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2006年6月20日

人間のクローン胚研究へ道

 ES(胚性)細胞の研究は、韓国のファン・ウー・ソク元教授による研究データ捏造事件の影響でこのところ下火になっていたが、日本では行政がその“後押し”に動き出した。文部科学省は今日(20日)、専門家作業部会を開いて、人間のクローン胚を作成する研究の“解禁”に向けた指針案をまとめた。これまでの指針は、人のクローン胚は“クローン人間”作成につながるとして研究を禁じていたが、韓国の事件の教訓を取り入れて厳しい条件を付けたうえで、不妊治療などで不要となった卵子を使うES細胞作成に道を開こうとしている。『日本経済新聞』が夕刊で報じた。

「クローン胚」とは、特定の人間の遺伝子情報をもった胚(胎児の初期のもの)のことである。現在の主流的な方法では、これを作成するには、ある人の体細胞(皮膚の細胞など)の細胞核を抜き取り、卵子から核を除いたものの中にそれを注入し、電気ショックなどを与えて両者を融合させる。これによって、融合した細胞は稀に分裂を始めるが、それが「胚盤胞」と呼ばれる段階にまで達したものを「クローン胚」と呼ぶ。この特殊な胚の中身を取り出したものが「ES細胞」だ。クローン胚を壊さずに女性の胎内に移植し、そこで成長が始まれば“クローン人間”が誕生すると考えられている。

 6月6日の本欄では、理化学研究所などがES細胞から効率よく神経細胞を取り出す技術を開発したことを書いたが、クローン胚の研究は、卵子を使ってES細胞を作成するためのものだ。「体細胞+卵子 → クローン胚 → ES細胞 → 神経細胞」という技術が完成すれば、アルツハイマー病やパーキンソン病などの脳神経系の病気の治療に画期的な進歩をもたらす、と考えられている。しかし、その一方で、上記の韓国の事件にあったように、成果を急ぐあまり、大量の卵子提供を受けたり、それに対して金銭的対価が支払われたり、研究データが捏造されたりした。今回の指針案では、卵子の入手方法に厳しい条件をつけながら、これまで禁止されてきた人のクローン胚作成への道を開き、ES細胞研究にはずみをつけようとするものだ。
 
『日経』の記事によると、その条件とは、①卵子提供の場にはコーディネーター(相談役)を置くこと、②ボランティアからの卵子提供の禁止、③研究チームに所属する女性や研究者の家族などからの卵子提供の禁止、④サルのクローン胚作成に成功している場合、⑤サルのクローン胚からES細胞を作成した経験が豊富な場合、など。ES細胞の研究促進を求める立場の人々からは「条件が厳しすぎる」との批判があるようだが、医療目的のために、他人の生殖細胞の操作や改変を行うことは、倫理的にあまり好ましいとは言えない。宗教的な観点から言えば、拙著『今こそ自然から学ぼう』(2002年、生長の家刊)で述べたように、クローン胚は、肉体製造装置としての能力を発揮しはじめた時点から「霊魂」の関与が始まったと見られるから、「それ自身が生きる」という生命本来の目的以外の目的で、他人が利用するのは間違いである。(詳しくは、同書pp.266-274参照)
 
 同書にも書いたように、私は再生医療の研究にすべて反対しているのではなく、「倫理的、宗教的に問題の多い方法」に反対しているのだ。今は、患者本人の体内にある「成人幹細胞」を利用することで、遺伝子の操作をせずに、他人の心身を傷つけることもなく、各種の細胞が再生できることが分かってきている。技術はまだ発展途上にあるが、ES細胞の研究にしても、同様に発展途上にある。3月9日の『日経』(夕刊)は、この分野での研究成果を伝えていて、関西医科大では臍帯(さいたい)血--ヘソの緒の中の血液--中の細胞でマウスの網膜の一部を再生させており、理化学研究所や名古屋大学などが参加する厚生労働省研究班は、驚くことに「尿」の中の細胞を腎臓の一部に変化させることに成功している。

 ES細胞の研究ではなく、このような研究に人材と資金とを集中させる方が、生命の犠牲が少なく、かつ社会の反対も少なく、さらに“倫理的社会”の成立に貢献することになるのではないか。

谷口 雅宣

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