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2006年8月23日

脳細胞はどんどん再生する?

 今年に入って再生医療の分野での新しい研究成果が相次いで発表されている。本欄でも、それらを発表のつど報告するようにしているが、きっと漏れているものもあるだろう。以下、本欄で扱ったものを古いものから順に列挙すると……

①ドイツの研究グループが、マウスの精原細胞からES細胞に似た多分化能のある幹細胞を作成することに成功--4月6日。
②ヒトES細胞から効率よく神経細胞を得る方法を理化学研究所と京都府立医科大学の研究グループが開発。人間の羊膜上で培養することで、9割以上の確率で神経幹細胞を育てることに成功。--6月6日。
③日本政府は従来、“クローン人間”作成につながるとして人のクローン胚研究を禁じていたが、厳しい条件を付けたうえで、不要となった卵子を使うES細胞作成に道を開こうとしている--6月20日。
④京都大学の山中伸弥教授が、マウスの皮膚細胞の遺伝子を操作することで、ES細胞に酷似した状態(人工幹細胞)を実現--7月17日。
⑤体細胞の遺伝情報を初期化・再プログラム化して作成する人工幹細胞と毛包細胞は、再生医療に有望--7月18日。
⑥ブッシュ大統領、ES細胞研究の財政支援拡充法案に初めての拒否権を行使--7月20日。
⑦再生医療に使える幹細胞は脳、骨髄、髪、皮膚、脂肪、歯胚、臍帯血,生殖器……など相当の種類に及ぶ--7月27日。

 この流れを見ると、受精卵や卵子を使ったES細胞の研究と併行して、体中にある幹細胞を利用した再生医療、さらに最近では普通の体細胞(この場合は皮膚)の遺伝子操作で人工的に幹細胞をつくる方法も開発されつつあることが分かる。ただし、最後の例はネズミでの成功例で、人間への応用はまだこれからだ。また、再生医療の目指す方向の1つに「神経細胞の再生」があることは強調されていい。というのは、神経細胞の欠損による半身不随や痴呆などの障害は永く「治らない」とされてきたからだ。これが再生可能になれば、多くの人々に光明を与える。アメリカのレーガン元大統領、俳優のクリストファー・リーブやマイケル・J・フォックスがES細胞の研究推進派の“広告塔”のようになってきたのも、彼らが「神経系」の障害をもっていたことが大きな理由である。
 
 とすると、「神経細胞を再生させる」方法が見つかれば、卵子や受精卵を使うES細胞研究の意味の大半は失われてしまうのではないか。特に卵子や受精卵を使う場合、患者の遺伝子に適合性させるためのクローン胚作成の過程は、非常に効率が悪い。ここから様々な倫理的問題も過去には生まれている。そう考えると、患者の神経細胞を直接操作して再生を促す方法に活路を見出そうとする人がいても、おかしくない。8月16日付の Newswise と同18日付の『New Scientist』のニュースは、まさにそんな研究で驚くべき成果が出ていることを報じている。

 しかし……この方法は「人間の脳細胞をマウスの脳の中に入れる」というのだから、私は考え込んでしまう。またこの方法は、卵子や受精卵などの生殖細胞を一切使わず、大人の患者の脳をそのまま使うのだから、拒絶反応の問題も生じないようだ。上記の報道によると、フロリダ大学のマックナイト脳研究所(McKnight Brain Institute)のデニス・スタインドラー博士(Dennis Steindler)らの研究グループは、人間の大人の脳細胞をマウスの脳に入れると、人間の脳は新しい神経細胞を生み出し、ネズミの脳の様々な部分に適合するように分化したという。また、この研究グループは、1個の人間の大人の神経細胞を培養操作することで、何百万もの新しい神経細胞が生成されることも確認した。このことから、同博士らは、普通の人間の脳細胞には幹細胞と同等の自己再生力と分化能力がある、と結論している。これは、神経細胞についてのこれまでの医学の常識を覆す研究と言えるかもしれない。
 
 この方法によって、体外で脳細胞を大量に増殖できることになれば、アルツハイマー病やパーキンソン病で欠損した脳の治療に、患者自身の脳が利用できる可能性がある。そうなれば、前述したES細胞研究に与える影響も少なくないだろう。科学技術の研究からは、本当に何が飛び出すか分からないとつくづく思うのである。
 
谷口 雅宣

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