生まれる可能性がある。また、扶養も相続も受けられず、祖父の財産を代襲相続する権利も発生しない。つまり、夫の死後に凍結精子を使って妊娠・出産しても、その子に父親から得られる法的なメリットは何もない。したがって、裁判所は父子関係を認める意味がないと判断した、というのだ。
 
 問題の核心には、科学技術の発達が法律の想定外の事態を生み出しているという現実がある。つまり、「凍結精子は半永久的に保存できる」という事実があり、この技術を利用して実際に凍結精子が保存され、それを使った夫の死後妊娠を医師が妻に行っているのである。9月5日に書いた例では、夫は白血病の治療のための放射線照射で無精子症になる危険を考えて精子を凍結したが、病状が悪化して死亡、妻が夫の死後、妊娠を希望したのだろう。この時、医師は妻の要望を拒否することもできた。なぜなら、政府の審議会の提言や日本生殖医学会の見解では、「凍結精子は死亡後に廃棄する」ことになっているからだ。担当の医師がそのことを知らないはずはない。が恐らく、妻の要望に同情したのだろう。あるいは、妻は夫が死亡したことを言わずに、医師に妊娠を希望したのだろうか。仔細はわからないが、凍結精子による懐妊について、医師と妻(患者)との間に情報の行き違いがあったような気がする。

 この3例の子は結局、法的には“父のいない子”としての人生を歩むことになる。これを母親の責任とするか社会の責任とするかは、見解が分かれるだろう。私は、この件を含む生殖補助医療全般についての法整備を早く進めるべきと思う。このことは、もう何年も前から諸方面から指摘されてきたことだが、社会的な合意形成が進んでいない。全般的な法整備が難しいのなら、この件のような「夫の死後の凍結精子による妊娠」に限って立法化できないものだろうか。上述した9月5日の本欄で外国の立法例に触れているが、私は現在、個人的にはイギリスのように「夫の同意書があれば認められる」とすることがいいように感じている。ただし、夫の死後いつでもいいとするのは問題なので、スペインのように「半年以内」とかイスラエルのように「1年以内」などと、期限を切って認めるのはどうだろうか。

 ところで、9月9日の『朝日』には昨年、40歳以上の女性が産んだ子供の数が47年ぶりに2万人を超えたことが報じられていた。47年前にも2万人を超えていたということは、当時は出生数全体が多かったのだろう。割合で言うと、昨年の新生児の約50人に1人は40歳以上の女性から生まれたことになるという。同じ数値が、1995年には「約90人に1人」だったというから晩婚・晩産化は急速に進んでいる。このことが何を意味するかを考えてみると、今回のようなケースを含む生殖補助医療全般への需要が拡大しているということだろう。凍結精子による妊娠が可能ならば、卵子の凍結保存による妊娠も可能である。特に卵子は、加齢とともに妊娠の確率が下がっていくから、晩婚・晩産を考える女性は、若い未婚時に自分の卵子を凍結保存し、結婚後にそれを使って妊娠することも選択肢に入ってくる。男も同じことを考えれば、セックスレスで子をつくる夫婦が増えることになる。技術の一人歩きを、いつまでも放任しておけないと思う。

谷口 雅宣

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