GM植物は拡散するか?
日本では遺伝子組み換え作物(GM作物)が不人気なことはご存じの通りだが、これを野外で栽培することを国とは別に自治体が規制する動きが広がっているらしい。8月19日の『朝日新聞』が1面と2面を使って詳しく伝えている。
それによると、GM作物の野外栽培は、既成の作物との交雑や混入を防ぐことが主な目的として現在、10の都道府県が条例やガイドラインを設けている。野外栽培では、花粉の飛散や虫による伝播でGM種が在来種と交雑する可能性があるため、交雑が起こった場合、作物のブランド・イメージが打撃を受けるとの判断があるようだ。また、GM反対派の農家や消費者とのトラブルを恐れているという。規制の内容は、GM種と在来種の栽培地間の距離を定めたり、住民への説明会を義務づけたり、交雑が起きたときの対応を求めるもの。こういう規制もあって、国内でのGM作物の商業栽培はまだ行われていないという。
GM作物は、アメリカ、中国、インドなどで大々的に栽培されているが、日本やヨーロッパではきわめて評判がよくない。私自身、『今こそ自然から学ぼう』(2002年、生長の家刊)などで懐疑論を展開しているし、本欄でも何回か(例えば8月1日、4月13日)問題点を指摘してきた。問題の基盤には、「生物は人間が好きなように改変してよい」という人間至上主義の考え方がある。また、人間に都合のいい種だけを大量に栽培することによる生物多様性の破壊も、大きな問題だ。8月12日付のイギリスの科学誌『New Scientist』は、GM種の植物に関して示唆的な事実を伝えている。
それは、悪名高い「ラウンドアップ」という除草剤への耐性をもった芝が、オレゴン州の片田舎で発見され、合衆国農務省(USDA)を慌てさせているという話だ。これは、アメリカ国内でGM種の植物の“野生化”が発見された最初の例で、しかも農務省が野外での栽培認可をする前にそれが起こったという点が、衝撃的だった。問題の芝はクリーピング・ベントグラス(creeping bentgrass)と呼ばれていて、学名は Agrostis stolonifera である。日本語の呼称はよく分からないが、辞書を引くと「コヌカグサ」「ヌカボ」などとあり、イネ科のコヌカグサ属かカヤツリ科の雑草という。想像するに、いわゆる「野芝」や「西洋芝」の一種だろう。この芝の遺伝子を組み換えて、グリフォサートという除草剤への耐性をもたせたのがGM芝だ。だから、これをゴルフコースに植えれば、あとはグリフォサートを散布することで、均一で、見た目の美しいゴルフ場の造成とメンテナンスが容易にできる--というのが開発側の意図である。「ラウンドアップ」とはグリフォサートを主成分とする除草剤の商品名だ。
このほどアメリカの環境保護局が、このGM芝が栽培されている場所から半径4.8kmの植物を調べたところ、2万400種のうち9種が、GM種と同一の除草剤耐性をもっていた。そして、このGM種の伝播は、最長で3.8kmの地点でも確認されたという。伝播の方法は、花粉によって在来種と交雑したものと、種の拡散によるものとの双方が確認されたという。
GM芝の“野生化”は、2つの点で問題を抱えている。それは、①多年草植物であることと、②農作物でないこと、だ。従来から栽培されていたGM作物のほとんどは、ダイズ、トウモロコシ、アブラナなどの1年草である。つまり、従来のGM種の多くは収獲が終れば枯れてしまうから、次世代を残しにくく、したがって野生化の可能性は小さい。これに対し多年草は、冬を越して翌年再び成長するから、交雑と種による伝播の可能性が大きい。さらに問題なのは、農作物は人間が手をかけねば自然界では生き残るのが難しいのに対し、芝は自然界に数多くの近種をもつほとんど“雑草”と言っていい植物である。だから、GM種のもっている除草剤耐性が近種間の交雑によって自然界に広がっていく可能性があるのである。
それにしても、日本とアメリカのGM植物に対する態度は対照的である。日本では「食品」と「遺伝子組み換え」の2語をつなげることに拒否感を示す人が多いのに対し、アメリカではGM作物は普通に栽培されている。そのことに対して、アメリカ人のほとんどは拒否感を示さない。私は、それでいいのだと思う。「自然は人間のために改変すべきだ」と考えて西部開拓をした人々と、「人間は自然の一部だ」との価値観で生きてきた人々の双方があっていい。地球温暖化時代にどちらの生き方が有効であるかは(あるいは双方の知恵が合わさる必要があるのかは)、今世紀の人類の経験によって証明されるに違いない。
谷口 雅宣
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