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2006年6月24日

“原子力立国”でいいのか?

 経産省資源エネルギー庁がこのほどまとめた中長期的エネルギー計画案は、「原子力立国」という言葉を使い、将来の原発増設や核燃料サイクル推進を目指して“電力会社後押し”の姿勢を打ち出している。2030年ごろに本格化する既存原発の建て替えに備え、それ以降も日本の電力の30~40%を原発で賄うことを前提に、技術開発や設備投資をしやすい環境を整えていこうとするもの。8月に正式決定するという。6月22日の『朝日新聞』夕刊が伝えている。
 
 私は、地球温暖化の反省から生まれた「循環型社会の実現」という目標と、世代間倫理を尊重する立場、さらに自然エネルギー利用の分散型社会の実現の観点から、“原子力立国”には賛成できない。現在、原子力発電は、原油高と温暖化防止の目的から欧米で見直しの機運が起こっているようだが、原発のもつ基本的問題が解決されていないことを忘れてはいけない。我々は「核燃料サイクル」という呼称から、原子力利用が循環型であるかのように思いがちだが、その基本問題は、放射性廃棄物の処理が「循環型でない」ということだ。放射性廃棄物は、自然界では決して循環できないものだから、現状では頑強な容器に密閉して地中深く埋めておくほか仕方がないのである。それが将来引き起こすかもしれない問題は、すべて次世代や次々世代の人間が背負うことになるのである。これは環境問題と同じく、現世代の繁栄のために次世代に深刻な問題を押しつけることになるから、世代間倫理にもとる行為と言わなければならない。

 次に、原子力発電は旧世紀型の中央集中型エネルギー利用であり、地球温暖化時代に欠かせない「環境との共生」と両立しにくい。中央集中型利用とは、人口が集中する場所から離れた地に、大企業が大型構造物を建設して大規模にエネルギーを生み出し、それを送電線などで都市その他の地に分配する方式である。これは原子力のみならず、火力や水力発電にも共通する方法で、自然破壊と、遠距離送電によるエネルギーの減衰を必然的にもたらす。また、巨大エネルギー企業を温存させ、市場の独占や寡占を継続させることになるから、コストの削減につながりにくい。さらに、紛争や災害時の脆弱性も問題になる。

 これに対し、自然エネルギーの利用では、国土全域に遍在している風、太陽光、河川、森林、地熱、バイオマス等の自然物から得るエネルギーを、それぞれの地に住む人々が必要なだけ利用することになる。これだと、自然の恩恵を受ける者とエネルギー開発による受益者とが同一だから、「自然界の営みと人間の生活のバランスを取る」という動きが生じやすい。日本のように、国土の大半が山地であり、各地に複雑独特な地形や気象が存在する場では、それぞれの土地に適した自然エネルギー利用法があるはずであり、それらは皆、地方地方によって微妙に異なると思われる。そのような地方それぞれのエネルギー事情/需要に合った自然エネルギーの組み合わせを実現することが、自然との共生には欠かせないだろう。そのためには、巨大企業や中央政府の主導ではなく、地方の事情に通じた人々の工夫と互いの調整が必要であり、それが今後の政治の重要な役割の1つになると思う。

 もっと具体的に言えば、「循環型社会」を目指す21世紀のエネルギーは、(原子力ではなく)「水素」と考えるべきだ。世代間倫理を尊重しつつ、現在のエネルギー消費の水準を下げずに利用できるエネルギーは、今のところそれしかない。ご存じのように、水素を利用した燃料電池の技術はすでに実用段階に達している。今後人類は、自然エネルギーを水素の形で保存して、そこから燃料電池によって電気を取り出して文明生活を送ることになるだろう。その場合、自然エネルギーはどこでも入手でき、かつ貯蔵できるから、必要な場に小規模の装置を設置すれば足りる。これが、分散型のエネルギー利用である。これよって中央集中型エネルギー利用から生じる遠距離送電のロスがなくなり、誰でもエネルギーの供給者になりえる社会が来ると予想される。ここでは巨大エネルギー企業は不要になると考えられ、そういう巨大企業に支えられた巨大統治機関も不要となる。これが分散型エネルギー利用社会で、政治的には地方分権が進んで“小さな政府”が実現すると思われる。

 まぁ、ここまで書くと“夢物語”のように聞こえるかもしれないが、資源やエネルギーの利用方法の転換によって、政治的な力関係も変わっていくという“大きな流れ”を読み取ってもらえば幸いである。この“流れ”の中では、原子力利用は「旧世紀の遺物」である。自然を愛する日本人の国としては、“自然エネルギー立国”が最適の選択だと私は思う。
 
谷口 雅宣

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コメント

合掌

ありがとうございます。
先日総本山で「谷口雅春大聖師21年祭」に参列させていただきました。

小生は8時半より前列2列目に座っておりましたが、奥津城へ登っているときは勿論雨でしたが、実は10時3分前、つまり9時57分の時点でも小雨がふっておりました。
宮司さんは傘を2本持って副総裁ご夫妻をお迎えに行かれたのでした。

しかし、到着なさった時は完全に雨が上がっておられたのです。不思議というか見事としか言いようがありませんでした。
祭事が終わり、我々信徒が温故館等を見学して帰るときにはまた、降り始めたのです。

そして、2時からの献労の始める30分前にも大雨で献労をやるかどうかが検討されたのですが、やはり2時丁度には雨が上がり、献労の間は守られたのです。

実に不思議な体験をさせられました。

本題ですが、
<“夢物語”のように聞こえるかもしれないが>
とのことですが、小生はこれが必ず実現すると信じている一人です。

水素を作るために太陽光発電や、水力発電や、地熱発電が必要であると思っております。

私の故郷は北海道ですが、既に40年ほど前に地熱発電が実用化しており、町ではそのために補助金を戴いております。
また、北海道でありながら地熱を利用して冬でも野菜を出荷しているのです。

副総裁先生の仰られる「循環型社会の実現」は必ず実現すると信じております。

海上に太陽光発電の基地を設けて、海水から水素を作り陸地に運んでも良いですし、地底深くボーリングしてその地熱を利用して発電し、水素を製造すればどんなところでも副総裁先生の考えられている「循環型社会の実現」が可能だと思います。

太陽光発電や地熱発電、水力発電で創った電力をそのまま使用するだけではなく、水素というエネルギー源を創る研究が実ることが早い時期に来ると信じております。

感謝合掌


投稿: 佐藤 | 2006年6月25日 12:30

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