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2006年9月 5日

夫の死後に妊娠する (2)

 凍結保存した夫の精子を使って、夫の死後に妊娠して子を生み、それを夫の子と認知するように求めた裁判の最高裁判決が初めて出た。今朝の新聞各紙が伝えている。それによると、最高裁第二小法廷は「民法は父親の死後の妊娠・出産を想定していないことは明らかで、死亡した父との法律上の親子関係は認められない」として、認知を認めた二審判決を4裁判官の全員一致で破棄、請求を棄却した。逆転敗訴である。私は昨年10月3日の本欄でも、東京地裁であった同様の判決について触れている。この場合は、内縁の夫の死後、体外受精によって妻が女児を生んだケースだったが、今回は、正式に結婚した夫の死後、体外受精で出産した5歳の男児の認知が否定され、確定した。

 この男児の(生物学上の)父親は、白血病にかかって放射線治療を受けていたが、その副作用で無精子症になる恐れがあったため、治療に先立って精子を凍結保存していた。この方法は、受精卵の凍結より容易のため、不妊治療でも広く使われているという。精子を保存液と混ぜ、マイナス196℃の液体窒素で凍結することで、半永久的に保存できるらしい。父親は1999年に白血病で死亡、その後に母親が凍結精子で妊娠し、2001年5月に男児を出産、嫡出子として出生届を出したが認められず、2002年6月に提訴したという。一審の松山地裁は2003年、母親の請求を棄却。二審の高松高裁は2004年に「自然血縁的な親子関係が存在するうえ、夫は生前、死後の凍結精子の利用に合意していた」と認定して、認知を認める判決を下していた。

 『日本経済新聞』によると、日本受精着床学会は2004年に、凍結精子を使った体外受精や人工授精に際して「現状では、実施者がその都度、婚姻中であること、夫が生存していることを確認する必要がある」との見解を出しているため、夫の死後の妊娠と出産は現在、事実上禁止されているという。その一方、見解には法的拘束力がないから、実際の医療現場では今回のような事態が今後も起こる可能性はある。フランスやドイツでは、夫死後の体外受精は法律で禁止されているが、イギリスでは夫の同意書があれば認められるという。さらに『産経』によると、スペインは夫の事前同意と死後6ヵ月以内を条件に容認し、イスラエルでは保管後1年以内で裁判所の許可があれば認めているという。アメリカとギリシャは、夫の事前同意だけを条件としている場合が多いという。(アメリカは州法で規定のため)
 
 この問題は、なかなか複雑である。私がよく分からないのは、死後の夫の子として認知されることが、その子に法律上どのようなメリットを与えるかという点である。今回の判決でも「父から扶養を受けることはあり得ず、父の相続人にもなり得ない」としているから、祖父母が死んだ時の相続権の問題を考えてのことなのだろうか。『朝日新聞』によると、認知を求めた母親は「この子に父親がだれかを教えてやりたい」と訴えていたというが、教えるだけだったら、母親が「あなたのお父さんはこの人よ」と写真やビデオを見せてあげれば済む話のようにも思える。しかし、この子の戸籍の父親欄が空欄であるという問題を考えての提訴であれば、これは法整備を促す提訴でもあるのだろう。

 夫婦の晩婚化と少子化が進む中で、生殖補助医療の需要はますます拡大している。少子化対策という面では、できるだけ子を持てるような方向に法整備をすることになるだろう。しかしその反面、精子、卵子、受精卵、胎児という“生命の萌芽”に対しては、それを他人の目的に利用する動き--つまり“道具化”が広がるだろう。私は、この“道具化”に反対している。なぜなら「人間の生命発達のどの段階から人権を認めるか」という問いへの答えは、科学技術の発達によって変化するからである。アナログ的な生命発達の過程を扱うのに、デジタルな考えで「ある一点」から人間が始まると考えることには、無理がある。受精卵形成後から「人」として尊重する生命倫理の確立が望ましいと思う。
 
谷口 雅宣
 

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