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2006年9月 6日

映画『ユナイテッド93』

 妻と2人で日比谷に映画を見に行った。『ユナイテッド93』である。これは一度、8月の公開直後に見ようとして映画館まで行ったが、あまりの混雑で席が取れなかったものだ。が、今回は館内の人は疎らだった。9・11の5周年までに見ておきたかったのである。映画が現実を正確に反映しているかどうかの問題はあったが、ブッシュ氏の“テロとの戦争”を批判してきた私としては、そのテロの“現場”を知らないことに負い目を感じていた。映画の感想をひと言で表せば、「大統領の気持はよく分かる」ということか。あれだけの“奇襲”を受け、大統領自身、身の危険を感じて専用機で空へ逃れたのだが、その後、彼がアメリカ国民の怒りを体現して武力行使に出たとしても、無理はないと感じた。座席に釘付けになったまま、1時間51分がたちまち過ぎた。
 
 9・11にはアメリカ国内で4機がハイジャックされたが、そのうちテロリストの目標を外して墜落した唯一機が「ユナイテッド航空93便」である。乗客乗員が一丸となってテロリストと戦い、目的達成を阻んだのである。機内での心身両面の戦いはもちろん壮絶だったが、私の印象に残ったのは、連邦航空局指令センター内の様子である。ここでは、アメリカ上空を飛ぶ約4500機の航空機の情報をリアルタイムでモニターし、全米20ヵ所以上の航空交通官制施設と連絡を取りながら、安全運行のために必要な措置をとる場所だ。そこに並ぶ何十台ものスクリーンから、機影が1つ消え、2つ消える。その理由を知ろうと管制官がマイクを握る、叫ぶ、連絡に走る。まったくの混乱が、後に続く。

 映画では当時、同センターの総指揮をとっていたベン・スライニー氏本人が、自分役で出演している。それだけでなく、他の管制官や軍関係者が何人も出演しているから、ポール・グリーングラス監督(Paul Greengrass)の意図が、当時の実際の状況をできるだけ忠実に再現することにある、と分かる。スライニー氏も、「監督からの要求は正確さを極めることでした。ですから内容は事実そのままです」と言う。そして、このシーンで描かれているのは、当時、アメリカ中の管制官も、空軍関係者も、ハイジャックの目的が身代金ではなく、自爆テロであることを全く予想できなかったという点だ。

 映画中のテロリストのことに触れよう。9月4日の本欄にも書いたが、ブッシュ氏は、これまで一貫して“善”と“悪”を対立させた世界観を披露してきたが、この映画は違っていた。別の言い方をすれば、グリーングラス監督はテロリストを“悪魔化”していなかった。私はこの点に好感がもてたのだが、反面、その暗示することの重大さに震撼させられた。ユナイテッド93便のハイジャック犯は4人だが、みな敬虔でストイックなイスラーム信者として描かれている。また、上官の指令通りに任務を実行しようとする兵士の趣きもある。乗っ取りの際は、迅速、無慈悲に行動するが、乗っ取り機が任務を完遂できるかどうかに不安を感じ、神に祈り、恐怖に顔を引きつらせる。彼らが乗っ取り機の前方で身を震わせて神に祈るとき、同じ機内の後方では、テロリスト制圧の成功を神に祈る乗客乗員の姿がある。

 神への信仰が、人間の不安を和らげ、希望を与えるために大きな役割を果たしていることがよく分かる。しかし、善悪の対立が先鋭化した状況においては、神への信仰は戦いを正当化し、必然化する大きな力となる。だから、単に「神を信じる」だけでは、平和は必ずしも実現しない。神が人間の良心や理性を認め、祝福される存在か、あるいは人間の良心や理性に対して沈黙を要請する存在か、この点を信仰者は深く考察する必要があるのである。
 
 最後に、この映画に日本人が出てくることについて。彼はもちろん俳優だが、実際のユナイテッド93便にも「久下季哉(くげ・としや)」という日本人の青年が1人乗っていた。当時、早稲田大学理工学部2年生で、2000年2月に英語研修でユタ大学に1ヵ月学び、翌年8月、周遊旅行のため再び渡米してカナダへも足を延ばした。現地の大学の様子を見聞する目的もあったといい、9月11日、帰国のためにニューヨークからサンフランシスコへ向うこの機に乗った。1970年代の後半、アメリカを1人で旅した私自身の記憶が蘇ってきて、胸が締めつけられる。私がその機に乗っていたら、いったい何を考え、何をしただろうか……。
 
谷口 雅宣

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コメント

谷口 雅宣先生

 ご無沙汰しております。
 私は8月に妻と二人で『ユナイテッド93』を見ました。見ましたというのは不正確で、私は上映途中、テロリストが機上でまさに犯行に及ぼうとする寸前で映画館からドロップアウトしてしまいました。理由は、もともと体調不良だったことと内容が重く、かつドキュメンタリー風の演出でハンディカメラによる映像が多用され、上下左右に揺れる映像を見ているだけで船酔い状態になったのでした(ふがいない~)。この気分の悪さは、ディズニーランドで「スペースマウンテン」を乗ったあとに匹敵するぐらいでした。

>単に「神を信じる」だけでは、平和は必ずしも実現しない。神が人間の良心や理性を認め、祝福される存在か、あるいは人間の良心や理性に対して沈黙を要請する存在か、この点を信仰者は深く考察する必要があるのである。

 これは重要な視点だと思いました。テロリストが神に祈りつつ、コーランの章句を唱えながらハイジャックの犯行を行おうとするシーンは、彼らの良心や理性を押し殺している姿だと、改めて考えさせられました。

 この記事にトラックバックさせていただいてのは、日本に住んでいた米国婦人のムスリムと対話したときの話しです。

山岡 睦治 拝

投稿: 山岡 睦治 | 2006年9月 8日 22:01

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» ムスリムとの対話3 [こーらんメモ]
 ある日の英会話のレッスンで、ムスリムである先生とテロリズムについて話をしました。私がコーランには、ユダヤ教徒やキリスト教徒と戦えという言葉が出てくるので、それがイスラム教徒のテロリズムにつながっているのではないか、という直截な質問をしてみました。すると先生は、「コーランの解釈には、よい解釈もあれば、悪い解釈もある。2001年の同時多発テロの時、被害者の中にはユダヤ教徒やクリスチャンもいたが、他の宗教、イスラム教徒... [続きを読む]

受信: 2006年9月 8日 21:54

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