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2006年7月31日

水で車が走る?!

 科学によって何が可能となるかについては、門外漢の私はしばしば目を見張らされる。昨年10月31日の本欄では、「鉄を自動車の燃料に使う」という科学者の構想を紹介したが、今度は「水を自動車の燃料にする」話があるそうだ。もっと正確に言うと、自動車に水タンクを積み、そこから水素を取り出しながら燃料電池を動かす。すると排出されるのは水だけだから、その水をリサイクルして再び水素の原料にすれば、文字通りのゼロ・エミッション(廃棄物ゼロ)の社会が実現する。こんな夢のような計画と真面目に取り組んでいる科学者がいる。イギリスの科学誌『NewScientist』が7月29日号で伝えている。

 現在、開発されている燃料電池車がなかなか普及しない理由の中には、①水素の生産にエネルギーを要するので非効率的、②水素の運搬や貯蔵が困難、の2つがある。また、現在のガソリンと同様の「中央集中的」な生産と流通方式が考えられていて、大量の化石燃料から大量の水素を取り出し、それを圧縮・液化して各地の需要先に運搬しようとしている。これだとインフラの整備に大きなコストがかかるし、水素は引火性なので危険だ。しかし、地上に最も豊富にある「水」の化学式はH2Oだから、これから酸素(O)さえ除けば純粋な水素(H2)が入手できる。この過程を自動車の外でなく内部で実現できれば、インフラ整備など不要になってしまう。

 それを狙う科学者たちは、ホウ素(原子記号=B)に目をつけたという。これを水と反応させることで水素が取り出せ、酸化ホウ素が残る。ミネソタ大学のタレク・アブハメド氏(Tareq Abu-Hamed)とイスラエルのワイズマン研究所の研究チームの計算によると、この方式だと、自動車1台に積むホウ素は18kgですみ、これに45リットルの水を反応させると水素が5kgできる。これだけの水素があれば、燃料電池車は、40リットルのガソリンを積んだ普通車と同様の距離を走れるという。現在、あるイスラエルの会社がエンジンを設計中だが、韓国のサムスン社は、これと似た考えにもとづいたスクータの実験モデルをすでに製作ずみという。

 ナトリウムやカリウムを水と混ぜると激しく反応し、水から水素を引き剥がすことはよく知られていた。ホウ素も同様のことをするが、反応はもっと緩やかなため、特別の防護容器はいらないそうだ。この種の研究は上記のイスラエルの研究者が始めたわけではなく、すでにダイムラー=クライスラー社が「ナトリアム」という名のコンセプト・カーを造っている。この車は水をそのまま使わずに、水素を多く含む液体化合物を使い、触媒によって水素を取り出して燃料電池に供給する。これによって時速130kmのスピードと500kmの走行距離を達成したのだが、2003年に計画をやめてしまった。現在は、ワイズマン研究所出身の科学者が経営する「エンジニュイティ」(Engineuity)というイスラエルのベンチャー企業が、水を使った燃料電池車を開発中で、「あと数年のうちに」商業化ができると言っているそうだ。
 
 最後に、水から水素を取った残りの酸化ホウ素の処理だが、アブハメド氏はマグネシウムを使ってこれをホウ素に還元することを考えていて、その工程で使用するエネルギーは太陽光から得ればいいとしている。だから、今のところ「全く水だけ」では車は動かない。しかし、触媒であるホウ素もリサイクルできるから、温暖化防止には大いに役立つと考えられる。こういう新技術の開発には、しかし時間と費用がかかる。有望な技術を国が積極的に支援していく態勢が必要だ。時間はあまりないのだから……。
 
谷口 雅宣

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