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2006年7月20日

ブッシュ氏、ES細胞研究支援にノー

 米大統領のブッシュ氏が、胚性幹細胞(ES細胞)の研究に対する国の財政支援拡充法案に拒否権を発動した。この法案は昨年5月に連邦下院で可決しており、上院では18日(現地時間)に「63対37」で可決した。ブッシュ氏は少数意見に与し、しかも就任以来初めての拒否権発動といことだから、実に明確な「ノー」の意思表明である。ブッシュ氏は、イラク戦争などで“単独行動”を批判され、最近は態度軟化が言われてきたが、「正しい」と思うことは多少の反対を押し切って強引にやるところは、まだ変わっていないようだ。私は、ブッシュ氏の環境問題やテロに対する態度には批判的だが、ことES細胞に関しては、氏の決断を声を大にして讃えたい。

 ブッシュ大統領の拒否権発動について、新聞などは「11月の中間選挙を前に、支持基盤の宗教右派へ配慮した」(19日『朝日』)などと分析しているが、本欄でも書いたように、宗教右派の一部は環境問題への取り組みでブッシュ氏を批判しているし、共和党も、19人がこの法案に賛成するなど分裂している。だから、この問題で内部分裂した自派への“配慮”というよりは、彼の“信仰心”が法案拒否の最大の動機ではないだろうか。
 
 今日(20日)に放映されたABCニュースでは、大統領は拒否権発動の理由をこう説明した--「この法案は、他の人々の医療上の利益を見つけるために無辜の人命を奪うことを支援することになります。それは、健全なアメリカ社会が敬うべき道徳的境界を越えるものだから、私は拒否しました」(This bill would support the taking of innocent human life in the hope of finding medical benefits for others. It crosses a moral boundary that our decent society needs to respect, so I vetoed it.)
 
 この法案の内容を私は詳しく知らないが、大統領は「受精卵を破壊してES細胞を作る」ことを指して「無辜の人命を奪う」と言っているのだろう。ES細胞の“出所”としてよく候補に上がるのは「不妊治療で作られた受精卵のうち、不要になったもの」(凍結余剰胚)だから、「どうせ廃棄されるものなら、人助けに使ってもいいだろう」と考える人が多いのである。ところが大統領は、この日、そういう凍結余剰胚を“養子”として引き取り、妊娠後に健康な赤ちゃんとして産まれた子供と、その親たちを会見場に招待して、次のように言った:
 
「ここにいる子供たちは皆、人工授精による凍結受精卵として人生を始めました。この凍結受精卵は皆、不妊治療が終ったあと使われなかったものです。この子たちは皆、受精卵である時に養子となり、愛に満ちた家庭で育つ幸せに恵まれました。この子たちは、予備の部品なんかじゃありません。この子たちを見れば、研究目的で受精卵が破壊される時に何が失われるかが分かります。この子たちを見れば、我々は皆、最初は小さな細胞の塊として命を始めることが分かります。そして、この子たちを見れば、我々が新しい治療法を探すことに熱心なあまり、わが国全体が根本的な道徳を放棄してはいけないということが分かります。」

 大統領はこの日、別の一団の人々も会場に招いていた。それは、受精卵を破壊しなくても利用できる成人幹細胞(adult stem cells)や、ヘソの緒中にある臍帯血幹細胞による治療で健康になった人々である。そして、「この人たちは、効果的な医療は倫理的でありえると教える生きた証人です」と紹介した。続いて大統領は、成人幹細胞がES細胞と同様に効果的な治療法を生む可能性に触れ、「科学者たちが研究中のある治療法では、通常の体細胞をプログラムしなおす」技術があるとし、その例として、「皮膚の細胞がES細胞と似たように機能する」ことを挙げた。これはまさに、18日の本欄で扱った「人工幹細胞」のことである。
 
 このように、国の中心者が倫理基準を明確にしたうえで政策決定をするという点を、わが国も見習うべきだと思う。特に生命倫理の分野での国の対応の「あいまいさ」と「遅さ」は、早急に改善してほしいものだ。
 
 谷口 雅宣

【参考資料】
○"President Discusses Stem Cell Research Policy," http://www.whitehouse.gov/news/releases/2006/07/20060719-3.html

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