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2006年8月15日

イスラームはどうなっている? (4)

 本シリーズの前回までの考察で、イスラームのスンニ派に属するワッハーブ派の考え方は原理主義にもとづいており、そのためにイスラームの千年以上の伝統を省略して、聖典の選択的利用と字義の文字通りの解釈によって、複雑な現代の問題に解決の道を見出そうとしていることを述べた。しかし、ここに困った問題が1つある。それはアルカイーダの活動の背後にこのワッハーブ主義があるだけでなく、彼らの出身国・サウジアラビアはワッハーブ主義にもとづいて建国された国だということである。「困った」という表現が分かりにくいなら、「事態は簡単に説明できない」と言った方がいいかもしれない。あるいは「矛盾に満ちた」と言うべきだろうか?
 
 簡単に事実だけを挙げれば、こうなる--ワッハーブ主義では西洋の文化・文物はできるだけ排除して純粋なイスラーム国家を建設すべきところだが、サウジアラビアはアメリカの同盟国であり、大量の石油をアメリカ等の西洋諸国に輸出していて、その見返りに莫大な富と強大な軍備(大半がアメリカ製)をもち、あまつさえ米軍基地を抱えている。これらはサウジ政府が、厳しい国際情勢の現実の中で“国益”を優先して採用してきた外交政策の結果であって、必ずしも宗教的信条やワッハーブの教えにもとづいていない。しかし、純粋なイスラームの若者の目から見れば、「国は国教を棄てた」とか「王族は信仰をすてて私腹を肥やしている」「国はアメリカの傀儡政権に乗っ取られた」などと見られる可能性は十分にある。

 イスラーム研究者の保坂修司氏は、『正体--オサマ・ビンラディンの半生と聖戦』(2001年、朝日新聞社刊)という著書の中で、オサマ・ビンラディンが1996年8月に出したアメリカへの“宣戦布告”の文章を紹介しているが、そこには次のような一節がある:
 
「イスラームの民がシオニスト・十字軍連合およびその同盟者によって科された攻撃、不法、不正に苦しめられてきたことは明らかにされねばならない。ついにはムスリムの血は安価になり、彼らの富は敵の手の中の戦利品となるにいたった。彼らの血はパレスチナやイラクで流されている。レバノンのカナでの虐殺の恐ろしい映像は依然としてわれわれの記憶に新しい。タジキスタン、ビルマ、カシミール、アッサム、フィリピン、ファタニ、オガディン、ソマリア、エリトリア、チェチェン、ボスニア・ヘルツェゴビナでも虐殺が起きており、それらは身体や良心を揺さぶるものである。世界はこのすべてを見て、そして聞いていながら、こうした暴虐行為に対し何ら反応を示していない。それどころか、アメリカとその同盟者たちのあいだの明白な陰謀で、不法な国連の傘のもと、これら拠りどころのない人びとはみずからを守るための武器を獲得することすら禁じられたのである。イスラームの民は覚醒し、彼らがシオニスト・十字軍連合の攻撃の主たる対象であることに気づいた」

 上記は全体の一部にすぎないが、ここには航空機を使った前代未聞の自爆テロ事件を指導した人間の世界観がよく表れていると思う。まず全体を流れているのは「世界は二分されている」という認識だ。強大な「シオニスト・十字軍連合とその同盟者」が、不幸な「ムスリム」(イスラームの民)の血と富を奪う戦いを仕掛けている。その他の世界は傍観しているだけだ、というのである。「シオニスト」とはユダヤ教を信仰する人々であり、「十字軍」はもちろんキリスト教徒のことである。「イスラエル」と「アメリカ」という国名を使っていないということは、オサマが国際関係を国と国との関係として見てはおらず、宗教勢力と宗教勢力の関係として捉えている証拠である。そういう色眼鏡で世界を見ると、「ムスリム(イスラム教徒)はユダヤ=キリスト教徒連合軍の攻撃にさらされている」との単純明快な善悪二元論によって、世界情勢は理解・納得できる。だから、世界中のモスリムはあらゆる犠牲を厭わず、イスラーム共同体のために戦え--そういうメッセージだ。

 私は昨年6月2日の本欄で、戦争の前には相手の“悪魔化”が必ず起こると書いた。人間は「感情移入」の能力を備えている点で他の動物と本質的に異なる、と言われてきた。最近、この能力がネズミにもある可能性を示唆した研究が発表されて話題になったが、しかしあったとしてもごく原始的なものらしい。だから、人間は自分の戦う相手を“悪魔化”する過程を経なければ、戦争などできない。イスラーム原理主義者も同じ人間であるから、上記のような“悪魔化”をして初めて大量無差別テロが可能となった。宗教の教義の中に善悪二言論が色濃くある場合、あるいは色濃く出てきた場合、その宗教は戦争に向っていると考えるべきだろう。それはイスラームのみならず、一神教の原理主義が内包する問題である。

谷口 雅宣

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