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2006年8月 5日

“国の中心”を失うこと

 イラクに派遣されていた陸上自衛隊が日本へ引き揚げ、日本の政治は靖国問題と自民党の総裁選挙に重点シフトをしているように見える。アルカイダなどのテロリストを掃討し、イラクがイラク国民による民主的政府を樹立するのを助けるために、日本は2004年1月、戦後初めて、陸上自衛隊を派遣した。そこでは、憲法上の制約から自衛隊員は戦闘や治安維持に従事できず、その代わり比較的治安のいいムサンナ県のサマワで、飲料水の供給、医療支援、道路や建物の建設等の復興・人道支援を立派に行った。撤収が決まった6月20日の記者会見で、小泉首相は「陸自による人道・復興支援は一定の役割を果たした」と評価した。その通りである。が、イラク戦争自体についての評価は、そう簡単でない。

 3日に、アメリカの上院軍事委員会の公聴会に出席した統合参謀本部のペース議長は、イラクの現状について「必ずそうなるとは言い切れないが、内戦に移る可能性がある」と述べ、イラク戦を指揮する中央軍のアビザイド司令官も「宗派対立は今まで見てきたなかで最悪。内戦に向かう可能性がある」と語った。5日付の『産経新聞』が報じている。同紙はさらに、BBC放送が伝えたイギリスの駐イラク大使の言葉として、「現段階では、安定した民主主義国家に移行するよりも、内戦と事実上の分裂に向かう可能性が高い」との認識を引用している。イラク国内の宗派間対立はフセイン政権崩壊後ずっと続いてきたが、最近とみに激化している。その中での自衛隊の撤収だということを忘れてはいけない。

 イラク戦争は、フセイン政権を打倒はしたが、テロリストの数を減らしたり、テロリストの活動を抑え込んだわけでもなく、大勢のイラク国民の命と財産が犠牲になり、アメリカも何千人もの兵士を失い、イラクからの石油供給も確保されておらず、イランに核武装を狙う反米政権が登場するなど、世界中で反米感情が燃え上がり、アメリカの国論も二分するという結果を生んでいる。これを「成功」というわけにはいかないだろう。3月19日の本欄で指摘したことだが、現在アメリカが遂行している「国家安全戦略」は、イスラム原理主義を“敵”と見て、武力を主な手段とした対抗措置を講じている。「敵を認めれば敵が現われる」という心の法則が働いているのだ。

 アメリカの評論家、トーマス・フリードマン氏(Thomas L. Friedman)は5~6日付の『ヘラルド・トリビューン』紙に書いた論説で、イラクからアメリカ兵を引き揚げる“プランB”を考える時期に来ていると述べている。彼の案は、かつてのボスニア=ヘルツェゴビナで成功したような、利害関係各国が参加する平和協定(停戦合意)と、国際平和維持軍の駐留である。彼が「関係各国」に含めるのは、アメリカ、ロシア、ヨーロッパ、日本、インド、中国、トルコ、サウジアラビア、エジプト、イラン、シリア、ヨルダンの12ヵ国だ。アメリカはまず、時期を定めて撤退することを明言し、これらの国を集めた停戦合意を結ぶ努力をすべきだというのである。今のアメリカの方針では、撤退を言うことは「敵に背を向け勇気づける」ことだとして否定しいるが、フリードマン氏は逆に「撤退しないだろう」と周辺諸国に思わせていることが、各国が真剣に“アメリカ後”を考えない原因を作っているのだという。

 イラクはアメリカ軍の占領下で民主選挙を実施し、議会を組織し、新憲法まで作り上げた。しかし、いかに悪政を布いていたとしても、超大国が別の国の国家元首を武力で捕らえ、政権を倒したことで、国は崩壊に向っているように見える。これまで圧政の下に隠れていた部族間、宗派間の対立が一気に噴き出し、また、欧米側にもイスラームと人権を否定するような不幸な出来事も起こった。このため、反米感情の高まりの中で内戦の危険が迫っている。おりしも、イスラエルとレバノンのシーア派組織・ヒズボラとの戦闘も勃発して、中東情勢は悲惨である。

 イラク戦後の統治の問題は、先の大戦後のアメリカによる日本占領とは一見似ているようだが、大きく異なる点がある。それは、日本人は天皇陛下の下で一丸となって「耐え難きを耐え」たのに対し、イラクは政治の中心を失い、宗教的な中心も得られないでいる点だ。“国の中心”がしっかり安定していることの重要さを、あらためて実感するのである。
 
谷口 雅宣

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