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2006年7月21日

天皇の人権について

 昭和天皇の“発言メモ”と称するものが突然現われ、その内容が「靖国神社へのA級戦犯の合祀に反対」だったとして『日本経済新聞』が7月20日付で報じたことが、波紋を広げている。何かとても「政治的」な臭いがすると感じるのは、私だけではあるまい。同紙の記事によると、これは1988年当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)が書いたメモで、本人の使った20数冊の手帳の1つに貼りつけてあったものを、同紙記者が「入手した」ということらしい。それが昭和天皇の“本心”だというのである。

 時あたかも“ポスト小泉”をめぐる政権党の動きが表面化し、「A級戦犯分祀」が争点の1つになっているばかりか、外国からも「分祀賛成」などの意見が飛び出している。その時に合わせて“決定打”を放つ--そういう効果をねらったとしか思えないタイミングである。これらのメモや手帳や日記類は、もう20年近くどこかの家の片隅かどこかにしまわれていたのである。それが突然、空を飛んで新聞記者の手中に落ちたわけではない。誰かが、明確な意図をもって今、この時をねらい、数多の記録の中から、靖国神社合祀に関する部分を強調して、「天皇の御心はこれぞ!」と記者に書いてもらったのである。その「誰」かは、記事の背後に身を低くして隠れている。私は「あなたはなぜ今、この記録を出す決意をしたのか?」と問いかけたい。

 ここで「A級戦犯分祀論」あるいは「分祀不可能論」を展開するつもりはない。それは明らかに政治問題中の政治問題で、誰か別の人の仕事である。また、「陛下の御心はこうだから、政治をこう処理すべきだ」という言い方は、陛下を“政争の具”に利用することである。戦前はこれが盛んに行われたが、戦後の人間はその大罪から学ばなければならないだろう。それよりも、今日は少し別の角度から、この問題の背後にある重要なことに触れたい。
 
 それは「天皇の人権は制限されている」ということである。戦前の大日本帝国憲法の下では、それでも公的な面で大きな権限が認められていたが、戦後の象徴天皇制下では、相当の制限がなされていると言えよう。例えば、今回の“発言メモ”のことでも、『日経』紙上でコメントしている専門家の多くは、富田元長官の人柄について「話を面白くするとか、誇張するとか、そんなことは絶対できない」とか、「ものごとを脚色したり、ねじ曲げて語る人ではない」などと昭和天皇の発言の信憑性を強調しているが、そういう記録者側の忠誠心や誠意が強調されればされるほど、「なぜ陛下は、他にご自身のお考えを率直に表明する場がなかったのか」との疑問が湧いてくる。また、「人に記録させるのではなく、ご自身で日記を書かれたらよほど信憑性がある」とも思ってしまう。
 
「信頼している側近にだけご自身の意思を表明される」ということを言い換えれば、公的な発言は制限されているということだ。これを20日の『日経』は「昭和天皇の公式発言は極めて少なかった。天皇の言葉が持つ力を自覚し、また自らを立憲君主と規定し“輔弼(ほひつ)の者の進言に従う”のを信条としたため、自分の考えを表明することは自然と抑制された」と書いている。しかし、陛下ご自身の「個人的信条」がそうだったのではなく、憲法上の制約により陛下の基本的人権の一部が制限されていたと考えるべきだろう。制限のある人権の中には「表現の自由」も含まれており、したがって自由な発言は許されないのである。

 21日付の『朝日新聞』は、1987年8月15日に昭和天皇が詠まれた御製--この年のこの日にもまた靖国のみやしろのことにうれひはふかし--が、実は徳川義寛元侍従長(故人)の要望で、「合祀がおかしいとも、それでごたつくのがおかしいとも、どちらともとれるような歌にしていただいた」ものだと書いている。これはかなり“眉ツバ”的な内容だが、前日の同紙夕刊では、この取材は『朝日』独自で95年に行われ、この時徳川氏は「靖国神社は元来、国を安らかにするつもりで奮戦して亡くなった人を祭るはずなのであって、国を危うきに至らしめたとされた人も合祀するのでは、異論も出るでしょう」と語ったそうだ。このことは、受け取り方しだいでは、陛下は最初、「合祀反対」の意思が伝わるような御製を作られたが、「それでは政治的な発言になる」と考えた侍従長から修正の要望があり、陛下はそれを受け入れられた、とも解釈できる。もちろん、真相は不明である。

 御製についてはともかく、「制度」として人権に一部制限があるのだから、同様のことは昭和天皇だけでなく、今上陛下や皇太子殿下についても当てはまるだろう。もし、昭和天皇のみが個人的信条から発言を控えておられたというのであれば、その後継ぎとなられるお二方は、別の信条からもっと自由な発言をされてもいいはずだが、事実はそうでもない。このことから考えると、現在の皇太子殿下が雅子妃殿下の“人権否定”について取材記者の前で率直な発言をされたことは、驚くべきことなのである。それほどのことが両殿下の周囲で今起こっている--そういう問題意識を私はもっている。

谷口 雅宣

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コメント

合掌

私は数年前からこの富田メモの存在は知っておりました。
麗澤大学の松本健一教授から何度か伺ったものです。

昭和天皇の本心が何処にあったかより、その本心を明らかに出来なかったのは何故かが大切だと思うのです。

昭和28年8月3日の衆議院議会で、4000万人の署名を元に戦犯とされた方たちの名誉回復が満場一致で決議されたのです。

これは主権である国民の意思であるわけです。

天皇陛下といえども、これに異を唱えて「靖国に合祀することは賛成ではない」などといえることではないのです。

副総裁先生の仰られる通り、中国寄りと言われる日経新聞が「この時」を狙ってセンセーショナルに中国に媚びを売ったものと、私は確信しております。

スクープでもないものをスクープのように演出するなど、誇りをもった新聞社のやることでは無いと思います。

マスコミのあり方が問われる事件です。

投稿: 佐藤克男 | 2006年7月23日 07:24

佐藤さん、

>>副総裁先生の仰られる通り、中国寄りと言われる日経新聞が「この時」を狙ってセンセーショナルに中国に媚びを売ったものと、私は確信しております。<<

 私は、そんなこと言ってないのですが……。

投稿: 谷口 | 2006年7月24日 16:19

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