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2006年8月11日

イスラームはどうなっている?

 今日のトップニュースは、イギリスからアメリカに向う旅客機の爆破テロを未然に阻止したというロンドン警視庁の発表だった。9・11テロを上回る6~10機の爆破計画を数ヵ月にわたって内偵していたところ、一気に危険な状況になってきたため、一斉摘発を実行し20数人を逮捕したという発表だ。まだ逃亡中の実行犯もいる関係から詳細な情報は伏せられているが、例のごとく「アルカイーダの関与」の可能性が言われている。また、爆破方法は、ペットボトルに入れた2種類の液体を機上で混ぜ、使い捨てカメラのストロボ発火装置に連結して爆発させる--などと、かなり具体的だ。もしこの方法が本当に計画されていたならば、これは自爆テロに違いない。拘束された容疑者のほとんどはパキスタン系イギリス人というから、ロンドン・テロと同じ「先進国で生まれ育ったイスラム系青年」によるテロ計画ということになる。

 日本はちょうどお盆休みの“民族大移動”のピークにあるが、今後は飛行機での移動はかなりの不便を伴うことになりそうだ。私は昨夜、青森空港から羽田まで飛んで帰ってきたが、その際、フライトの時間が30分ほど遅れた。これも上記の事件と関係があるような気がする。しかし、機上でまだペットボトル入りのお茶が飲めたことは幸いだった。

「イスラームは危険な宗教である」というメッセージが、またまた世界中に発信されてしまった。「一部の過激派は暴力的でも、イスラームの大多数は平和愛好である」という従来の言い方が、だんだん説得力をもたなくなってきている。これは大変残念なことだ。イスラームの信奉者は、今こそ「イスラームはテロを容認しない」という明確なメッセージを大々的に世界に向けて発信してほしい、と私は心から願うのである。9・11の際にそれがなかったことが、イスラーム全体に対する大きな誤解を生み出したことを思い出してほしい。

 かつて本欄に「イスラームに“ヴァチカン”はない」という話を書いた。それは、イスラーム社会内部では、数多くのイスラム法学者が互いに異なった解釈をしても、いずれの解釈も認められるということを、キリスト教の経験に当てはめて言ったものだ。イスラームには、中心となる宗教的権威がないのである。言い方を変えれば、イスラームは中央集権的な宗教組織ではないということにもなる。このことは、その土地の、その時の事情に合わせた柔軟なイスラム法解釈を可能にするという意味では美点であるが、その反面、アルカイーダのようなイスラーム内部の“異端”を批判できないという意味で、イスラーム全体にとって大きな弱点ではないかと思う。
 
 部外者である私がこんなことを言っても、イスラームの信奉者には「余計なお世話」と思われるかもしれないが、イスラーム内部にもこのことを危機感をもって訴えている人はいるのである。UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)でイスラム法を教えているカーレド・アブ・エルファドル氏(Khaled Abou El Fadl)は、昨年出版した The Great Theft: Wrestling Islam from The Exremists (大いなる窃盗--過激派からイスラームを救う闘い)の中で、「今日のイスラーム社会に於いては法解釈の権威が危機に瀕しており、混乱の極みにある」(p.26)として、次のように書いている:
 
「これらのイスラム法学者の意見は信者にとって説得力はあるが、義務を与えたり法的拘束力をもつものではない。法学者の意見は一般に“ファタワ(fatawa)”と呼ばれていて、ある特定の個人の特殊な問題について出されることもあれば、公的な問題について出されることもある。伝統的には、1人の法学者がファタワを出す資格を得るためには、一定の厳しい条件が定められていた。また、問題が深刻になればなるほど、それについてファワタを出せる人の資質は高くなければならなかった。現代に於いては、そういう資質や資格を守らせる機関の権威は失墜してしまったか、あるいは全くなくなってしまった。だから今日、法的あるいは社会的な制約がない中で、実際には誰でも自分をイスラム法学者だと宣言し、ファタワを出すことができるのである」(pp.28-29)

 上記のことに加え、現代ではインターネットによって誰でも簡単に、世界に向けて自分の意見を発表することができるという現実を考えてみよう。そういうコンピューターの操作やソフトウェアの製作に長けているのは、イスラーム法学者などの宗教の専門家や伝統的な教育を受けた年長の人々であるよりも、科学者やエンジニア、情報科学の専攻者などの比較的若い人々である。今、そういう人々がウェッブサイトを開設し、自称イスラム法学者として、そこにイスラーム法にもとづくファタワを発表しているとしたら、いったいどうなるだろう? かつてモハンマドの風刺画がヨーロッパの新聞や雑誌に発表されてから、世界中で大混乱と暴動が起こったが、その原因の1つにこのようなイスラーム内部の問題が関係しているような気がしてならないのである。

 谷口 雅宣

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コメント

今朝のトップニュースを見て「またか…」とちょっとゲンナリしてしまいました。

私が最近購入した書物に、ジル・ケペル『ジハード:イスラム主義の発展と衰退』(丸岡高弘訳、産業図書、2006年4月刊)という本があります。600頁以上にもわたる大著で、2002年に原著の初版が出されて以来、すでに11の言語に翻訳されていて、世界中で高く評価されているのだそうです。

まだ私はその触りの部分しか読めていないのですが、「訳者あとがき」によると、著者のケペル氏(1955年生まれ)は現在、パリ政治学院大学院のイスラム世界研究部門のチーフをつとめる社会学者で、フランスにおける現代イスラム社会研究を代表する一人だとのことです。

そのケペル氏によると、9/11テロは「イスラム主義運動が権力掌握につながる恒久的な政治的動員力をますますうしないつつあるからに他ならない。9/11テロは衰退傾向を逆転させるための発作的試みにすぎない」(5-6頁)のだそうです。

つまり、「敬虔な中産階級が支持するようになった民主主義的価値を依然として拒否するかれらは、疲労し、疑問を持つようになった配下のひとびとの信頼をとりもどし、武装闘争をふたたび活発にするためには、とてつもなく破壊的で華々しいテロ行為を遂行する他ないとかんがえているのだ」というのです(20頁)。

過激なイスラム主義運動が決してイスラム世界の大多数の人々の支持を得ていない、という事実は、一方で私たちを勇気づけてくれることだと思いますが、他方でイスラム過激派にひきつけられているイギリス育ちのイスラム系移民青年も少なからずいることを思うと、9/11以来の「衰退的傾向を逆転させる発作的な試み」が一定の“成果”を挙げているとも言えそうで、何とも複雑な気持ちがします…。 山中拝

投稿: 山中 | 2006年8月12日 00:32

山中さん、

 参考書の紹介、ありがとうございました。フランス人の著作は、また一風違う内容のようですね。しかし600ページというのはスゴイ……

投稿: 谷口 | 2006年8月12日 13:12

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